EP 4
映えの魔法と、派手すぎるホーリー・スプラッシュ
「はぁっ、はぁっ……! 優太様、もう無理ですわ! 私のカツ丼十杯分のカロリー、とうの昔に燃え尽きて、今は命の灯火が燃えてますの……っ!」
ポポロ村の防壁の外、薄暗い森の入り口。
特売の芋ジャージを泥だらけにしたリーザが、地面に四つん這いになってゼェゼェと荒い息を吐いていた。
やらせ大食い配信の罰として科せられた、自警団との合同パトロール訓練。極寒の軍医・中村優太のスパルタ行軍により、インドア派の極貧人魚はすでに限界を迎えていた。
「泣き言を言うな、リーザ。まだ規定ルートの半分だ」
コンバットグラスを装着し、ワスプ薙刀・改を片手に警戒態勢を崩さない優太が冷徹に言い放つ。
その横では、特注の安全靴を履いたキャルルが「リーザちゃん、ほら、飴玉あげるから頑張って!」と背中をさすっていた。
そんな過酷な訓練の最中であっても、転んでもタダでは起きないのが『プロのゴッドチューバー』である。
「はーい、みんな! 今日はポポロ村の周辺から、野外パトロールの様子を生配信でお届けしてるよー☆」
下級天使キュララは、息一つ切らさずに、空中に浮かべたエンジェルすまーとふぉん(カメラドローン)に向かって、とびきりの笑顔でウインクを飛ばしていた。
優太から「村の防衛機密(純金や特産品の畑)を映すな」と厳命されているため、カメラの背景はひたすら単調な森の木々だけになるよう、彼女の背後スレスレの画角に固定されている。
「キュララちゃん、森の中でも可愛い!」「パトロールお疲れ様!」
画面の端を流れるコメント欄は今日も温かい。
その時だった。
ガサガサッ! と、前方の茂みが大きく揺れ、三匹の魔獣が姿を現した。
全身が泥に覆われた、醜悪な小鬼——『マッドゴブリン』の群れだ。ポポロ村周辺ではよく見かける、低ランクのありふれた魔獣である。
「ギギャァァッ!」
「……敵影確認。ゴブリン三体。キャルル、左から回り込め。俺が正面を——」
優太が軍隊式のハンドサインを出し、最短ルート(三秒)で制圧しようと腰を落とした、その瞬間。
「ストーップ! 優太さん、ここは私の出番だよっ☆」
キュララが優太の前に飛び出し、両手を広げて制止した。
「せっかくの野外配信なんだから、リスナーのみんなに『戦う天使のカッコいい姿』を見せなくちゃ! エンタメの基本だよ!」
「エンタメだと? 戦闘において最も重要なのは、敵をいかに迅速かつ静粛に無力化するかだ。無駄な行動は——」
「いくよーっ! みんな、スクショの準備はいいー!?」
優太のロジカルな制止をガン無視し、キュララはカメラのドローンを自分の正面に移動させた。
そして、胸の前で両手を交差させ、高らかに叫ぶ。
「天界の光よ、私に正義の力を! ホーリーナイツ・トランスフォームッ☆」
ピカーーーンッ!!
キュララの全身が、無駄に眩い七色の光に包まれた。
背中の小さな羽が光の粒子を撒き散らしながら巨大化し、着ていた私服が魔法の光帯となって弾け飛び、代わりに白銀に輝く『聖騎士の鎧』が、カチャリ、カチャリとパーツごとに装着されていく。
シャキーン! キラリーン! という無駄に派手な効果音が森に響き渡り、最後に光のレイピアが手元に具現化する。
「……」
優太とキャルル、そして泥這い状態のリーザは、無言でその光景を見つめていた。
そして何より、目の前にいたマッドゴブリン三体すら、「こいつ、何やってんだ?」という顔でポカンと立ち尽くしている。
「待たせたね、悪者さんたち! 光の剣技、受けてみよっ! 『レイピア・フラーッシュ』!!」
変身を終えたキュララが、レイピアを凄まじい速度で突き出す。
無数の光の筋がゴブリンたちを襲い、チクチクとダメージを与えていく。だが、致命傷には至らない。
「くっ……意外と頑丈だね! それなら、私の最大奥義を見せてあげる! カメラさん、ズームお願いっ!」
ドローンがキュララの顔面(キメ顔)にグッと寄る。
コメント欄は『キターーー!』『キュララちゃんの必殺技!』『赤スパチャ用意!』と異常な盛り上がりを見せていた。
「集え、聖なる光! すべてを浄化する極光の奔流よ! 『ホーリー・スプラァァァッシュ』ッ!!」
キュララのレイピアの先端から、直径一メートルはあろうかという『極太の光属性レーザー』が発射された。
ドゴォォォォォォォンッ!!
