第五章 ポポロ山開拓・サウナ編
善行の報酬と、ポポロ山に響く謎の伐採音
【特大の善行を確認しました】
【対象:サイバーテロ(フェイクニュース)の無血鎮圧、ならびに社会的平穏の維持】
【ポイントを加算します:+20000P】
ポポロ村の村長宅の離れ――通称『ポポロキン・シェアハウス』のリビングにて。
元グリーンベレーの軍医であり、現在はポポロ村の防衛指揮官を務める中村優太の脳内に、軽快な電子音が鳴り響いていた。
天界の炎上神ワイズが仕掛けた悪質なフェイクニュースと、それに踊らされて押し寄せた迷惑系凸撃者たちの暴動。それらを物理的な暴力ではなく、圧倒的な情報戦とコンプライアンスの遵守によって完全に鎮圧したことへの、システムからの正当な評価だった。
「……二万ポイント、か。これだけの備蓄があれば、冬場に向けた防災体制の大幅なアップデートが可能だな」
優太は一人ごちて、コンバットグラスの位置をクイッと直した。
彼が所持するユニークスキル『地球ショッピング』は、善行によって得たポイントを消費し、地球の物品を呼び寄せる能力だ。ポイントを貯め込んで偉ぶる気など優太には一切ない。物資は使ってこそ、人々の生命と生活を維持する「防衛力」に変わる。
「よし。いざという時の野営物資の拡充として、百連ガチャを回しておくか。……欲はかかない。実用性重視で頼むぞ」
優太はホログラムUIを操作し、1回100Pのガチャを無心で連続タップした。
ポンッ、ポンッ、ポンッ! と、リビングの空間に光の粒子が集い、次々と地球のアウトドア用品が実体化して床に積み上げられていく。
「おや? これは……」
優太の足元に転がり出たのは、頑丈なペグ、耐火性の特殊生地、そして折りたたみ式の薪ストーブと大量のサウナストーンのセットだった。
地球の北欧発祥、極寒の野営地すら癒やしの空間に変える『高性能テントサウナ一式』と『最新鋭キャンプギア』の数々である。
「テントサウナか。低体温症の治療や、兵士のメンタルケア(休養)には最適の機材だ。悪くない引きだな」
「優太くーん! お茶が入ったよー!」
優太がストーブのパーツの立て付けを確認していると、ヤンデレ気質の村長・キャルルが、お盆に乗せた湯呑みを運んできた。彼女の私服は動きやすい現代風のパーカーとジーンズだが、足元には常に雷竜石を仕込んだ特注の安全靴を履いている。
「ありがとう、キャルル」
「えへへ、優太君のために、私がお手製の人参柄コースターを敷いておいたんだよ♡ 熱いから気をつけてね」
キャルルが嬉しそうに微笑み、優太の隣にピタリと密着して座り込む。
そこへ、部屋の隅からズルズルと音を立てて這い寄ってくる影があった。特売の芋ジャージを泥だらけにした、ポポロ村の公式フードファイターにして元人魚姫のリーザだ。
「はぁ〜、お茶のいい匂いですわぁ……。ところで優太様、その床に転がっている黒い石は、醤油草の汁で煮込めば食べられますの? 私、昨日のPR配信でカツ丼を十杯食べてから、もう三時間も胃袋に何も入れてなくて限界ですの……っ!」
「石は食えない。それはテントサウナ用の保温石だ。腹が減ったなら、あそこの戸棚に入っている高カカオチョコレートでも齧っておけ」
「チョコ!? 神様、仏様、優太様ぁぁッ!」
リーザが歓喜の悲鳴を上げ、魚のような俊敏な動きで戸棚へと突進していく。
「あーっ! リーザちゃんずるい! 私もチョコ食べるーっ☆」
公式広報官の下級天使・キュララが、配信用のエンジェルすまーとふぉんを弄る手を止めて飛びついていく。
「あらあら、お二人ともはしたないですわね」
部屋の奥のソファでは、天然コンプラ違反エルフのルナ・シンフォニアが、優雅に足を組んでフルーツスムージーを飲んでいた。彼女は床に積まれたテントサウナの機材を見下ろし、ふんわりと首を傾げる。
「優太様。そのテントサウナというものは、石を温めるのですね? ならば私の魔法で、あの石をすべて純金の塊に変えてさしあげましょうか? そうすれば、お湯をかけるたびに黄金の蒸気が舞って、とてもリッチな気分になれますわよ♡」
「やめろ、ルナ。熱伝導率が変わって火傷のリスクが高まる上に、金塊の不法錬成はルナミス帝国の経済市場を破壊する重罪だ。コンプライアンスを守れ」
「ええ〜、残念ですわ。善意で申し上げたのに」
不満げに頬を膨らませるルナを冷徹なロジックで制止し、優太はアメリカンスピリットを取り出して火を点けた。
