EP 3
カツ丼十杯チャレンジと、やらせの影武者
ポポロ村の防衛情報局長(広報担当)に任命された下級天使キュララは、今日も村長宅の離れ『ポポロキン』で、ゴッドチューブの生配信を精力的に行っていた。
優太から厳命された『無地の真っ白な壁』を背景に、長机が用意されている。
その上には、ルナ・イーツの飛竜デリバリーで取り寄せられた、ルナミス帝国名物『タローソンの特大カツ丼』が、なんと十杯もズラリと並べられていた。
「はーい、みんな! 天使のキュララだよー☆ 今日はね、リスナーさんからのリクエストに応えて、『特大カツ丼十杯・完食チャレンジ』をやっちゃいまーす!」
エンジェルすまーとふぉんのカメラに向かって、キュララが元気よくピースサインを決める。
画面の端にはコメント欄が凄まじい勢いで滝のように流れている。
『キュララちゃん細いのに食べられるの!?』
『無理しないでね!』
『完食したら赤スパ投げるぞ!!』
「えへへ、心配ありがと! でもキュララ、意外と大食いなんだから! それじゃあ、いただきまーすっ♡」
キュララが可愛らしく手を合わせ、カツ丼のどんぶりを一つ手に取った。
サクサクのトンカツに半熟の卵が絡んだ、暴力的なカロリーの塊。彼女はスプーンで一口すくい、パクリと口に含む。
「ん〜〜っ! お肉がすっごく柔らかくて、お出汁が効いてて最高に美味しい〜っ♡」
カメラ目線で完璧な食レポを披露するキュララ。
リスナーからは「可愛い!」「いっぱい食べて!」と称賛のコメントと投げ銭が飛び交う。
——だが。
優太の指示により『カメラの画角を限界まで狭く絞っている』そのフレームのすぐ外側、長机の死角にあたる足元では、世にも恐ろしい光景が繰り広げられていた。
「はぐっ、もぐっ、んぐっ……! カツ丼! 本物のお肉と油と炭水化物ですわーっ!」
特売の芋ジャージを着た人魚姫・リーザが、四つん這いになりながら、キュララが一口だけ食べたどんぶりを受け取り、凄まじい吸引力で中身を胃袋へと流し込んでいた。
「はい、リーザちゃん、次のお椀。静かにね」
「ふごっ、もぐもぐ……任せてくださいな。この程度の量、パンの耳と塩水で鍛え抜かれた私の胃袋にかかれば、文字通り『飲み物』ですわ!」
そう、これはキュララとリーザによる、完全な『やらせ大食い配信』であった。
キュララがカメラの前でどんぶりを手に取り、一口だけ可愛く食べて「美味しい〜!」とアピールする。そしてカメラを少し上に向けて自分の顔をアップにしている一瞬の隙に、どんぶりを机の下にスライドさせる。
待機していたリーザが、約三十秒という異常なスピードでカツ丼を真空掃除機のように平らげ、空になったどんぶりをキュララに戻す。
「ふぅ〜、これで一杯目、完食でーすっ☆」
キュララが空のどんぶりをカメラに向けてドヤ顔を見せると、コメント欄は驚きと称賛の渦に包まれた。
『すげえ!』『早食いすぎる!』『天使の胃袋どうなってんの!?』
「まだまだいっくよーっ! 二杯目、いただきまーす♡」
再び一口だけ食べて、机の下へ。
鳩の餌を奪い合った底辺の戦友たちは、奇妙な結束力で結ばれていた。キュララは自分は太らずにPVとスパチャを稼ぎ、リーザは太客を奪われた腹いせの代わりに、タダで大量のカロリー(高級飯)を貪り食う。
まさに、インターネットの闇を煮詰めたような完全犯罪。二人の連携は、回を重ねるごとに洗練され、無駄のない動きで次々とカツ丼が処理されていった。
「うふふ、リーザちゃん、いいペースだよ。あと三杯!」
「(こくこくっ! もっと、もっとカロリーを寄越してくださいなーっ!)」
やらせ配信は、最高潮の盛り上がりを見せていた。
しかし、その完全犯罪の現場の背後——『ポポロキン』の入り口のドアが、音もなくスゥッと開いたことに、二人は気づいていなかった。
南門の警備シフトの確認を終え、戻ってきた中村優太。
彼は、コンバットグラスの奥で、異様な光景を静かに見下ろしていた。
