EP 5
ヤンデレ村長の肖像権と、撃墜されるゴシップ
ポポロ村の広報兼・防衛情報局長に任命された下級天使のキュララは、村長宅の離れ『ポポロキン』の片隅で、深刻な顔をしてエンジェルすまーとふぉんの画面を睨みつけていた。
「うぅ〜ん……PV(視聴回数)の伸びが鈍化してる。やっぱり、背景が無地の壁ばっかりじゃ、リスナーも飽きてきちゃうよね」
優太によって徹底された『情報統制(OPSEC)』により、キュララの配信の画角は極端に制限されていた。いくら天使の顔面偏差値が高くとも、変化のない映像はエンタメにおける致命傷だ。
「何か……何かドカンとバズる『特大のスクープ』はないかなぁ。数字を持ってる大物ゲストとのコラボとか、スキャンダルとか……」
キュララが頭を抱えていた、その時だった。
ふと窓の外——村長宅の縁側に目を向けると、そこには、村長のキャルルと防衛指揮官の優太が並んで座っている姿があった。
「優太君。昨日の訓練で、少し足の指にマメができちゃって……」
「見せてみろ。……ふむ。タローマン製の安全靴は頑丈だが、お前の脚力(マッハの飛び蹴り)には靴擦れ防止のインソールが追いついていないな。テーピングで補強しておく」
優太が医療用の救急キットを開き、キャルルの小さな足を膝に乗せて、極めて真剣な(軍医としての)手つきでテーピングを巻いている。
キャルルは頬を真っ赤に染め、「えへへ……優太君の手、大きくて温かいなぁ……♡」と、完全に恋する乙女の顔で優太を見つめていた。
その光景を見た瞬間、トップ配信者の脳内に『電流(バズの予感)』が走った。
「こ、これだぁぁぁっ!!」
キュララは声を出さずにガッツポーズを決めた。
「ポポロ村を力で支配する冷酷な防衛指揮官と、可憐な獣人の村長! 二人の秘密のイチャイチャ同棲生活……ッ! こんなの、ゴシップ好きのリスナーが食いつかないわけがないっ!」
キュララは即座にエンジェルすまーとふぉんを『ステルス・ドローンモード』に切り替え、音もなく縁側の上空へと飛ばした。
そして、タイトルを【超絶スクープ! 鬼の指揮官と村長の、禁断の裏の顔をのぞき見!?】に設定し、ゲリラ生配信のボタンをタップした。
瞬く間に、画面の端を凄まじい勢いでコメントが滝のように流れ始める。
『うおおお!? なんだこのゲリラ配信!』
『あの厳しい指揮官殿が、女の子の足をマッサージしてる!?』
『てぇてぇ! 尊すぎる!』
『赤スパチャ(金貨)投げます!!』
「(ふふんっ! 大・成・功! やっぱり他人の色恋沙汰は最高のキラーコンテンツだね!)」
物陰に隠れながら、PVの爆発的な伸びを見てニヤニヤと笑うキュララ。
だが、彼女は決定的なミスを犯していた。
戦場を生き抜いた元グリーンベレーの軍医と、そして——『愛する男の事となると五感が野生の魔獣レベルに跳ね上がるヤンデレ』の恐ろしさを、全く理解していなかったのだ。
「……ん?」
優太に足を預けていたキャルルの、長い月兎の耳がピクッと動いた。
彼女のルビー色の瞳が、縁側の上空三メートルの位置に浮かぶ、透明化した不自然な空間の歪み——ドローンのレンズを正確に捉えた。
「……キュララちゃん。あれ、何かな?」
キャルルの声のトーンが、鼓膜を凍らせるような絶対零度にまで下がった。
優太もテーピングの手を止め、静かに上空を見上げる。
「(ひぃっ!? ば、バレた!?)」
キュララが慌ててドローンを撤収させようとしたが、遅かった。
キャルルはテーピングを巻き終えた足をスッと下ろすと、特注の安全靴の踵を縁側の床に「ゴンッ」と打ち鳴らした。
「私が優太君に治療してもらっている、この宇宙で一番幸せな時間を……どこの馬鹿の骨ともわからない、無数のゴッドチューブの視聴者(豚ども)に晒し者にしたの……?」
ゴゴゴゴゴゴォォォォッ!!
