EP 5
医官の絶対防衛線と、湯けむりツーリング
「ルナミス大陸の冬の風も、こいつのカウル(風防)があれば悪くないな」
乾いた排気音が、冬の山道に響き渡る。
中村優太が跨っているのは、馬でも竜でもない。地球のテクノロジーが結集した大型アドベンチャーバイク、ホンダ『アフリカツイン(異世界魔力駆動カスタマイズ版)』である。
ポポロ村の激務(主に世界樹の暴走やアイドルとエルフのドタバタ)を乗り越えた自警団一同は、優太が手配した慰安旅行として、近隣の秘湯『ユケムリ渓谷』へと向かっていた。
優太がバイクで先導し、その後ろをイグニスが御者を務める馬車が、ヒロイン三人娘を乗せてのんびりとついてきている。
「優太さーん! 景色がすごく綺麗ですよー!」
馬車の窓から、キャルルがウサギの耳を風になびかせながら身を乗り出して手を振る。
「私のアイドルとしてのプロモーションビデオの撮影地にピッタリですわ!」
「わぁぁっ、初めての温泉! どんな魔法の泉なのかしら!」
リーザとルナも、馬車の中ではしゃぎ回っていた。
「ガハハ! 女どもは元気だねぇ! 俺様も早く広い湯船で羽を伸ばしたいぜ!」
手綱を握るイグニスが豪快に笑う。
優太はミラー越しにその平和な光景を確認し、ガスマスクを首元に下げたまま、微かに口角を上げた。
(たまには、こういう完全な『休養』も悪くない。部隊の士気とメンタルヘルスを保つための、重要なロジスティクスだ)
***
小一時間後。
山奥にひっそりと佇む『ユケムリ温泉宿』に到着した一行は、さっそく男女に分かれて露天風呂へと向かった。
女湯の暖簾をくぐった先には、湯けむりが立ち込める岩造りの広大な露天風呂が広がっていた。
「はぁぁぁ……〜〜〜ッ!!♡」
湯船に浸かった瞬間、ルナの長いエルフの耳が幸福感でピン!と跳ね上がった。
「素晴らしいですわ! 体の芯から魔力がじんわりと温められて……お母様(世界樹)の膝の上よりポカポカします!」
「ふふっ、ルナちゃん、お肌ツルツルですね。さすがエルフです」
キャルルが、お湯を含ませた手ぬぐいで自分の肩を拭いながら微笑む。
月兎族の引き締まったしなやかな肢体は、日々の月影流の鍛錬を物語るように美しく、湯けむりの中で艶かしく桜色に染まっていた。
「うぅ〜……温泉のミネラル成分が、私の鱗とお肌に染み渡りますわ〜」
リーザも、頭にタオルを乗せて、湯船の縁に顎を乗せて完全に溶けていた。
「最近、優太さんの厳しい管理下でビタミンCばかり嚙まされていましたからね……。ここでしっかりお肌のケアをして、次回のライブの物販の売り上げに繋げませんと……Love & Money……」
ヒロイン三人娘による、極上のファンサービス空間。
まさに、絵に描いたような平和で艶やかな温泉のひと時である。
――だが。
この美しすぎる無防備な空間を、岩垣の向こう、鬱蒼とした冬の森の中から、ギラギラとした下卑た視線で狙う者たちがいた。
「ひひひ……見ろよ兄貴。すげぇ極上の女が三人だぜ」
「月兎族に、エルフに、人魚か? こりゃあ眼福どころじゃねぇぞ」
「おう。村の自警団だかなんだか知らねぇが、こんな山奥の女湯は俺たち『山賊団』の覗き放題の特等席よ。たっぷり拝ませてもらった後、服を全部盗んで身代金を……」
地元のならず者三人組が、ヨダレを垂らしながら、女湯を囲む岩垣へと忍び寄っていく。
あと数メートルで、岩の隙間から女湯の全景が丸見えになる。
ならず者の一人が、ニヤリと下卑た笑みを浮かべ、落ち葉の上に足を踏み出した。
ピンッ……。
その足が、枯れ草に偽装された『極細のワイヤー』を引っ掛けた。
「……ん? なんだ、この糸……」
その瞬間である。
『――ピーーーーーーーーーーーーッ!!!!』
「ぎゃあああああああああああああッ!?」
ならず者たちの耳の奥に、脳漿を直接かき回されるような、言語を絶する超高周波の『爆音』が突き刺さった。
優太が地球ショッピングで取り寄せ、女湯の周囲に完璧に配置していた『指向性・暴徒鎮圧用超音波発生器(LRAD)』である。
音の波長は人間や亜人の不快指数を極限まで刺激する周波数に設定されており、かつ『外側の森に向けてのみ』指向性を持たせているため、内側の女湯にいるキャルルたちの耳には一切届かないという、鬼畜仕様のロジスティクス・トラップだ。
「い、いてぇぇぇっ! 耳が、頭が割れるぅぅっ!!」
「ひぃぃっ! に、逃げろ!!」
超音波の直撃を受け、三半規管を破壊されてフラフラになったならず者たちが、悲鳴を上げながら森の奥へと逃げようとする。
だが、医官・中村優太の『絶対防衛線』は、そんな甘いものではなかった。
ならず者が逃げようと踏み出した足先で、カチッ、と何かが作動する音がした。
ポンッ! ポポンッ!!
