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異世界の戦場医官、現代医療とタクティカル兵器で無双する〜ポイント稼いで地球の物資をポチったら、村の英雄になりました〜  作者: 月神世一


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EP 2

最強の氷魔将軍と、タローマン製オーバーオール

 ポポロ村の背後にそびえる、冷涼な風が吹き抜けるポポロ山。

 木々が立ち並ぶ獣道を、軍医・中村優太を先頭にした偵察部隊が音もなく進んでいた。

「優太君。音、だいぶ近くなってきたね」

 キャルルが特注の安全靴で落ち葉を踏まないように歩を進めながら、小声で囁く。彼女の長い月兎の耳は、一定のリズムで響く『カーン、カーン』という打撃音の方向を正確に捉えていた。

「ああ。だが、警戒は怠るな。AWACS(早期警戒管制システム)の反応によれば、魔力の発信源はこの斜面を登り切った先、開けた尾根のあたりだ」

 優太はコンバットグラスの奥で極寒の戦術眼を光らせ、腰のワスプ薙刀・改に手を添えた。

 背後では、両手斧を構えた竜人族のイグニスが、額に脂汗を浮かべながらブツブツと呟いている。

「くそっ、どんだけデカい化け物がいるんだ……。だが安心しろ! いざとなったら俺様が『イグニス・ブレイク』で一刀両断にしてやるからな! 実家の親父にも、俺様の勇姿を手紙で――」

「静かにしろ、イグニス。音と魔力の波長が変わった。……止まったぞ」

 優太のハンドサインを受け、三人は巨大な岩の陰に身を隠し、尾根の向こう側をそっと覗き込んだ。

 そこに広がっていたのは、予想だにしない光景だった。

 血に飢えた魔物の群れでもなければ、ルナミス帝国を狙う重武装の侵略部隊でもない。

 山の斜面の一部が綺麗に整地され、切り出された真新しい丸太が美しく積み上げられている。そして、その中央で、一人の女性が切り株に腰を下ろし、額の汗をタオルで拭っていた。

「……女?」

 イグニスが目を白黒させる。

 その女性は、透き通るような白い肌と、氷のように冷たくも圧倒的な美貌を持っていた。

 だが、その服装は異世界ファンタジーにおける『美しい魔族』のステレオタイプから完全に逸脱している。

 彼女が着ているのは、一般向けからガテン系職人向けまでを取り扱う大衆ホームセンター『タローマン』で特売されている、無骨なカーキ色の防寒オーバーオールだった。足元には泥だらけの長靴、首にはタオルの代わりに手ぬぐいが巻かれている。

 しかし、その実用性全振りの農作業スタイルですら、彼女の放つ健康的な色気と、洗練された美しさを隠しきれてはいない。

 女性は傍らに立てかけてあった『何処までも伸びる絶対に切れない鎖の付いた片手斧』を手に取ると、再び立ち上がり、巨大な丸太に向かって振り下ろした。

 カァァァンッ!

 凄まじい衝撃音と共に、丸太が真っ二つに割れる。一切の魔力を使わず、純粋な腕力と見事な体重移動フォームだけで巨木を粉砕したのだ。

「お、おい優太……! あいつの顔、俺様は知ってるぞ……!」

 岩陰に隠れていたイグニスが、ガチガチと歯の根を鳴らしながら後ずさった。

「知っているのか?」

「知ってるも何も、あいつはアバロン魔皇国の最高幹部だ! 魔王ラスティアに仕える四魔将軍の一角、『氷魔将軍スアイ』だ!! なんであんなヤバい奴が、こんな国境の田舎山に一人でいるんだよォォッ!」

