EP 7
未知の寄生虫と、医官の緊急トリアージ
ポポロ村の広場に、突如として悲鳴が響き渡った。
「誰か! 誰か来てくれ! ダストンが急に倒れたドス!」
農作業から戻ってきた村人の一人が、広場の中央で泡を吹いて倒れ込んでいる初老の農夫、ダストンを抱き起こして叫んでいた。
すぐさま、村の警備をしていたキャルルと、ルナ、リーザが駆けつける。
「ダストンさん!? しっかりしてください!」
キャルルが膝をつき、ダストンの顔を覗き込んだ。
その顔色は土気色を通り越してどす黒く変色し、全身が異常な高熱で火の玉のように熱くなっていた。彼は「がはっ、あがっ……」と苦しげに喉を鳴らし、白目を剥いて痙攣している。
「こ、これはただの風邪じゃありませんわ! まるで毒でも飲んだみたいな……!」
リーザが青ざめて後ずさる。
キャルルの優れた視力が、ダストンの首筋に現れた『異変』を捉えた。
皮膚の下を、黒い葉脈のような不気味な痣が、まるで生き物のように蠢きながら、心臓と脳に向かって這い上がっていたのだ。
「皮膚の下に、何かが……! ダストンさん、今すぐ回復魔法をかけます! ルナちゃん、手伝って!」
「はいっ! 【精霊の癒光】を……!」
キャルルが手のひらに淡い光を灯し、ルナも世界樹の杖を構えた、まさにその瞬間だった。
「やめろォォォッ!! 魔法を使うな!!」
広場の入り口から、空気を切り裂くような中村優太の怒声が響き渡った。
「ゆ、優太さん!?」
森のパトロールから全速力で帰還した優太とイグニスが、広場に飛び込んできた。
優太はキャルルとルナの間に割って入ると、二人の手を物理的にバシッと叩き落とした。
「痛っ……! なぜ止めるんですか優太さん! ダストンさんが死んでしまいます!」
「魔法を使えば、確実に殺すことになるからだ!」
優太はダストンの首筋の『黒い痣』を睨みつけ、即座にガスマスクを装着してニトリル手袋をはめた。
「これは病気や毒じゃない。森の動物たちをミイラに変えたのと同じ、『魔力喰いの寄生虫』だ。こいつの養分は魔力だ。下手に回復魔法なんて高純度のエネルギーを流し込めば、体内で爆発的に増殖して、宿主の体を内側から食い破って羽化するぞ!」
「ひぃぃぃぃっ!? 体の中から虫が!? 気持ち悪いですわーっ!!」
リーザが悲鳴を上げて芋ジャージのフードを被り、ルナも杖を取り落として顔面蒼白になった。
キャルルは自分の手が、危うく村人を殺す引き金になりかけていたことに気づき、ブルブルと震え出した。
「そ、そんな……! じゃあ、どうすれば……!」
「物理的に摘出する。イグニス、患者を村長宅の地下室へ運べ! あそこは壁が厚く、外気と遮断されている。即席の『クリーンルーム』として使う!」
「おうっ! 任せとけ!」
イグニスがダストンを軽々と抱え上げ、地下室へとダッシュする。
優太は振り返り、自警団の面々に鋭い指示を飛ばした。
「キャルルは俺の助手に入れ! ルナとリーザは絶対に魔法を使うな! 村の住民を全員、各家庭に避難させて戸締まりをさせろ。これは『未知のバイオハザード』だ。一秒でも対応が遅れれば、村が全滅するぞ!」
***
村長宅の地下室――かつて、世界樹から送られてきた『純金100キロ』が封印されていた厳重な石造りの空間が、即席の手術室へと姿を変えていた。
中央のテーブルにダストンが寝かされ、その周囲を地球の強力なLEDランタンの白い光が照らし出している。
「……バイタルサイン、急激に低下。血圧低下、頻脈。寄生虫が宿主の生体エネルギー(微弱な魔力)を吸い尽くそうとしている。猶予はない」
優太は完全な手術用ガウンとマスクを装着し、地球ショッピングで取り寄せた『外科手術キット』を展開した。
銀色に輝くメス、ピンセット、止血鉗子がずらりと並ぶ。
「キャルル。俺の指示通りに動け。汗を拭き、器具を渡せ」
「は、はいっ!」
同じくマスクと手袋を装着したキャルルが、緊張でウサギの耳を強張らせながら頷く。
優太はメスを手に取り、ダストンの首筋――蠢く『黒い痣』の真上に刃を当てた。
「局所麻酔を打つ時間もない。強行切開する」
スッ……。
迷いのない、極めて正確なメス捌きで、皮膚が薄く切り開かれる。
「がはぁっ……!!」
ダストンが激痛に身をよじるが、イグニスが両手でガッチリと体を固定して押さえ込んでいる。
「開創器。……次、ピンセット」
優太の短く的確な指示に、キャルルが震える手で素早く器具を渡す。
切り開かれた皮下組織の奥。真っ赤な血肉の中に、黒光りする硬い外骨格を持った、体長数センチの『蟲』が食い込んでいた。
「見つけた。……頸動脈のすぐ裏だ。これ以上潜られたら、脳に到達していた」
優太はピンセットの先を、蟲の背中に慎重に滑り込ませた。
ギチチチチッ!!
蟲がピンセットの冷たい金属に反応し、宿主の肉をさらに深く食い破って逃げようとする。
「逃がすか」
優太の目が、冷徹な捕食者のように細められた。
力任せに引っ張れば、肉が引きちぎられるか、蟲の体液(毒素)が体内に漏れ出す。優太は手首のスナップを絶妙に効かせ、蟲の関節の隙間にピンセットの先端をねじ込み、テコの原理で一気に「引き剥がした」。
ズルゥンッ!!