周囲の木々に仕掛けられていたランチャーから、無数の『オレンジ色のカプセル』が発射され、ならず者たちの足元や体に次々と直撃して割れた。
「な、なんだこれ!? 色水……? ぶっ、ゲホォォォォォォッ!!?」
カプセルが割れた瞬間。
この世の物とは思えない、数万匹のスカンクの分泌液と生ゴミを濃縮して煮詰めたような『圧倒的激臭』が、森の空間を支配した。
地球の警察が防犯対策として使用する『超強力・防犯用カラーボール(悪臭激増カスタマイズ)』である。
「おぇぇぇぇぇっ!! くっさ! 目が、目が痛てぇぇぇっ!!」
「息が、息ができねぇぇぇっ! 助けてくれぇぇぇっ!!」
超音波で方向感覚を失い、さらに致死レベルの悪臭を全身に浴びたならず者たちは、泡を吹いて完全にその場に卒倒(無力化)した。
文字通り、温泉の湯気を一目見ることも叶わず、彼らの野望は『非致死性の地獄』によって完璧に粉砕されたのである。
***
「はー、極楽、極楽……」
女湯と岩壁一つ隔てた男湯では。
竜人族のイグニスが、頭に手ぬぐいを乗せて、広い露天風呂で豪快に手足を伸ばしていた。
「おっ、優太もやっと来たか! 遅かったじゃねぇか」
「ああ。少し、周辺の『環境衛生』を整えていた」
男湯の暖簾をくぐって現れた中村優太は、腰にタオルを巻いた姿で、G-SHOCKの盤面(20気圧防水仕様)をピピッと操作しながら湯船に足を踏み入れた。
鍛え上げられた無駄のない筋肉と、数々の戦場をくぐり抜けてきた傷跡が、湯けむりの中に浮かび上がる。
「環境衛生? お前、せっかくの休みなのにまだ仕事してんのか?」
イグニスが呆れたように笑う。
「兵站の基本だ。休養地における『視覚的汚染(覗き)』や『不衛生な害虫(山賊)』の接近は、部隊の士気を著しく低下させる。予防医学と同じで、発症する前に物理的に叩き潰す(トラップを仕掛ける)のが一番確実なロジックだ」
優太はそう言って、イグニスの隣に深々と肩までお湯に浸かり、ホゥ……と息を吐き出した。
「そういや、さっきから外の森の方で、変な鳥の鳴き声みたいな悲鳴が聞こえてたけどよ。なんかいたのか?」
イグニスが不思議そうに森の方へ耳を傾ける。
「気にするな。野生の猿が、害虫駆除用のネットに引っかかって泣いているだけだ」
優太は目を閉じ、湯船の縁に頭を乗せた。
「なんだ、猿か! なら放っておくか! ガハハハ!」
細かいことを気にしないイグニスは、再びお湯をバシャバシャと浴びてくつろぎ始めた。
岩壁の向こう側からは、キャルルたちの楽しそうな笑い声と、お湯を掛け合う水音が平和に聞こえてくる。
彼女たちは、自分たちの極上のリラックスタイムが、どれほど完璧な『医官の絶対防衛線』によって守護されていたかを知る由もない。
『――ピロリン♪』
優太の脳内に、静かにシステム音が鳴り響く。
『非致死性トラップによる、完全なる防衛線の構築と平和の維持を確認しました。仲間の尊厳を完璧に守り抜いたそのロジスティクスに対し、善行ポイント【+800 P】を獲得』
(……温泉に浸かりながらポイントが稼げるなら、防犯ボールの出費くらい安いもんだ)
優太は内心で小さく笑い、温泉の熱気に身を委ねた。
見えないところで完璧に仕事をこなし、仲間の平和な日常を死守する。
それこそが、ポポロ村自警団の医官・中村優太の、誰よりもカッコよくて不器用な『優しさ』の形だった。
湯けむりに包まれた秘湯の夜は、男たちの静かな休息と、ヒロインたちの華やかな笑い声と共に、ゆっくりと更けていくのだった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




