EP 9
塩漬けの純金100kgと、地球のクレープパーティー
ヤンデレ世界樹によるポポロ村「無菌室(隔離)」騒動から一夜が明けた。
純白の厄災ことエルフの次期女王、ルナ・シンフォニアの放った『出力3%の奇跡のメス』によって、村は誰一人傷つくことなく、穏やかな冬の朝を迎えていた。
「ふぁぁ……よく眠れましたわ」
村長宅のシェアハウス。ルナが純白のネグリジェ姿で目をこすりながらリビングに降りてくると、ダイニングテーブルではすでにいつもの日常風景が広がっていた。
「おはようございます、ルナちゃん! 今日の朝ごはんは、ルナちゃんが昨日収穫を手伝ってくれた太陽芋のポタージュですよ!」
エプロン姿のキャルルが、ウサギの耳を揺らしながら鍋をお玉でかき混ぜている。
その横では、臙脂色の芋ジャージを着たリーザが、「パンの耳をポタージュに浸すと、高級ホテルのクルトンに化けますのよ!」と貧乏くさいライフハックを実践していた。
ソファには、中村優太がコーヒーを飲みながら、G-SHOCKの盤面と村の備蓄リストを照らし合わせている。
「おはよう、ルナ。昨日の魔力行使による筋肉痛や倦怠感はないか?」
「はい、ドクター・ユウタ! とっても体が軽いですわ!」
ルナが満面の笑みで答えた、まさにその時だった。
ズドッゴォォォォォォンッ!!!
突如、村長宅の前庭から、隕石でも落ちたかのような凄まじい轟音と地響きが鳴り響いた。
コーヒーカップがガタガタと揺れ、リーザがポタージュに顔から突っ込みそうになる。
「な、なんだ!? また世界樹のツルが生えてきたドスか!?」
外をパトロールしていた自警団のダストンが悲鳴を上げるのが聞こえた。
「敵襲か!?」
優太が即座にワスプ薙刀を手に取り、キャルルもダブルトンファーを構えて玄関を飛び出す。
ルナとリーザも慌てて後に続いた。
前庭に出た彼らの目に飛び込んできたのは、ツルでも魔物でもなく――巨大な木箱だった。
しかも、その木箱には、可愛らしいピンク色のリボンが丁寧に結ばれている。
「……なんだこれ。爆発物か?」
優太が警戒しながら近づこうとした時、ルナが「あっ!」と声を上げた。
「これ、世界樹の森からの小包ですわ! お母様からのお手紙がついています!」
ルナは無警戒にトコトコと木箱に駆け寄り、リボンに挟まっていた若葉の手紙を手に取った。
手紙から、世界樹のあの甘く過保護な思念が、ふわりと再生される。
『――愛シキ娘ヨ。昨夜ハ、防衛システムノ誤作動ニヨリ、貴女ノ大切ナ友人タチヲ驚カセテシマイ、大変申シ訳アリマセンデシタ。
オ詫ビトシテ、友人タチト一緒ニ使エル「オ小遣イ(月ノ年金)」ヲ送リマス。ドウカ、美味シイモノデモ食ベテ、仲良ク過ゴシテクダサイネ。
追伸:優太トイウ人間ハ、貴女ノ脈ヲ測ル時、少シ距離ガ近過ギマス。次触レタラ、手首カラ先ヲ養分ニシマス』
「……最後の一文、完全な殺意だったな」
優太が冷や汗を流してアメスピを取り出す中、ルナは嬉しそうに木箱の蓋を開けた。
「お母様ったら、心配性ですのね! さぁ皆さま、お詫びのお小遣いだそうですわ! 一緒に美味しいものを……」
パカッ。
木箱の蓋が開かれた瞬間、ポポロ村の朝の空気を切り裂くような、凄まじく強烈な『黄金の光』が溢れ出した。
「「「…………え?」」」
優太、キャルル、リーザの三人は、木箱の中身を見た瞬間、完全に思考が停止した。
木箱の中にぎっしりと詰め込まれていたのは、金貨ではない。
一つ一つがレンガほどの大きさがある、純度99.9%の『純金のインゴット(延べ棒)』の山だった。
ざっと見積もっても、総重量100キログラムは下らない。
「お小遣い……ですわね!」
ルナが無邪気に笑う。
「「「…………」」」
沈黙。
圧倒的な沈黙の後、最初に動いたのは、やはりこの女だった。
「ひゃ、ひゃくきろの……じゅ、純金……!! ルナミス帝国の国家予算レベルですわ!!」
リーザの目が、完全に血走った「$」マークに変わっていた。
「これで……これさえあれば! 芋ジャージを脱ぎ捨てて、毎日三食スイートルームでキャビアとフォアグラを……! うふ、うふふふふっ!! Love & Moneyィィッ!!」
リーザはヨダレを垂らしながら、純金の延べ棒にダイブしようと跳躍した。
スパーーーーーンッ!!!
