EP 4
はじめてのおつかい、純白のエルフ編
冬の気配が深まるポポロ村。
朝の村長宅のキッチンで、エプロン姿のルナ・シンフォニアが、純白のドレスの裾を揺らしながらビシッと手を挙げた。
「皆様! 本日の隣街への買い出し任務、ぜひこの私に行かせてくださいませ!」
「……却下だ」
コーヒーを片手にG-SHOCKの盤面を見つめていた中村優太が、一秒で即答した。
「そ、そんなぁ! なぜですのドクター・ユウタ!」
ルナがエルフの長い耳をペタンと垂らして食い下がる。
「私、最近は魔法の出力も3%に抑えられますし、イグニス様に教わって火のコントロールも完璧ですわ! ポポロ村自警団の立派な一員として、私も生活の役に立ちたいんです!」
「お前の『善意』が、経済や生態系に致命的なバグを引き起こすからだ」
優太はアメスピを口に咥えながら、冷徹にロジックを提示した。
「お前が石を金に変えれば市場はハイパーインフレで崩壊するし、良かれと思って雨を降らせれば街が洪水になる。お前の出力は、平時のおつかいには過剰すぎる」
「むっ、優太さんの言う通りです。ルナちゃんが一人で隣街なんて、心配で私の心音が爆発しちゃいます!」
キャルルがウサギの耳をピンと立てて優太に同調する。
「あら、良いじゃありませんの! ルナ様、ついでに私の代わりに、隣街のパチンコ屋で新台の様子を……」
「お前は黙ってビタミンCを噛んでろ」
優太の鋭い視線に射抜かれ、芋ジャージ姿のリーザが「ひぃっ、酸っぱい!」と黄色いタブレットをボリボリと咀嚼し始める。
「優太様ぁ……私、絶対に魔法は使いませんわ。約束します! 指一本、魔力を放出しないと、精霊に誓います!」
ルナが潤んだエメラルドグリーンの瞳で、優太を真っ直ぐに見つめ上げた。
純度100%の、打算なき懇願。
「……」
優太は短く息を吐き、携帯灰皿にタバコを捨てた。
「……絶対に魔法を使わないな。石を金貨にするのも禁止だ」
「はいっ!」
「……チッ。仕方ない、許可する。だが日没までには必ず帰還しろ。それから、支払いはこの正規の銀貨を使え」
優太が皮袋に入った銀貨をポンと渡すと、ルナの顔がパァッと花が咲いたように明るくなった。
「ありがとうございます、優太様! 私、完璧におつかいをこなして見せますわ!」
ルナは意気揚々と、大きな買い物カゴを手にポポロ村を飛び出していった。
「……イグニス、念のため上空からステルスで護衛してやってくれ」
「ガハハ! 過保護なこった。任せとけ!」
優太の密かなロジスティクス(護衛配置)を手配しつつ、ルナの『はじめてのおつかい』が幕を開けた。
***
ポポロ村から歩いて一時間ほどの場所にある隣街、商業都市『マッカ』。
活気ある市場には、様々な商人が屋台を並べ、客の呼び込みの声が飛び交っている。
「わぁ……! すごいですわ、これが庶民の市場!」
純白のドレス姿のルナは、見るもの全てが珍しく、目をキラキラと輝かせながら市場を歩き回っていた。その神々しい美貌と、隠しきれない高貴なオーラに、すれ違う人々が思わず道を開けて振り返る。
そんなルナの姿を、屋台の奥からギラギラとした目で見つめる男がいた。
悪徳商人のゲイツである。
(……ひひひ。見ねぇ顔だが、見るからに世間知らずのお貴族様ってツラだ。こいつは上等な『カモ』がネギ背負って歩いてきやがったぜ)
ゲイツは人当たりの良さそうな笑みを顔に貼り付け、ルナの前にスッと立ち塞がった。
「そこの美しいお嬢さん! 今日の夕飯のおかずに、極上の『太陽芋』はいかがかな?」
「まぁ! 太陽芋! ちょうど買い出しのリストに入っていましたわ!」
ルナが嬉しそうに立ち止まり、ゲイツの屋台を覗き込む。
そこには、大ぶりなサツマイモのような『太陽芋』が山積みにされていた。
しかし、その芋は、見た目こそ立派だが、実は『完全な不良品』だった。
ゲイツは内心で舌打ちをしながら、ルナにだけ聞こえるように嘘泣きの演技を始めた。
「実はね、お嬢さん……お恥ずかしい話なんですが、最近、近隣の畑を食い荒らしている『謎の虫害』のせいで、今年の芋は散々でしてね……」
「虫害、ですか?」
「ええ。真っ黒い羽の、気味の悪い虫が大量に湧きやがりましてね。そいつらが、芋の中の魔力だけをチューチュー吸い尽くしちまうんです。おかげでこの芋も、見た目はデカいですが中身はスカスカ……大赤字で、明日から家族をどう食わせていけばいいか……」
ゲイツは目元を拭いながら、チラリとルナの反応を窺った。
(同情を誘って、この中身スカスカのクズ芋を、相場の十倍で売りつけてやる……!)
