第五章 医官の日常カルテと、死蟲将軍の強襲
無限誕生日ループと、制裁の月影流
冬の気配が色濃くなってきた、ポポロ村の広場。
よく晴れた朝の清々しい空気を切り裂くように、パーンッ!という景気の良い破裂音が響き渡った。
「さぁさぁ、ポポロ村の愛すべきファンの皆様! そして私の可愛いバックダンサー(自警団)たち! 本日は、この宇宙が私という奇跡に出会った記念すべき日……そう! 『リーザちゃん・爆誕祭』の幕開けですわーっ!!」
広場の中央。
みかん箱の上に仁王立ちしたリーザが、手作りのくす玉を割り、紙吹雪を盛大にまき散らしていた。
彼女の背後には、シーツに墨汁で書かれた『Happy Birthday リーザ!(※プレゼント・現金・商品券 大歓迎♡)』という巨大な横断幕が風に揺れている。
臙脂色の芋ジャージを着込み、首からは集金用のがま口ポシェットをぶら下げた彼女は、村人たちに向かってドヤ顔で投げキッスを連発していた。
「おおーっ……って、あれ?」
「リーザちゃん、先月も『奇跡の生誕祭』とか言って、誕生日パーティーやってなかったか?」
集まってきた農家のおじさんたちが、首を傾げながらヒソヒソと囁き合う。
「チッチッチッ! 浅いですわね、皆様!」
リーザは人差し指を振りながら、マイク(ただの大根)を片手に熱弁を振るう。
「海中を生きる人魚の時間は、地上の人間とは違うんですの! 波の満ち引き、月の引力、そして何よりファンの皆様からの『Love & Money』の波長によって、私の誕生日は毎月やって来るシステムへとアップデートされたんですわ! さぁ、遠慮はいりません! お祝いの品を、このポシェットにジャラジャラと……!」
バキィィィィンッ!!!
リーザの強欲な演説は、空気を切り裂くような破裂音と共に、文字通り『物理的』に粉砕された。
「ぐばぁぁぁぁぁっ!?」
みかん箱の上にいたはずのリーザの体が、独楽のように超高速で錐揉み回転しながら宙を飛び、十メートル先の干し草の山へと顔面から激突した。
「毎月誕生日が来るわけないでしょうがぁぁぁっ!! この強欲人魚!!」
リーザが立っていたみかん箱の前に、紫電の闘気を纏った月兎族の村長・キャルルが着地していた。
タローマン製の特注安全靴を履いた足が、美しく、かつ容赦のない上段回し蹴りの軌道でピタリと止まっている。
ポポロ村の治安を守る、問答無用の『月影流・顔面パンチ(今回は蹴り)』である。
「あひゅぅ……! し、暴力反対……! アイドルの顔に傷がついたら、損害賠償で金貨百枚……」
干し草の山から顔を出したリーザが、両鼻からタラーッと鼻血を流しながら抗議する。
「うるさいです! 昨日から徹夜で変な横断幕を作っていると思ったら、また皆から小銭を巻き上げる気でしたね!? そもそも貴女、先月の誕生日で村の子供たちからお菓子を巻き上げて、私に正座させられたのをもう忘れたんですか!」
「も、貰えるものは病気以外なんでも貰うのが、地下アイドルの鉄則ですのーっ!」
キャルルとリーザが、いつものようにギャーギャーと騒ぎ始める。
そんなポポロ村の平和(?)な日常風景を、広場の隅のベンチから、二人の男が眺めていた。
「ガハハハ! 朝から元気だねぇ、あいつら!」
竜人族のイグニスが、自警団のパトロール前のストレッチをしながら豪快に笑う。
その隣。中村優太は、手にしたマグカップのコーヒーを啜りながら、極めて冷徹な、医官としての観察眼でリーザを分析していた。
(……鼻血が出たか。ただの物理的な衝撃によるものだけじゃない。出血の止まり方が遅いし、最近、リーザの肌の乾燥や歯茎の腫れが目立ってきているな)
優太はタクティカル・マウンテンパーカーのポケットからアメスピを取り出し、軍用マッチで火をつけた。
紫煙を吐き出しながら、G-SHOCKの盤面でリーザの平時のバイタルを逆算する。
「イグニス。最近、リーザの奴、何を食ってたか知ってるか?」
「あん? リーザか? そりゃお前、いつも通りだろ。パンの耳をメインディッシュにして、近所のおばちゃんから貰った茹で卵と、公園でむしったタンポポ(雑草)のサラダだ。たまにスーパーの試食コーナーで腹を満たしてるみたいだがな」
「……最悪のロジスティクス(栄養状態)だな」
優太は深くため息をついた。
ルナというエルフの王女が村に定着し、世界樹の果実や高級野菜というチート食材が村長宅に溢れるようになっても、リーザの『ドケチ根性(もとい、自称オーガニック志向)』は治っていなかった。
キャルルやルナが「食べましょう」と誘っても、「アイドルは施しは受けませんわ!」と謎のやせ我慢を発動し、相変わらずパンの耳と雑草を主食にしているのだ。