(……騒がしいが、これが平和というやつだ。俺はただ、困っている奴らに最低限の寝床と飯を提供したに過ぎないがな)
優太は深く煙を吸い込み、細く吐き出した。
フェイクニュースの炎上という絶体絶命の危機を乗り越えたポポロ村は、今、かつてないほどの平穏と活気に包まれていた。
だが。
このアナステシア世界において、平和というものは往々にして、新たな「嵐」の前触れに過ぎない。
――カーンッ。
「……ん?」
キャルルがピクッと、長い月兎の耳を動かした。
優太もまた、コンバットグラスの奥の目を細める。
窓の外。ポポロ村の背後にそびえ立つ、冬の気配が近づく広大な裏山『ポポロ山』の奥深くから、かすかな音が風に乗って響いてきたのだ。
――カーンッ。カーンッ。カーンッ。
まるで、巨木を一定のリズムで伐採しているかのような、重く鋭い打撃音。
「優太くーん! 大変だぜェェッ!!」
バンッ! とリビングの扉が勢いよく蹴り開けられ、自警団員の竜人族・イグニスが血相を変えて飛び込んできた。彼の手には、使い込まれた愛用の両手斧が固く握られている。
「どうした、イグニス。落ち着け」
「落ち着いてられるかよ! 村の裏山から、不気味な音が響いてきやがる! 魔物の群れか、それともこの前の暴徒の生き残りが拠点を築こうとしてるのかもしれねえ! 敵襲だ、優太!」
イグニスの言葉に、部屋の空気が一瞬にして張り詰めた。
キャルルが特注の安全靴にギリリッと紫電の闘気を纏わせ、いつでもマッハの飛び蹴り(超電光流星脚)を放てるようクラウチングの姿勢を取る。
「優太君。私、行ってあの音の発生源の顎を砕いてこようか?」
「待て、キャルル。早まるな。未確認の対象に先制攻撃を仕掛けるのは、交戦規定(ROE)違反だ」
優太は冷静にキャルルを制止し、リビングのテーブルに投影している『早期警戒管制システム(AWACS)拠点型』のホログラムマップを起動した。
青白い光が村の地形と裏山の等高線を映し出し、魔力反応の解析データが次々と羅列されていく。
「……イグニス。お前の見立ては外れている。群れではない」
「なんだと?」
「熱源反応はたったの『一つ』だ。しかし、その単独の魔力量は異常に高い。……ルナミス帝国の正規兵一個小隊分に匹敵する純度だ」
優太の冷徹な分析に、リーザやキュララが「ひぃっ」と身を寄せ合う。
一個小隊分の魔力を単独で有する存在。それが村の真裏の山に潜んでいるとすれば、確かに村の存亡に関わる脅威だ。
だが、優太はアメリカンスピリットの灰を携帯灰皿に落とし、不思議そうに眉をひそめた。
「おかしいな」
「何がおかしいんだよ、優太!」
「その巨大な魔力反応だが……『敵意』がまったく検知されない。それどころか、魔力の波長が異常に規則正しいリズムを刻んでいる。まるで、寸分の狂いもなく計算された『大工仕事(DIY)』でもしているかのような動きだ」
「でぃーあいわい……? 大工さんってこと?」
キャルルがポカンとして闘気を霧散させる。
軍事行動や侵略を企てる者ならば、隠密魔法で気配を絶つか、逆に威圧的に魔力を放出してくるはずだ。しかし、裏山の反応はあまりにも「素直」に、ただ黙々と木を叩き切っているだけであった。
「……推測だけで動くのは危険だな。現地で直接目視確認を行う」
優太は咥えていた煙草の火を消し、折りたたみ式の『ワスプ薙刀・改』を腰のホルスターにカチャリと収めた。
「キャルル、イグニス。俺と一緒に裏山の偵察に出るぞ。万が一のためのバックアップだ。あくまで偵察任務であり、こちらからの攻撃は一切禁ずる」
「了解っ! 優太君の言う通りにするね♡」
「へっ、俺様がいりゃあ、どんな化け物が出ても一撃で薪割りにしてやるぜ!」
意気込む二人を従え、優太はシェアハウスを出て、木枯らしの吹き始めたポポロ山へと足を踏み入れた。
ただの木こりか、それとも未知の魔獣か。
その時の優太はまだ知る由もなかった。
このポポロ山に響き渡る規則正しい伐採音の主が、かつてアバロン魔皇国で恐れられた四魔将軍の一角であり、現在はビキニアーマーを捨て去り、タローマン製のオーバーオールを着こなす『超ガチキャンパー農業女子』へとクラスチェンジを果たした最強の存在であることを。
冷たい風が吹き抜けるポポロ山の奥地。
軍医とヤンデレ村長と見栄っ張り竜人の偵察部隊は、響き渡る斧の音を頼りに、獣道を慎重に進んでいくのであった。