しかし。
ゲイツの小悪党な打算は、ルナの『純度100%の善意』の前に、完膚なきまでに粉砕されることになる。
「なんと……そんな悲しいことが起きていたなんて」
ルナは両手で口元を覆い、本気で悲しそうな顔をした。
「農家の皆様が丹精込めて育てたお野菜を、悪い虫が奪ってしまうなんて……! 貴方、ご家族のためにこんな不良品を必死に売っていらしたのですね!」
「え? あ、いや、不良品ってわけじゃ……希少なダイエット用太陽芋でして……」
「素晴らしいですわ! 貴方のその家族を想う愛と、困難に負けない不屈の心に、私、心を打たれました!」
ルナはバッと顔を上げ、エメラルドグリーンの瞳に涙を浮かべながら、ゲイツの両手をガシッと握りしめた。
「このお芋、私が全部、優太様から預かった銀貨で買い取りますわ!」
「ぜ、全部!? 銀貨袋ごと!?」
予想外の爆買い宣言に、悪徳商人ゲイツの目が点になる。
「はい! 中身がスカスカでも、細かく刻んでリーザちゃんのポタージュに入れれば立派なご飯になりますから!……でも、銀貨だけでは、貴方の苦労に報いるには足りませんわね」
ルナはポンッと手を打つと、自分の『異空間収納』に手を突っ込み、ゴソゴソと何かを取り出した。
「はい、これ! 私からのお礼ですわ!」
ルナがゲイツの手に握らせたのは――眩いほどの黄金の光を放つ、完璧な球体をした果実だった。
一口かじれば万病が治り、寿命が十年延びると言われる、伝説の霊薬。
「こ、これは……っ!? ま、まさか……御伽話にしか出てこない『世界樹の黄金リンゴ』!?」
ゲイツは震える手で果実を見つめた。
これ一つで、金貨数百枚……いや、ルナミス帝国で小さな城が建つほどの、常軌を逸した超・超・超高級品である。
「これを食べて、元気を出してくださいませ! 虫の被害なんかに負けず、これからも美味しいお野菜をたくさん作ってくださいね!」
ルナは花が咲くような、一切の裏表のない、太陽よりも眩しい笑顔を向けた。
「お、お嬢さん……あんた、自分が何を渡したか分かってんのか!? こいつは、こんなクズ芋の山なんかと釣り合う代物じゃねぇぞ!?」
ゲイツがパニックを起こして叫ぶ。
「ふふっ。お野菜の値段なんて関係ありませんわ。誰かを助けたいという貴方の心は、この黄金リンゴよりもずっとずっと尊く、美しいものですから!」
ルナは心からの敬意を込めて、優雅にお辞儀をした。
「……っ!!」
その瞬間。
悪徳商人ゲイツの胸の奥底に、落雷のような衝撃が走った。
(俺は……俺はなんて汚い人間なんだ……!!)