(タンポポから微量のビタミンは摂れているだろうが、圧倒的にビタミンCが不足している。地球の大航海時代、数え切れないほどの船乗りたちを地獄へ送った海の呪い……『壊血病』の初期症状だ。放置すれば、コラーゲンが生成できなくなり、全身の血管が脆くなって歯が抜け落ちる)
いくらバフ能力が最強クラスのアイドルとはいえ、戦場に立つ兵士の肉体がボロボロでは話にならない。
優太は携帯灰皿にタバコを捨て、立ち上がった。
『善行ポイント:残高 3015 P』
(昨日の世界樹騒動で稼いだポイントがある。ガチャを回すまでもないな)
優太は脳内で【地球ショッピング】のシステムを展開し、検索窓に『ビタミンC サプリメント 業務用』と入力した。
ポイントを10Pほど消費し、空間が歪む。優太の手に、ずっしりと重い黄色いプラスチック製の巨大なボトルが握られた。
ザクッ、ザクッ。
優太が歩み寄ると、キャルルに説教されて正座していたリーザが、チラリと上目遣いで彼を見た。
「な、なんですの優太さん。優太さんも私を叱りに……」
「リーザ。誕生日おめでとう。ほら、プレゼントだ」
優太は無表情のまま、その巨大な黄色いボトルを、リーザの膝の上にドンッ!と置いた。
「えっ……!?」
リーザの目が、瞬時に$マークへと切り替わった。
「ゆ、優太さんが、私にプレゼント……!? わ、分かってらっしゃる! きっとこの中には、見たこともないような地球の金貨や、純金の粒が……!」
リーザは鼻血を拭うのも忘れ、震える手でボトルのキャップを開けた。
中には、黄色くて丸い、一円玉ほどの大きさのタブレットが数百個、ぎっしりと詰まっていた。
「……? なんですの、これ。宝石……にしては、すっぱそうな匂いがしますし、全然キラキラしていませんわ。もしかして、地球の新しい通貨ですの!?」
「いや、ただの『業務用ビタミンC』だ。レモン味で水なしで噛んで飲める」
優太は冷徹に言い放った。
「びたみん……?」
「お前のようなパンの耳と雑草しか食わない生活を続けていれば、遠からず『壊血病』になる。全身の血管が破れて内出血を起こし、免疫力が落ち、最終的には……アイドルにとって命よりも大切な『歯』が、全部抜け落ちるぞ」
「歯、歯が……全部抜ける!?」
リーザの顔面が、恐怖で土気色になった。
アイドルの命であるルックス。それが、歯抜けのボロボロになるなど、彼女にとって死以上の絶望である。
「それが嫌なら、毎日必ずそのボトルから三粒を取り出して噛み砕け。いいな、医官(俺)の命令だ。サボったら二度とお前のライブの警備はしない」
優太はそう言って、背を向けた。
「ひぃぃっ! の、飲みます! 毎日きっちり噛み砕きますわーっ!!」
リーザは慌てて黄色いタブレットを取り出し、ボリボリと音を立てて咀嚼し始めた。
「す、すっぱぁぁぁいっ!! けど、なんか美味しいですわ……!」
「……もう、優太さんは甘いんだから。なんだかんだ言って、リーザちゃんのこと心配してくれてるんですよね」
キャルルが、少し呆れたように、けれど嬉しそうに微笑んだ。
「俺は公衆衛生(防疫)の観点から、自警団の構成員の健康管理を行っただけだ。戦力ダウンは部隊の致命傷になる」
優太はそっけなく返し、G-SHOCKの盤面を確認した。
「あら!? 皆さま、朝から何を集まっていますの?」
そこへ、純白のドレスを着たエルフの王女、ルナ・シンフォニアが、のんびりとした足取りでやってきた。
彼女の両腕には、キラキラと眩い光を放つ、巨大で豪華な『世界樹の森の超高級フラワーアレンジメント』が抱えられている。
「ルナ様! そのお花は……!」
リーザが再び強欲な目を輝かせる。
「ええ! リーザちゃんの誕生日だと風の噂で聞きましたので、お祝いの品ですわ! この花びら、一枚で金貨十枚で売れるという幻の花ですのよ!」
「神様、仏様、ルナ様ぁぁっ!! Love & Moneyィィッ!!」
「ちょっとルナちゃん! リーザちゃんを甘やかしてダメにしないでください! また市場のバランスが崩れますぅっ!」
キャルルが絶叫し、再びルナとリーザに向かって飛び蹴りを放つべくダッシュした。
「ガハハハ! 今日もポポロ村は平和だぜ!」
イグニスが腹を抱えて笑い転げる。
優太は、目の前で繰り広げられる果てしなくドタバタとした追走劇を見つめながら、小さく息を吐いた。
(……相変わらず、やかましくて手のかかる連中だ)
だが、その視線はどこまでも柔らかく、彼自身も気づかないうちに、口元には微かな笑みが浮かんでいた。
彼が守るべき『新しい陣地』の日常は、医官のロジックを容易く凌駕するほどの、温かく騒がしい愛に満ちているのだった。
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