「あべしっ!?」
キャルルが光の速度で放った『月影流・脳天カカト落とし』がリーザの頭頂部にクリーンヒットし、強欲なアイドルはそのまま地面にめり込んで白目を剥いた。
「ゆ、優太さん! これ、マズいです! 昨日のパチンコ屋の偽金なんか比じゃない、本物の純金ですよ!?」
キャルルがウサギの耳を限界までピンと逆立てて、顔面蒼白で優太を振り返った。
優太は、咥えていたアメスピをポトリと落とし、両手で顔を覆っていた。
「……マズいどころの話じゃない。こんな莫大な量の純金が、一介の辺境の村から市場に流れ込んだと知れれば、ルナミス帝国どころかアバロン魔皇国もレオンハート獣人王国も、血眼になってこの村を襲撃してくる。金本位制が崩壊し、大陸全土がハイパーインフレで死滅するぞ」
優太は即座にガスマスクを装着し(精神的安定のため)、軍医としての冷徹なモードに切り替わった。
「これは『カネ』じゃない! 経済を崩壊させる『大量破壊兵器(WMD)』だ! キャルル! イグニスを呼べ! 今すぐこの木箱ごと、村長宅の地下室の最も深い場所に封印(塩漬け)する!」
「了解です! リーザちゃんが起きる前に隠滅します!!」
「えっ? お小遣い、使わないんですか?」
ルナが不思議そうに小首を傾げる横で、ポポロ村自警団による「史上最大の財産隠匿ミッション」が、ドタバタと幕を開けたのだった。
***
そして、夕暮れ時。
純金100キロを地下室に厳重に封印(ダイヤルロックと物理結界付き)し、なんとか経済危機を未然に防いだ優太たちは、村の広場に集まっていた。
「……寿命が縮んだな」
優太が深くため息をつきながら、G-SHOCKの盤面を操作する。
「だが、昨日の『無菌室』鎮圧で得た【善行ポイント+3000P】がある。これを使って、今日こそはルナの歓迎会と、俺たちの慰労会をやるぞ」
優太はスキル【地球ショッピング】のメニューを展開した。
ポイント全解放。
虚空が歪み、巨大な段ボール箱が広場にドスンと出現した。
「おおっ! 今度はなんだ優太! また美味い肉か!?」
お腹を空かせたイグニスが、尻尾を振りながら駆け寄ってくる。
頭に大きなたんこぶを作ったリーザも、「純金……私の純金……」とブツブツ呟きながら這い寄ってきた。
優太が箱を開封すると、中から出てきたのは――。
「地球のアウトドア&厨房機器メーカーが誇る、業務用・大型電気クレープメーカー(魔力変換アダプター付き)だ。そして、業務用クレープミックス粉、ホイップクリーム、チョコレートソース、地球産イチゴとバナナのフルセットだ」
「く、くれーぷ……?」
キャルルがウサギの耳を傾ける。
「小麦粉と卵と牛乳を薄く焼いた生地に、甘いクリームやフルーツを包んで食べる、地球の最高峰の『ワンハンド・スイーツ』だ。疲労した脳と筋肉に、糖分を最速で叩き込む極上の兵站食だよ」
優太がクレープメーカーのスイッチを入れると、鉄板が均一に熱を持ち始めた。
「さぁ、見ていろ。トンビ(広げるためのT字型の棒)の動かし方が命だ」
優太はお玉でトロリとした生地を鉄板に落とすと、トンビを使って、まるで外科手術のように精密かつ滑らかな動きで、生地を円形に薄く均一に広げていった。
「おおぉぉっ……! 魔法みたいに綺麗な丸になりましたわ!」
ルナが目を輝かせる。
「生地を広げるのは、火傷に包帯を巻くのと同じだ。薄く、均等に、隙間なく。これがロジックだ」
優太は謎の医療メタファーを交えながら、あっという間に焼き上がった生地をトンビでひっくり返した。
ほんのりと甘い、バターと小麦の焼ける香ばしい匂いが広場にフワァッと広がる。
「うおおおっ! 甘くていい匂いだぜェェッ!」
イグニスの口からヨダレが滝のように流れ出す。