騙そうとした相手から、底抜けの善意と、伝説の秘宝を「お礼」として渡される。
自分のちっぽけな嘘と強欲さが、ルナのあまりにも純粋な光の前に照らされ、ゲイツの心の中で激烈な化学反応(浄化)が起きたのだ。
「うぅ……うわぁぁぁぁぁぁんっ!!」
ゲイツは突然、市場のど真ん中で地面に崩れ落ち、ボロボロと大粒の涙を流して号泣し始めた。
「ど、どうされましたの!?」
「俺が間違ってた! 俺は最低のクズ野郎だ! お嬢ちゃんみたいな天使を騙そうとするなんて、どうかしてたんだぁぁっ!」
ゲイツは泣き叫びながら、ルナから受け取った銀貨袋を突き返した。
「こんな不良品、お嬢ちゃんに売れるか! 虫に食われてない、俺の隠し財産の特上の太陽芋があるんだ! それを荷車ごと、全部タダで持っていきな!!」
「ええっ!? タダだなんて、そんな申し訳ないですわ!」
「頼むから受け取ってくれぇ! そうじゃねぇと俺の良心が、お嬢ちゃんの眩しさに焼かれて消し飛んじまうぅぅっ!」
ゲイツは泣きながら、屋台の奥から最高級の太陽芋が山盛りになった荷車を引きずり出し、ルナの手に無理やり押し付けたのだった。
***
夕方。
ポポロ村の広場に、ゴロゴロと荷車を引く音が響いた。
「ただいま戻りましたわーっ! 優太様!」
純白のドレス姿のルナが、笑顔で手を振りながら帰還した。
その後ろには、山盛りの最高級太陽芋を積んだ荷車が引かれている。さらに、空を飛んでいたイグニスも呆れた顔で降りてきた。
「おかえり、ルナちゃん! すっごい量のお芋ですね!」
キャルルが目を丸くする。
優太はG-SHOCKの盤面から視線を上げ、大量の芋と、ルナが差し出した『銀貨袋(中身は減っていない)』を見て、眉間にシワを寄せた。
「……ルナ。魔法は使っていないだろうな? 石を金にしたんじゃないだろうな?」
優太の冷徹な尋問。
「誓って使っていませんわ! 指一本、魔力は出していません! ただ、市場の商人さんと少しお話ししたら、おまけしてくれたんですの!」
「おまけで荷車一台分の特上芋か? どんな悪徳商人もそんなボランティアはしない」
「いや、それがよ優太……」
上空から護衛していたイグニスが、苦笑いしながら口を挟んだ。
「お嬢ちゃん、あの親父に『世界樹の黄金リンゴ』を渡して、純度100%の笑顔で説教(?)ぶちかましたんだよ。そしたらあの親父、ガチ泣きして改心しやがって、『俺が間違ってました! 芋は全部タダで持っていってください!』って土下座し始めたんだぜ」
「……は?」
優太はアメスピを落としそうになりながら、唖然とした。
「黄金リンゴの価値は……金貨数百枚だ。それを、芋の代金に……?」
「でも、魔法は使っていませんわ!」ルナが胸を張る。
「……物理的な経済崩壊だな。お前の善意は、時に暴力より恐ろしい」
優太は頭を抱えた。
ルナの『天然の善意』は、魔法の出力など関係なく、周囲の環境(人間関係)を強制的に浄化・改変してしまう規格外の代物だったのだ。
「まぁまぁ、優太さん。怪我もトラブルも(悪徳商人以外は)なかったんですから、初めてのおつかいは大成功ですよ!」
キャルルがクスクスと笑いながらフォローする。
「……仕方ない。兵站がタダで潤ったのは事実だからな」
優太は気を取り直し、荷車の太陽芋を一つ手に取って吟味した。
品質は極上。栄養価も申し分ない。
「ルナ。その商人が何か言っていなかったか? 芋の流通に関して」
優太が何気なく尋ねると、ルナは「あっ」と思い出したように答えた。
「はい! なんでも、真っ黒い羽の気味の悪い虫が大量に湧いて、お芋の魔力を吸い尽くしてしまう『謎の虫害』が起きていると、泣いていらっしゃいましたわ」
「……黒い羽の、虫……」
優太の手の動きが、ピタリと止まった。
彼の脳裏に、数日前の森でイグニスと遭遇した、あの『装甲イノシシに寄生していた虫』の姿がフラッシュバックする。
魔力を吸い、宿主を狂わせる未知の寄生虫。
(……森の魔物の異常と、隣街の農作物の被害。これは偶然じゃない。確実な『点』と『点』が繋がり始めている)
優太の背筋に、冷たい医官の直感が走った。
「優太様? どうかされましたの?」ルナが不思議そうに首を傾げる。
「……いや。なんでもない。よくやったな、ルナ」
優太は表情を取り繕い、ルナの頭を軽くポンと撫でた。
「今日の晩飯は、この芋を使ったシチューだ。手洗いうがいをして、ゆっくり休め」
「はいっ! ドクター・ユウタ!」
ルナが嬉しそうにキャルルたちの方へ走っていく。
優太は一人、沈みゆく夕陽を見つめながら、ガスマスクのフィルターを無意識に指でなぞった。
平和で騒がしい日常の裏で、着実に、そして静かに。
『死蟲将軍』の率いる絶望の群れが、ポポロ村のすぐ足元まで迫り来ていることに、ロジックの鬼である優太だけが気づき始めていた。
読んでいただきありがとうございます。
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