EP 10
神々の視聴率と、迫る魔皇国の影
アナステシア世界の遥か上空、天界。
女神ルチアナの万年床が敷かれたコタツ部屋には、鼓膜を劈くような破壊音が響き渡っていた。
「クソッ! クソッ! クソがァァァッ!!」
ガシャァァァンッ!!
高級なイタリア製スーツを着た新参の男神——炎上神ワイズが、愛用の最新型ノートパソコンを床に叩きつけ、革靴で何度も踏み躙っていた。
その様子を、コタツでぬくぬくとポテトチップスを齧りながら、ルチアナとアバロン魔皇国の女帝・ラスティアがジト目で見つめている。
「あらあら、怒りのあまり物理攻撃に移行しちゃったわね。炎上神様の余裕が台無しじゃない」
「うるさいっ! なんだあのふざけた軍医は!」
ワイズは血走った目で、空中に展開されたゴッドチューブのアーカイブ映像を睨みつけた。
そこには、迷惑系凸撃者たちを『特定』と『実家の母ちゃん』という精神攻撃で社会的に抹殺し、無血でポポロ村のPRへと繋げた優太の冷徹な姿が映し出されていた。
「俺がわざわざアルゴリズムを弄ってフェイクニュースを流し、最高の『炎上と略奪の舞台』を用意してやったんだぞ!? だというのに、血の一滴も流さず、コンプライアンスだのNDAだのという小賢しい契約書で丸め込みやがって……! こんな『平和でロジカルな解決』のどこにエンタメ(PV)がある!!」
PV至上主義のワイズにとって、暴動も流血も起きない優太の防衛戦術は、「配信映えしない退屈な事務作業」そのものであった。
「ふん。あんたが扇動したチンピラどもが、あの軍医の『情報戦』の前に手も足も出なかっただけでしょうが。完全に知能の敗北ね」
「黙れラスティア! ……こうなれば手段は選ばん。あの村の『生意気な平和』を、根こそぎ焼き尽くしてやる」
ワイズはギリッと歯を食いしばり、神の権限で新たなホログラムウィンドウを展開した。
そこに映し出されたのは、ワイズの寵愛(と課金システム)を受ける、純白の聖なる鎧を着た人間の男——勇者『ゼロス・ディバイン』の姿だった。
「アバロン魔皇国の視察団がポポロ村に向かっているんだったな。……好都合だ」
ワイズの口角が、三日月のようにおぞましく吊り上がる。
「魔族の軍勢が人間の村に侵攻した。それを聞きつけた俺の勇者ゼロスが、正義の剣で魔族ごと村を浄化(物理的に破壊)する。……これならゴッドチューブの視聴者も大熱狂の、完璧な『英雄譚』の出来上がりだ」
「ちょっと、ワイズ! あんた、人間の勇者と魔皇国の貴公子を激突させる気!? そんなことしたら、ポポロ村どころか国境一帯が火の海になるわよ!」
ルチアナが慌てて立ち上がるが、ワイズは狂ったように高笑いするばかりだった。
神の悪意は、フェイクニュースという小細工から、ついに『勇者』という規格外の暴力を伴った直接介入へとシフトしたのである。
* * *
一方、アナステシアの地上。ポポロ村。
情報戦を制し、二万ポイントという莫大な善行ポイントを獲得した優太は、村長宅の地下室で一人、新たな『兵器』の構築を行っていた。
「……フェイズドアレイ・レーダーの展開完了。魔力波の広域探知網、正常にリンクした」
優太の目の前には、地球の最新鋭軍事技術と魔導技術を融合させた『早期警戒管制システム(AWACS)拠点型』のホログラムモニターが青白く輝いていた。
これまでの局地的な防衛から、半径数十キロ圏内の魔力反応や軍勢の動きを完全に掌握するための、広域情報防衛網である。
「情報戦の次は、必ず武力が来る。……敵は、炎上の失敗で苛立っているはずだからな」
優太がアメリカンスピリットに火を点けたその時、地下室の扉が開いた。
「優太くーん! 今日の公式PR配信、無事に終わったよ!」
特注の安全靴を履いたヤンデレ村長・キャルルが、トタトタと階段を降りてくる。
彼女の後ろからは、すっかりポポロ村の広報に馴染んだ天使キュララと、口の周りに米粒をいっぱいつけた公式フードファイター・リーザがひょっこりと顔を出した。
「優太様ぁ! 今日の特大ロックバイソン丼、最高でしたわ! カメラの前で堂々と食べられるなんて、情報公開って素晴らしいですのね!」
「うんっ! リーザちゃんの食べっぷり、リスナーにも大ウケだったよ! 明日もこの調子でガンガンPV稼いじゃおっ☆」
平和そのもののシェアハウスの日常。
だが、優太の視線は、彼女たちの笑顔ではなく、背後のホログラムモニターに映し出された『一つの赤い光点』に釘付けになっていた。
「……優太君? どうかしたの?」
キャルルが小首を傾げる。
優太は咥えていた煙草を携帯灰皿に落とし、極寒の戦場医官の瞳でその光点を見据えた。
「……来たか。想定よりも早いな」
「えっ? 何が来たの?」
「南南西の国境方面から、巨大な魔力熱源が接近中。進行速度、及びその魔力の純度からして、ルナミスの商人やならず者の類ではない。……一つの『国家』の意志を背負った、本物の軍事パレードだ」
優太の言葉に、キャルルたちの表情がスッと引き締まった。
モニターの赤い光点は、一切の隠密行動を取らず、堂々と、そして圧倒的な威圧感を放ちながらポポロ村へと真っ直ぐに向かってきている。
「アバロン魔皇国・魔族穏健派代表、ルーベンス。……魔族の貴公子様が、わざわざこんな辺境の村に、直々に『ご挨拶』にいらっしゃったというわけだ」
優太は腰のワスプ薙刀・改を手に取り、静かに地下室の階段を上り始めた。
「全員、防衛配置に移行しろ。遊びの時間は終わりだ。……ここから先は、国家間の『外交』という名の、一歩も引けない殺し合いだ」
天界の炎上神が放つハリボテの勇者。
そして、圧倒的な知略と武力を誇る魔皇国の貴公子。
役者は揃った。
ポポロ村という小さな特異点を巡る、軍医・中村優太の最も過酷で、最も苛烈な防衛戦(第五章)の幕が、今、静かに切って落とされようとしていた。
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