EP 9
『秘密保持契約(NDA)』と、公式フードファイターの誕生
迷惑系凸撃者たちを『特定』と『実家の母ちゃんからの電話』という最強の精神攻撃で社会的に抹殺し、さらにホーリー・スプラッシュ(殺傷力ゼロの物理的衝撃波)で村の敷地外へと綺麗に吹き飛ばした直後。
南門の広場に静寂が戻ると同時に、優太の脳内で大音量のファンファーレが鳴り響いた。
【特大の善行を確認しました】
【対象:サイバーテロ(フェイクニュース)の鎮圧、ならびに社会的平穏の維持】
【情報戦による無血開城と、悪党の社会更生(実家への強制送還)を高く評価します】
【ポイントを加算します:+20000P】
(……二万ポイント。やはり、物理的な損害を出さずに大規模な社会不安(炎上)を解決したことへの評価は高いな。これで、村の医療設備や防衛網のさらなる近代化が可能になる)
ホログラムUIを閉じ、優太はアメリカンスピリットの煙を細く吐き出しながら、満足げに口角を上げた。
「優太君、お疲れ様! 悪い奴ら、みんな泣きながら逃げていったね!」
キャルルが特注の安全靴でタッタッと駆け寄り、お手製の人参柄ハンカチで優太の額の汗を拭おうとする。
その背後では、配信を無事に終えた天使のゴッドチューバー・キュララが、ホッと胸を撫で下ろして空から降りてきたところだった。
「はぁ〜、緊張したぁ……。でも、同接(同時接続者数)が過去最高を記録したよ! ポポロ村の無実も完全に証明できたし、リスナーのみんなも『有能な指揮官がいる最高の村』って絶賛してる!」
キュララがエンジェルすまーとふぉんの画面を見せながら、興奮気味に報告する。
だが、優太の眼差しは極寒の戦場医官のそれへと切り替わり、彼は懐から『分厚い羊皮紙の束』を取り出した。
「喜ぶのは早いぞ、キュララ。村の無実を証明したのは評価する。だが、お前が持つ『メディアとしての影響力(PV)』は、一歩間違えれば再び村を滅ぼしかねない劇薬だ」
「えっ……? その紙の束、何……?」
「ポポロ村・情報保全および放送倫理協定——通称『NDA(秘密保持契約)』だ」
優太は、ドンッと羊皮紙の束をキュララの胸に押し付けた。
「今日からお前を、ポポロ村の『公式PR広報官』として正式に任命する。だが、その条件として、村の防衛機密や特産品の栽培エリア、住人のプライバシーに関する一切の情報を許可なく外部に漏らさないこと。破った場合は、違約金として金貨一万枚の請求と、配信アカウントの永久凍結措置を取る」
「き、金貨一万枚!? あ、アカウント凍結ぅ!?」
ゴッドチューバーにとって、アカウントの凍結は物理的な死よりも重い。
キュララが顔面を蒼白にして震え上がるが、優太は冷酷なインテリヤクザの笑みを浮かべたまま追撃する。
「安心しろ。ルール(画角と検閲)さえ守れば、ルナ・イーツの飛竜デリバリーは引き続き許可するし、村の特産品を配信の企画に使うことも申請次第で認めてやる。……要するに、俺の管理下で正々堂々とエンタメをやれということだ」
「……! やる! 私、サインする! 優太さんのプロデュースがあれば、私のチャンネルはもっともっと大きくなる気がするっ☆」
PV至上主義の天使は、圧倒的な恐怖と、それ以上の『バズの予感』を感じ取り、嬉々としてNDAにサインと魔力印を刻み込んだ。
「よろしい」
優太が契約書を回収して頷いた、その時だった。
「あの! 優太様! 私には……私には何の役職も与えられないんですの!?」
特売の芋ジャージを着た人魚姫・リーザが、血の涙を流しながら地面を這いずり寄ってきた。
「やらせ配信の罰は受けました! でも、キュララちゃんが公式広報官になるなら、大食い企画の時の『カロリー処理係』が不在になってしまいますわ! 私、このままでは本当にパンの耳と雑草だけで餓死してしまいますのーッ!」
食欲(生存本能)に突き動かされた、切実すぎる直訴。
優太は小さく溜め息を吐き、リーザを見下ろした。
「リーザ。前にも言ったが、机の下で隠れて食う『やらせ』は視聴者への詐欺だ。BPO(放送倫理・番組向上機構)が許さない」
「うぅっ……! で、でもっ……!」
「だが——『番組の公式企画』として透明性を担保するなら、話は別だ」
「えっ?」
優太はリーザの肩にポンと手を置き、新たな役職(コンプライアンス的解決策)を提示した。
「キュララが大食いチャレンジをする際、途中で『助っ人』として堂々とカメラの前に出ろ。テロップは【ポポロ村公式フードファイター・リーザ参戦!】でいく。これなら嘘偽りのないリレー形式の大食い企画として成立し、SDGs(食品ロス削減)の観点からも完璧だ」
「公式フードファイター……! カメラの前に出て、堂々とカツ丼を食べていいんですの!?」
「ああ。出演料は現物支給、つまりお前が食った分の飯だ。……それで文句はないな?」
「ありませんわーッ! 神様、仏様、優太様ぁぁっ! 私、今日からポポロ村の胃袋として、どんな特大メガ盛りも秒で消し飛ばしてご覧に入れますわーッ!」
歓喜のあまり、リーザが優太の足首にすがりついて泣き叫ぶ。
かくして、底辺で鳩の餌を奪い合った天使と人魚は、『公式広報官』と『公式フードファイター』という合法的なタッグを結成することとなったのである。
「ふふっ、これでまたシェアハウスが賑やかになるね、優太君」
キャルルが微笑み、少し離れた場所では、コンプライアンス違反エルフのルナが「私も配信で火炎龍をお見せしたいですわー♡」と騒ぎ、イグニスに止められている。
情報戦というかつてない脅威を乗り越え、より強固な共同体へと進化したポポロ村。
だが、この見事なまでの無血開城と、爆発的に伸びた配信のPVは、天界と魔界という『二つの特大の厄災』を、確実にこの辺境の村へと引き寄せていた。
一つは、炎上を潰されてノートパソコンを叩き割るほど激怒している、炎上神ワイズの狂気。
そしてもう一つは——。
「……面白い。フェイクニュースを逆手に取り、情報戦で大衆を扇動したか。あの指揮官、並の戦術家ではないな」
遠く離れたアバロン魔皇国の城で。
配信のアーカイブ映像を見ていた魔族穏健派代表・ルーベンスが、妖しい笑みを深めていた。
「出発の準備を急げ。ポポロ村は……私が自ら足を運ぶに値する、極上の『盤面』だ」
軍医・中村優太の戦いは終わらない。
次なる敵は、国家規模の権力と知略を持つ、魔族の貴公子。
平穏な結末の裏で、次という名の新たな嵐が、すでに産声を上げていた。
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