凄まじい轟音と閃光。ゴブリン三体は一瞬で消し飛び、その背後にあった森の木々が数十メートルにわたって綺麗に薙ぎ払われ、地面には深いクレーターが穿たれていた。
「ふぅ……。悪は、滅びたよっ☆」
もうもうと立ち上る土煙を背に、カメラに向かって完璧なアイドルスマイルとウインクを決めるキュララ。
コメント欄は歓喜と投げ銭の嵐に包まれた。配信としては、これ以上ないほどの『大成功』である。
——だが。
カメラのフレーム外、その大成功の現場を冷めた目で見つめていた二人の『実戦派』からは、容赦のないダメ出しが飛ぶこととなる。
「……終わったか」
優太がアメリカンスピリットに火を点けながら、呆れたように歩み寄ってきた。
「キュララ。今の戦闘について、防衛指揮官としての評価を行う」
「えへへっ、どうだった!? めちゃくちゃ映えてたでしょ! レーザーの火力、すごかったでしょ!」
胸を張るキュララに対し、優太は極寒の戦術眼で冷酷に事実を突きつけた。
「最悪だ。まず、最初の変身プロセスに『約十四秒』を要している。第一空挺団の狙撃手なら、その間に貴様の眉間を三回は撃ち抜いているぞ。敵がゴブリンだから待ってくれただけの、完全な隙(致命的欠陥)だ」
「じゅうよんびょう!? だ、だって、あの変身バンクを見せないと、リスナーのテンションが……」
「さらに、お前の『レイピア・フラッシュ』は無駄な動き(モーション)が多すぎる。手首の反動だけで見栄えを良くしているが、体重が乗っていないため火力が散漫になっている。そして何より——最後の『ホーリー・スプラッシュ』だ」
優太は、レーザーによって無惨に薙ぎ払われた森の木々を指差した。
「ゴブリン三体を処理するのに、あそこまでの高火力広域魔法を使う必要がどこにある? エネルギーの九割が光と音の演出(過剰出力)に割かれ、無駄な地形破壊を引き起こしている。費用対効果の観点から言えば、赤点すらつけられない『資源の無駄遣い』だ」
「うぐっ……! え、演出なんだよぉ! 光ってナンボの聖属性なんだから……っ!」
軍事ロジックによる身も蓋もないフルボッコに、キュララが涙目で反論しようとする。
しかし、そこに追い打ちをかけるように、腕を組んだキャルルがズンズンと歩み寄ってきた。彼女のルビー色の瞳には、優太とは違うベクトル(ヤンデレ的視点)の不満が渦巻いていた。
「ちょっと、キュララちゃん。優太君の言う通り、動きも無駄だらけだったけど……私が一番許せないのは『カメラの画角』だよ!」
「へっ? 画角?」
キャルルは特注の安全靴で地面をトンッと叩き、キュララに詰め寄った。
「さっき、ゴブリンが逃げ出そうとした時、私が回り込んで退路を塞いであげたでしょ!? あの時、私の足技の完璧なフォームと、優太君が指示を出すカッコいい横顔が見せ場だったはずなのに……ドローンのカメラ、ずっとキュララちゃんの顔のアップばっかり映してたじゃない!!」
「えっ、あ、当たり前でしょ! 私のチャンネルなんだから、私が主役……」
「許せない! せっかく優太君との連携を全世界にアピールするチャンスだったのに! どうして私が見切れてるのよォォォッ!!」
「ひぃぃぃっ! キャルルちゃんの目が怖い! 怒るポイントそこなの!?」
実戦的効率を求める軍医と、優太との『映え』を求めるヤンデレ村長。
二つの異なるベクトルのダメ出しを全身に浴びて、トップ配信者であるはずの天使は、カメラの回っていない森の中で「ごめんなさぁぁい!」と平謝りする羽目になった。
「ははは……っ。ざまぁみろですわ、羽根付き女。エンタメなんて、サバイバルの前では無力ですのよ……」
地面に突っ伏したままのリーザが、カツ丼十杯分のカロリーの恨みを込めて、薄笑いを浮かべていた。
ポポロ村の防衛に『配信』という新たな情報兵器が組み込まれたものの、その運用思想(エンタメvsミリタリー)の統合には、まだまだ前途多難な訓練が必要なようであった。
お読みいただきありがとうございます!
評価・ブックマークで応援いただけると励みになります。