カメラに向かって愛想を振りまきながら机の下にどんぶりを隠す天使と、机の下で犬のようにカツ丼をむさぼり食う人魚。
(……見事な連携だ。第一空挺団の弾薬補給を彷彿とさせる流れるような動作)
優太は腕を組み、冷徹な目で状況を分析する。
(だが、その行為が持つ社会的意味は、完全な詐欺だ)
「——ぷはぁっ! ごちそうさまでしたーっ! 十杯、見事に完食だよーっ!」
キュララが最後の空のどんぶりを積み上げ、カメラに向かってVサインを決める。
画面には、約束通り『赤スパチャ(高額投げ銭)』の雨が降り注いでいた。
「みんな、応援ありがとね! 今日はここまで! また次の配信で会おうね、バイバーイ☆」
キュララが配信終了のボタンを押した瞬間。
優太が、ゆっくりと、意図的に重い足音を立てて、二人の背後へと歩み寄った。
「……お疲れ様。見事な大食いだったな、キュララ」
「ひゃんっ!?」
心臓が止まるかと思ったのか、キュララがビクッと肩を跳ねさせ、机の下で腹をさすっていたリーザが「あぶべっ」と机の角に頭をぶつけた。
二人が恐る恐る振り返ると、そこにはアメリカンスピリットを咥え、極寒の戦場医官のオーラを纏った優太が仁王立ちしていた。
「ゆ、優太さん!? あ、あの、これはですね、その……」
「げっぷ……優太様、これは違うんですの。食品ロスを無くすための、SDGs(持続可能な開発目標)の精神に基づく……」
「黙れ」
優太の低く冷たい一喝に、二人の言い訳がピタリと止まる。
優太は机の上に積み上げられた空のどんぶりをコンコンと指で叩き、二人を冷徹に見下ろした。
「一口だけ食べて残りを他人に食わせ、あたかも自分が完食したように装い、視聴者から金銭を搾取する。……これは放送倫理番組向上機構(BPO)に対する重大な違反であり、景品表示法違反、ならびに詐欺罪に該当する立派な犯罪だ」
「び、びーぴーおー……? さぎ……?」
地球の法律と放送倫理を突きつけられ、キュララが顔面を蒼白にする。
「いいか、キュララ。お前は防衛情報局長として、村の広報を担っている立場だ。お前の配信の信用が失墜すれば、それは即ちポポロ村の広報機能が死ぬことを意味する。視聴者(大衆)を欺くことは、いずれ必ず自分自身の首を絞める結果になるんだ」
優太は次に、机の下から這い出してきたリーザを睨みつけた。
「リーザ、お前もだ。食べ物への執着はサバイバーとして評価するが、共犯者として犯罪に加担するのは論外だ」
「うぅっ……ごめんなさい、優太様。カツ丼の魔力には勝てませんでしたの……」
二人がシュンとうつむく。
だが、優太の説教はこれで終わりではなかった。
「大食い企画そのものを否定はしない。だが、やるからには『ルール』を守れ。嘘をつかず、正々堂々とエンターテインメントを提供しろ」
優太は携帯灰皿に煙草を揉み消し、冷酷な判決を下す。
「罰として、キュララとリーザ。お前たち二人は明日から三日間、村の自警団の合同訓練にフル参加し、消費したカツ丼十杯分のカロリーを完全に燃焼させる。さらに、それぞれ原稿用紙十枚分の『放送倫理とコンプライアンスに関する反省文』を提出しろ」
「ええええっ!? 自警団の訓練!? 私、体力ないのにーっ!」
「げぇぇっ! カロリーが、私の大切なカロリーが燃やされてしまいますわーっ!」
悲鳴を上げる配信者と影武者。
優太はそんな二人を背に、冷たく言い放った。
「視聴者を舐めるな。情報という武器は、嘘を混ぜた瞬間に使い手をも切り裂く諸刃の剣だ。……反省文の提出期限は明日の朝だ。徹夜で書け」
かくして、やらせ大食い配信の完全犯罪は、軍医の圧倒的なコンプライアンス監視網の前にあえなく露見し、厳しい処罰が下された。
平和な村に持ち込まれた、現代の『動画配信の闇』。
だが、この程度のやらせ騒動は、これからポポロ村に降りかかる『本当のネットの悪意』に比べれば、ただの可愛いお遊戯に過ぎないことを、彼女たちはまだ知る由もなかった。
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