「取れました……!!」
キャルルが歓喜の声を上げる。
優太のピンセットの先には、黒い体液を滴らせながら、醜い無数の足をジタバタと動かして暴れる不気味な蟲が挟まれていた。
「アルコール瓶だ!」
優太はキャルルが差し出した分厚いガラス瓶の中に蟲を放り込み、即座に蓋を閉めて密閉した。
ガラスの中で、蟲がカチカチと音を立てて暴れ回っている。
「……ふぅ。オペ終了。縫合する」
優太が手早く傷口を縫い合わせ、滅菌ガーゼを当てると、ダストンの呼吸は嘘のように穏やかなものへと変わっていった。顔色も少しずつ元に戻り始めている。
「よかった……本当によかったです……!」
キャルルが安堵の涙をポロポロとこぼし、ダストンの手を握りしめる。
「俺様、虫は苦手じゃねぇが……人の体の中に潜り込むヤツは反吐が出るぜ。よくあんな細かい作業ができたな、優太」
イグニスも額の汗を拭いながら、優太の手腕に感嘆のため息を漏らした。
「医官の仕事をこなしただけだ」
優太は血のついた手袋を外し、重い息を吐き出した。
だが、その表情は全く安堵していなかった。むしろ、ガラス瓶の中で暴れる蟲を見つめる彼の目は、かつてなく険しいものだった。
「……優太さん? 患者は助かったのに、どうしてそんな怖い顔をしてるんですか?」
キャルルが不思議そうに尋ねる。
優太はガラス瓶を目の高さまで持ち上げた。
「こいつをよく見てみろ。腹のあたりが、微かに明滅しているのが分かるか?」
キャルルとイグニスが目を凝らすと、確かに黒い蟲の腹部が、まるでホタルのように、淡い紫色の光をチカチカと不規則に放っていた。
「光ってますね。それが何か……?」
「俺のいた地球にも、フェロモンや発光信号を使って、仲間と複雑な『通信』を行う昆虫がいる。アリやハチがその代表だ。こいつらは単独で行動する野獣じゃない。高度に統率された『群れ(スウォーム)』だ」
優太はガラス瓶をテーブルにドンッと置いた。
「こいつは、ただの迷い込んだ寄生虫じゃない。本隊に餌場の位置を知らせるための『斥候』だ」
「斥候……!? じゃあ、この光は……」
「ああ。ダストンという宿主を利用して村の内部に潜り込み、『ここに極上の魔力があるぞ』と、本隊に信号を送り続けていたんだ。ルナの無尽蔵の魔力、世界樹の果実、月兎族や竜人族の気配……このポポロ村は、奴らにとって最高級のフルコースレストランに等しい」
優太の冷徹な分析に、地下室の空気が凍りついた。
「ダストンから摘出したことで、信号は途絶えたはずだ。だが、遅かったかもしれない。すでに座標は割れていると考えた方がいい」
優太はG-SHOCKの盤面で時刻を確認し、タクティカルリュックから装備を取り出し始めた。
「イグニス、キャルル。ただちに地上へ戻るぞ。ルナとリーザと合流し、村の防衛陣形を構築する」
「お、おう! つまり、その虫の親玉みたいなのが、軍隊引き連れてやって来るってことだな!」
イグニスが両手斧を握り直し、牙を剥く。
「戦力規模は未知数だ。だが、相手が『群れ』である以上、必ずそれを統率している『将軍』がいるはずだ。そいつを潰さなければ、村は虫の苗床にされる」
三人が地下室から地上へ駆け上がると、村長宅のリビングで、ルナとリーザが窓の外を指差してガタガタと震えていた。
「ゆ、優太様ぁ……! 外が、外の空が……!」
ルナの純白のドレスが、恐怖の震えで揺れている。
優太が窓の外、ポポロ村の北側の空を見上げた。
「……来たか」
夕暮れの空が、本来の茜色から、ドス黒い不気味な色へと染まりつつあった。
いや、雲ではない。
それは、数万、数十万という『黒い羽虫の群れ』が、空を覆い尽くすほどの密度で飛来してくる姿だった。
ブォォォォォォォォォォン……。
地鳴りのような、何万枚もの羽が擦れ合うおぞましい羽音が、村を包み込み始める。
「ひぃぃぃぃぃっ!! 虫! 虫の大群ですわーっ!! 私のプラチナム・スキンが食われてしまいますのーっ!!」
リーザが頭を抱えてソファの裏に隠れる。
「あんな数……私の蹴りじゃ、到底追いつきません! どうすれば……!」
キャルルが絶望的な声を上げる。
「慌てるな。パニックは感染症より早く部隊を壊滅させる」
優太の低く、しかし絶対的な落ち着きを払った声が、恐慌状態のヒロインたちを繋ぎ止めた。
優太はワスプ薙刀を展開し、ガスマスクのフィルターをカチャリと締め直した。
「相手は獣じゃない、『虫』だ。虫である以上、地球の科学で必ず駆除できる。これより、ポポロ村自警団による『大規模殺虫オペレーション』を開始する。俺の指示に一秒の遅れもなく従え!」
「「「はいっ!!」」」
空を黒く染め上げる未知の脅威。
絶望的な数を誇る死の群れに対し、一人の医官の冷徹なロジックと、規格外の仲間たちの絆が、今まさに試されようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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