キャルルの全身から、殺意という名のどす黒い闘気が立ち上る。
普通なら「恥ずかしいからやめて!」と赤面して逃げるところだ。だが、キャルルの怒りのベクトルは違った。
「優太君の優しい顔も、優太君の手の温もりも! 全部全部、私だけのものなのにィィィッ!! タダで見世物にするなんて、絶対に許さないッ!!」
ドンッ!!
縁側の木材が粉砕される凄まじい踏み込みと共に、キャルルの身体が砲弾のように上空へと跳ね上がった。
「月影流奥義——『超電光流星脚(スーパー・ライトニング・メテオ・ストライク)』・対空マイナーチェンジ版ッ!!」
バチバチバチッ!!
紫電の雷光を纏ったマッハの回し蹴りが、ステルスドローンにクリーンヒットした。
バキィィィィンッ!!
エンジェルすまーとふぉんは、悲鳴を上げる間もなく粉微塵に粉砕され、プラスチックと魔力回路の破片となって虚空に散った。ゴシップ配信は、開始わずか三分で文字通り『撃墜』されたのである。
「ああっ!? 私の! 私の商売道具があぁぁっ!?」
物陰から飛び出し、スマホの残骸をかき集めて号泣するキュララ。
そこへ、着地をキメたキャルルと、アメリカンスピリットに火を点けた優太が、まるで死神のような足取りで歩み寄ってきた。
「キュララちゃん……。次、優太君との邪魔をしたら、スマホじゃなくて首から上を粉砕するからね?♡」
「ひぃぃぃっ! ごめんなさぁぁい! 目が! 目が笑ってないよぉぉっ!」
ヤンデレ村長の純度百パーセントの殺気に、天使が地面に伏してガタガタと震える。
さらにそこへ、軍医・中村優太の冷酷な『コンプライアンス(法務)』の刃が振り下ろされる。
「キュララ。貴様は今、ポポロ村・情報保全協定の第七条『無許可の監視および偵察の禁止』、ならびに『肖像権(パブリシティ権)』および『プライバシーの侵害』という、極めて重大なコンプライアンス違反を犯した」
「しょ、しょうぞうけん……!?」
優太はスマホの残骸を冷たい目で見下ろした。
「軍の指揮官のプライベートを無許可で配信するなど、スパイ行為(利敵行為)と同義だ。他国の工作員が見ていれば、俺が武器を置いて無防備になっているタイミングを完全に把握されることになる」
「そ、そんなつもりじゃ……ただ、PVが欲しかっただけで……っ」
「エンタメを免罪符にするな。他人の人生を消費して稼ぐ数字に、正義などない」
優太は携帯灰皿を取り出し、静かに煙草の灰を落とした。
「スマホの再錬成には一万ポイントかかる。これはお前の給料(ルナ・イーツのデリバリー代)から天引きだ。さらに、向こう一ヶ月間、お前の配信の全映像は、配信前に必ず俺の『検閲』を通すことを義務付ける」
「け、検閲ぅ!? そんなの、自由なゴッドチューバーの死宣告だよぉぉっ!」
「嫌ならマグローザ漁船に乗って、遠洋漁業の生配信でもするか?」
「やります! 検閲、喜んで受け入れますぅぅっ!」
かくして、PV至上主義の天使による『ゲリラ・ゴシップ配信』は、軍医のOPSEC(情報保全)とヤンデレの独占欲の前に、完全敗北を喫した。
個人のプライバシーは、武力と法律によって強固に守られたのである。
だが——。
このわずか三分の配信で、優太の『隙のなさ』と、キャルルという『強力な護衛』の存在は、ネットの海を通じて、確実に『ある悪意』の元へと届いていた。
天界でノートパソコンを叩く炎上神ワイズが、この情報を元に『最悪のフェイクニュース』を捏造し始めるまで、残り時間はわずかであった。