優太は焼き上がった生地を皿に移し、ホイップクリームをたっぷりと絞り、スライスしたイチゴとバナナを乗せ、チョコレートソースを美しく網目状にかけた。
そして、それをくるりと三角のコーン状に巻き上げる。
「まずは、昨日の最高殊勲者(執刀医)。ルナ、食ってみろ」
優太が最初のクレープをルナに手渡した。
「い、いただきます……!」
ルナが両手でクレープを受け取り、大きな口を開けてパクリと齧り付く。
「〜〜〜〜ッ!!♡」
ルナの長いエルフの耳が、喜びでピン! と跳ね上がった。
「お、美味しいですわ……! 生地がもっちりしていて、クリームが雲みたいにふわふわで! イチゴの甘酸っぱさとチョコレートが、お口の中で完璧な魔法のハーモニーを奏でています!」
ルナは満面の笑顔で、ほっぺたを抑えながらウットリと溶けた。
「ずるいですわ! 私も! アイドルにも甘い糖分を供給してくださいませ!」
「俺様にもデカいやつを頼むぜ優太!」
「慌てるな、粉は山ほどある。各自、好きな具材をトッピングして自分で巻いてみろ」
優太の許可が出た瞬間、広場はクレープパーティーの熱狂に包まれた。
「皆さま! 私の手土産の『世界樹の蜂蜜』と『世界樹アップル』も使ってくださいませ!」
ルナが、純金と一緒に送られてきていた(こちらは安全な)最高級食材をテーブルに並べる。
「こ、これは……市場に出せば一口で金貨一枚は下らない、幻の蜂蜜とリンゴ……!」
リーザがクレープ生地の上に、親の仇のように世界樹の蜂蜜をドバドバと注ぎ込み始めた。
「原価ゼロ! 売価測定不能! このクレープ一つで、マンションが買えますわーっ!! Love & Moneyィィッ!」
リーザは欲望のままに特大クレープを頬張り、そのあまりの美味しさと「お金を食べている」という幸福感で、再び白目を剥いて昇天した。
「ガハハ! 肉じゃねぇから腹にたまらねぇかと思ったが、こいつはいくらでも無限に食えるぜ!」
イグニスは、すでにクレープを一口サイズで五十個ほど飲み込み、満足げに腹を叩いている。
村の子供たちも、村人たちも、自分で生地を焼き、ワイワイと笑い合いながら顔中をクリームだらけにしてクレープを頬張っていた。
「……」
優太は、クレープメーカーの前から少し離れ、広場のベンチに腰を下ろしてコーヒーを啜っていた。
昨日の死闘(アナフィラキシー騒動)が嘘のように、村には穏やかで温かい時間が流れている。
(……ルナの魔法も、使い所さえ間違えなければ最高の武器になる。イグニスも面倒見がいいし、リーザのバフも強力だ。キャルルの統率力も申し分ない)
優太は、コーヒーカップ越しに、賑やかに笑い合う仲間たちの姿を見つめた。
これまでは、自分の冷徹なロジックだけで「戦場(地獄)」を管理しようとしていた。予測不能な要素は排除し、コントロールできる範囲だけで勝負する。それが医官としての彼の流儀だった。
だが、今は違う。
規格外で、不器用で、時に大惨事を引き起こす連中。
それでも、いざという時には互いを信じ、背中を預け合い、奇跡のような連携で絶対的な危機を乗り越えてみせた。
「……少しだけ、俺の管理する陣地が、広くなったみたいだな」
優太は、口元に微かな、しかし確かな笑みを浮かべて呟いた。
人を管理するのではなく、信じて任せる。それは、打算なき彼が手に入れた、何よりも大きな「成長」の証だった。
「優太さーん」
夜風が少し冷たくなってきた頃。
ふわりと、陽薬草の優しい香りと共に、月兎族の少女が隣に座り込んできた。
キャルルの手には、彼女が丁寧に巻き上げた、とても美味しそうなクレープが握られていた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




