EP 5
ポポロ村の警戒と、金曜日カレー
深い森を抜けた先に、丸太で組まれた簡素な防壁が見えてきた。
ルナミス帝国、レオンハート獣人王国、アバロン魔皇国。三つの大国の緩衝地帯に位置する開拓村——ポポロ村だ。
「止まれ! キャルル村長……っ!? おい、その人間から離れろ!」
門前に立っていた犬耳の自警団員が、血相を変えて槍の穂先を優太に向けた。
優太は両手を軽く上げ、敵意がないことを示す。肩を貸していたキャルルが、痛む右足を引きずりながら前に出た。
「武器を下ろして、バウ。この人は私の恩人です。森で黒狼に襲われたところを救っていただきました」
「しかし村長! 人間なんて信用できません! またルナミス帝国の悪徳商人のように、俺たちを騙しに来たに決まって——」
「バウッ。これ以上、恩人に失礼を働くなら……私が相手になりますよ?」
キャルルがスッと目を細め、声音を一段低くした。
ウサギの耳がピンと立ち、小柄な身体から凄まじい威圧感が放たれる。バウと呼ばれた犬耳の青年は「ヒッ」と喉を鳴らし、慌てて槍を引いた。
「失礼しました……。ささ、村長、早く手当てを!」
(愛されてるというか、恐れられてるというか……)
村人たちの視線は、優太に対して明確な『警戒』と『敵意』を孕んでいた。
大国の間で揉まれてきた辺境の村だ。よそ者、それも人間に対する不信感は根深いのだろう。
優太は気にする素振りも見せず、キャルルを支えながら村長宅である粗末な木造平屋へと足を踏み入れた。
* * *
「ふう……」
キャルルをベッドに寝かせ、患部の状態を再確認する。止血は完璧だ。感染症予防のために持っていた抗生物質を飲ませ、一段落ついたところで窓の外を見る。
すっかり日が落ちかけていた。
「キャルル、何か食べるものはあるか? 怪我を治すには栄養が必要だ」
「すみません……戸棚に、少し硬いパンと干し肉くらいしか」
「そうか。なら、俺が作るよ」
「えっ、でも……」
申し訳なさそうにするキャルルを制し、優太は村長宅の台所に立つ。
誰も見ていないことを確認し、ホログラムUIを展開した。
現在の所持ポイントは『1100P』。
(食料品は……かなり安いな)
地球の市販のカレールー(中辛)が5P。玉ねぎ、じゃがいも、人参の野菜セットが3P。無洗米のパックが5P。
計13Pを消費し、購入ボタンを押す。
光の粒子が集まり、何もない木製の調理台の上に、見慣れた地球のパッケージに包まれた食材がポンッと現れた。
「……すげえな、本当に」
優太は小さく笑い、村人から分けてもらった『トライバード』という鳥肉のぶつ切りと共に、手際よく包丁を振るう。
今日は金曜日だ。
海上自衛隊において、金曜日はカレーの日と決まっている。長い海上勤務で曜日の感覚を失わないための伝統だが、非番の日でも優太はこの習慣を大事にしていた。
鍋で肉と野菜を炒め、水を注いで煮込む。火が通ったところでカレールーを割り入れると、スパイスの強烈で芳醇な香りが、狭い台所から村中に広がっていった。
「な、なんだこの匂いは……!?」
嗅覚の鋭い犬耳や猫耳の村人たちが、たまらず村長宅の周囲に集まってきた。
優太は地球の白米を炊き上げ、大皿にたっぷりとカレーをよそう。
「さあ、食ってくれ」
ベッドの上に身を起こしたキャルルに皿を渡す。
彼女は戸惑いながらも、スプーンで一口すくい、口に運んだ。
次の瞬間、長いウサギの耳がビクンッと跳ね上がった。
「っ……!! 美味しい……! スパイシーなのに、奥に野菜の甘みがあって……こんなご馳走、王宮にいた時だって食べたことありません!」
キャルルは痛みを忘れたように、夢中でカレーをかき込み始めた。
その様子を窓の外からヨダレを垂らして見ていた村人たちにも、優太は「余ってるぞ」と鍋ごと外へ持ち出した。
警戒していたはずの獣人や子供たちが、匂いの暴力に抗えずに群がってくる。
一口食べた瞬間、全員の目が丸くなった。
「うめえええっ!」
「人間のお兄ちゃん、これ魔法か!? 舌が溶けそうだ!」
鍋はあっという間に空になった。
食後の片付けをしていると、槍を構えていた門番のバウが、気まずそうに歩み寄ってきた。
「……疑って、悪かった。こんな美味い飯を作る奴に、悪い奴はいない」
「気にするな。あんたは自分の仕事をしただけだ」
優太が笑って皿を拭いていると、脳内にあの陽気なファンファーレが響いた。
【善行を確認しました】
【対象:炊き出し、皿洗いなどの雑事】
【地域社会への貢献度:微小】
【ポイントを加算します:+10P】
【現在の所持ポイント:1097P】
(たった10ポイント、か)
命を救った時の1000Pと比べれば、微々たるものだ。
だが、優太の胸には確かな温かさが広がっていた。
世界を救うような大仰なことじゃなくてもいい。ただ目の前の人間の腹を満たし、笑顔にすることでも、このシステムは確かに『善行』として評価してくれる。
奪うことだけが生きる道ではないと、背中を押してくれている気がした。
「優太様……本当に、ありがとうございます」
食後のキャルルが、熱を帯びた、少し湿度の高い瞳で優太を見つめていた。
その視線の重さに、優太が少し居心地の悪さを覚えた、その時だった。
「せ、先生……ッ! 誰か、医術の心得がある者はいないかッ!」
夜の静寂を切り裂いて、血まみれの男が村長宅に飛び込んできた。
その後ろでは、数人の村人が、息も絶え絶えの青年を戸板に乗せて運び込んでくる。
青年の腹部は、鋭利な爪で大きく引き裂かれていた。
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