 イグニスの悲鳴に、キャルルがピリッと空気を張り詰めた。

「魔王軍の将軍……! 優太君、もしかしてポポロ村を侵略するための前線基地ベースキャンプを作ってるんじゃ……っ!」

 キャルルの安全靴が紫電の闘気を帯びる。

 だが、優太は冷静に首を振った。

「待て。陣地構築にしては、防衛設備バリケードが皆無だ。それに、あの丸太の組み方は野戦築城ではなく、完全に『ログハウス(居住用)』の構造的特徴を示している」

「ろ、ろぐはうす……?」

「ああ。……それに、気づかれたようだぞ」

 優太の視線の先で、丸太を割っていたスアイが、ふっと動きを止めた。

 彼女は片手斧を肩に担ぎ、氷のように冷徹な、しかしどこか面倒くさそうな瞳で、優太たちが隠れている岩の方向を振り返った。

「……そこの岩陰にいる方々。隠れても無駄ですわよ。魔力の波長で、三人いるのは分かっておりますの」

 凛とした、涼やかな声がポポロ山に響く。

 優太は隠密を解き、アメリカンスピリットに火を点けて、堂々と岩の裏から姿を現した。キャルルとイグニスも、武器を構えたままそれに続く。

「初めましてだな。俺はポポロ村の防衛指揮官、中村優太だ。……アバロン魔皇国の『氷魔将軍』殿が、我が村の管轄であるこの山で、許可なく一体何の真似だ?」

 優太の問いかけに対し、イグニスが両手斧を構えて吠える。

「へっ、俺様たちの目を盗んで侵略基地を築こうったって、そうはいかねえぞ! ここで俺様が――」

「はぁ……」

 スアイは、深く、深く、心の底からの大きな溜め息を吐いた。

 そして、手ぬぐいで首元の汗を拭いながら、呆れたような目でイグニスを見た。

「将軍、将軍と……煩いですわね。『元』ですわよ、『元』。私はすでにアバロン魔皇国に退職届を叩きつけて、正式に軍を辞めた一般人ですの」

「……は?」

 イグニスが間の抜けた声を上げる。

 優太もコンバットグラスの奥で片眉を上げた。

「退職、だと?」

「ええ、そうですわ」

 スアイは片手斧を切り株にドスンと突き立て、タローマン製のオーバーオールのポケットに両手を突っ込んだ。

「そもそも、あの職場はコンプライアンスが狂っておりましたの。やれ『ゴッドチューブのPVを稼げ』だの、やれ『勇者の村を焼き討ちしろ』だの。……一番許せなかったのは、極寒の雪山防衛任務において、なぜか『セクシーなビキニアーマー』を強制支給されたことですわ!」

 スアイの瞳に、元社畜特有の暗い怒りの炎が宿る。

「意味のないエロスと色気は違いますの! ただのセクハラですわ! あんな布面積の少ない鎧で戦場に立てば、剣の前に凍傷で死にますのよ!? だから私は『世俗が鬱陶しいですわ』と言い捨てて、あのブラックな魔王軍を飛び出してきたんですの!」

「……なるほど。軍隊の理不尽なドレスコードと、上層部(神々)の無茶ぶりに耐えかねてドロップアウトしたというわけか」

 優太は深く頷いた。

 彼自身も、かつて軍組織の理不尽な命令系統に辟易した経験があるため、彼女の言い分にはある種のロジカルな説得力を感じていた。

「優太君、信じちゃ駄目だよ! 魔族の嘘かもしれないし!」

 キャルルが警戒を解かずに優太の袖を引っ張る。

 しかし、優太はAWACSの分析結果と、何より彼女の放つ『生活感』を見て、完全に敵意がないことを確信していた。

「いや、彼女は嘘を吐いていない。敵意(殺意)の代わりに、ここにあるのは強烈な『スローライフへの渇望』だ」

「ご名答ですわ、指揮官殿。私はもう、誰かのために戦うのはご免ですの」

 スアイは憑き物が落ちたような、穏やかな笑みを浮かべた。

「ここは水も空気も綺麗で、静かで最高の環境ですわ。私はここで、自給自足のDIYキャンプと農業を極める『最強のガチキャンパー』として、第二の人生を謳歌すると決めましたの」

 そう言って、スアイは傍らに置いてあったカゴの中から、丸々と太った紫色の野菜を取り出した。

 それは、周囲の温度を氷点下まで冷却する狂気の農作物、『マイ茄子』だった。

「というわけで、ご近所への挨拶代わりですわ。私がさっき収穫したばかりのマイ茄子、生でかじってみます? 甘みがあって、マイナス温度に冷えていて、労働の後の水分補給には最高ですわよ」

 スアイは全く悪びれる様子もなく、無造作にマイ茄子を差し出してきた。

「……」

 アバロン魔皇国を震え上がらせた最強の氷魔将軍が、タローマンの作業服を着て、採れたての茄子を勧めてくる。

 あまりにも想定外すぎる第一印象ギャップに、イグニスは両手斧を取り落とし、キャルルはポカンと口を開けて固まってしまった。

「……有難くいただこう」

 優太だけは顔色一つ変えず、アメリカンスピリットの煙を吐き出しながら、差し出されたマイ茄子を受け取った。

 そして、遠慮なくガブリと一口かじる。

「……うん。確かに甘いな。だが、冷えすぎて胃腸が収縮する。レーション(野戦食)としては少し厳しいか」

「あら、指揮官殿は意外とグルメなんですのね」

 クスクスと笑うスアイに対し、優太は医官としての冷徹な顔に戻り、ピシャリと言い放った。

「だが、スアイ。お前が軍を辞めてキャンパーになろうが知ったことではないが、法的な問題は残っている」

「……法的?」

「ここはポポロ村の防衛特区に指定されている。無断での山林の伐採、および居住施設ログハウスの無許可建築は、都市計画法および村のコンプライアンスに違反する行為だ。不法侵入スクワッターとして、強制退去の対象になるぞ」

「なっ……! こ、こんな山奥にまで法律コンプラが適用されますの!?」

 スアイの顔から、一瞬で氷魔将軍としての余裕が消え去り、役所の手続きを忘れていた一般市民のような焦りが浮かんだ。

 魔王軍のブラック労働から逃れ、自由な大自然を満喫しようとしていた矢先。最強の魔族は、元グリーンベレーの軍医が突きつける『ロジカルな行政指導』の前に、完全に言葉を失うのだった。

お読みいただきありがとうございます!


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