EP 7
強欲のライブと、無菌室への道を拓く竜と兎
巨大なツルが編み込まれた緑のドーム内部。
外界から完全に隔離されたポポロ村の広場で、中村優太の鋭い視線が、壁を這う巨大な植物の脈動を冷静に分析していた。
「……見ろ。ツルの太さと、表面を流れる魔力の光の強さが均一じゃない」
優太が指差したのは、広場の北側、かつてルナが全属性魔法を撃ち込み、最もツルが分厚く変異した箇所だった。
そこには、大動脈のように極太のツルが何十本も絡み合い、ひときわ強いエメラルドグリーンの光がドクドクと脈打っている。
「ツルを血管とするなら、あそこが魔力を送り出している心臓部……防衛システムの『魔力結節点』だ。壁の厚さは推定三メートル。強酸も通さず、衝撃も吸収する極厚の装甲だ」
優太は振り返り、自警団の前衛である竜と兎を見た。
「イグニス、キャルル。ただ漫然と攻撃しても、マシュマロみたいな弾力と樹液に防がれるだけだ。だから、今回は外科手術のセオリーである『電気メスによる切開』を応用する」
「電気メス……?」
キャルルが首を傾げる。
「熱で組織を焼き切りながら切開する手法だ。イグニス、お前の青い炎で、ターゲットの表面の樹液を蒸発させ、ツルそのものを『炭化』させて脆くしろ」
優太のロジックが、二人の役割を明確に定義していく。
「そしてキャルル。ツルが炭化して硬く、脆くなった瞬間に、お前の最大火力の蹴りを叩き込め。弾力さえ奪えば、炭になった装甲は物理衝撃で粉砕できる。熱と衝撃の連携攻撃だ。一瞬で三メートルの壁を貫通し、ルナの魔法を通す『射線(風穴)』を作れ」
「なるほど! 弾力があるなら、燃やしてカチカチの炭にしてから砕くってわけですね!」
キャルルがポンと手を打つ。
「ガハハッ! 分かりやすいぜ優太! 要するに、俺様がこんがり焼いて、キャルルがぶっ壊す! 完璧なコンビネーションじゃねぇか!」
イグニスが両手斧を地面に突き刺し、両手の拳をバキバキと鳴らした。
「よし。だが、相手は世界樹の免疫システムだ。再生速度は異常に早い。風穴が開いてから、再びツルが穴を塞ぐまでの猶予は……長く見積もっても『三秒』だ」
優太はG-SHOCKのストップウォッチに指をかけた。
「その三秒間に、ルナが極細のメス(魔法)を撃ち込む。全員、息を合わせろよ」
「ふふふ……息を合わせるなら、私のBGMに乗るのが一番ですわ!」
広場の後方から、高らかな宣言が響いた。
みかん箱(特設ステージ)の上に立つ、色褪せた鱗ドレス姿のリーザである。
彼女の手には、ドワーフ鋼製の魔導マイクがしっかりと握られていた。
「さぁ、ポポロ村の皆様! そして私の可愛いバックダンサー(自警団)たち! アイドルの本気のステージ、特等席で堪能しなさいな!」
リーザが大きく息を吸い込む。
そして、マイクを通した彼女の圧倒的な歌声が、密閉されたドーム内に爆発的に響き渡った。
『今日も私の為に世界が動く (まわって!まわって!)』
『全て上手くいくわ (絶対!)』
『愛も富も一つの物 (どっちもちょーだい!)』
リーザの本気の持ち歌、『Love & Money』。
それはただの歌ではない。人魚姫の血を引く彼女の歌声は、大気を震わせ、聴く者の精神に直接干渉する『特大のバフ魔法』である。
「おおおっ!? なんだか急に、体の底から力が湧いてきやがったぜェェッ!」
イグニスの赤銅色の鱗が、歌声に呼応するようにギラギラと輝き始めた。
「ええっ! 足が、羽のように軽いです! これなら、いつもの三倍……いえ、五倍のスピードが出せます!」
キャルルも自分の足元を見て驚愕の声を上げた。タローマン製の特注安全靴に仕込まれた『雷竜石』が、リーザの魔力供給を受けて、バチバチと凄まじい紫電を放っている。
『ダイヤが欲しい♪ 土地も欲しい♪ (Want You! Want You!)』
『貴方の愛で生きていける (Fuuu〜!)』
(……相変わらず、とんでもないバフ効果だ)
優太はガスマスクを首元に下げたまま、その光景を冷静に観察していた。
リーザの歌声は、純粋な応援歌ではない。その根底にあるのは「ファンの時間もお金も全て奪い尽くす」という、強欲の極みとも言えるエネルギーだ。
だが、その突き抜けた『欲望の肯定』が、聴く者の脳内麻薬を強制的に分泌させ、肉体のリミッターを完全に解除してしまうのだ。
「オレの! アイドルーッ!!」
すっかりリーザのファンクラブ会員番号一号として洗脳(魅了)されているイグニスが、熱狂的なヲタ芸を打ちながら前衛へと飛び出した。
「行くぜェェッ! リーザちゃんのステージを邪魔するデカい草は、俺様が焼き払ってやる!」
イグニスは大きく足を開き、胸郭を限界まで膨らませた。
ただ力任せに炎を吐くのではない。数日前の広場での特訓でルナの火炎龍を手懐けた、あの『精密なコントロール』の感覚。
「【超圧縮・一点集中大火炎】!!」
ゴォォォォォォォォォォォッ!!!
イグニスの口から放たれたのは、広範囲を焼き尽くす扇状の炎ではなかった。
直径わずか一メートルほどに極限まで圧縮された、溶接バーナーのような青白い超高温の炎の柱だった。
一直線に放たれた青い炎が、ドームの心臓部を守る厚さ三メートルのツルの壁に直撃する。
ジュウゥゥゥゥゥッ!!
凄まじい水蒸気と白煙が上がった。
ツルから分泌される耐火性の樹液が、超高温の青い炎によって瞬時に沸騰し、蒸発していく。そして、水分と弾力を完全に奪われた極太のツルが、みるみるうちに真っ黒な『炭』へと変貌していった。
「よし! ツルの表面組織、完全炭化! キャルル、行けェッ!」
イグニスが炎を止め、叫ぶ。
「任せてください!! 私の愛の結晶(人参)を育てたこの足で、道を開きます!!」
ドアンッ!!!
リーザのバフによってステータスが激増したキャルルが、地面を蹴り飛ばした。
その蹴りの反動だけで、ポポロ村の広場にクレーターが穿たれる。
マッハを優に超える速度。空気を切り裂くソニックブームを纏い、キャルルの身体は紫電の彗星と化して宙を舞った。
『だから私は 銀河の果てまで歌って行けるわ』
『だから、何処までもついて来てね♡』
リーザのサビの高音と同時に、キャルルは空中で身体を捻り、全運動エネルギーを右足の踵一点に集中させた。
「【超電光流星脚(スーパー・ライトニング・メテオ・ストライク)】ゥゥゥッ!!」
ドゴォォォォォォォォォォォォォンッ!!!
落雷のような轟音が、ドーム内に反響した。
イグニスの炎によって炭化し、カチカチに脆くなっていた三メートルのツルの壁。そこに、一億ボルトの紫電を纏った277トンの衝撃力が、寸分の狂いもなく直撃したのだ。
バキィィィィンッ!!
という、ガラスが砕け散るような硬質な音と共に、絶対の防御を誇っていた世界樹のツルが、木っ端微塵に粉砕された。
黒焦げになった植物の破片が猛烈な爆風と共に吹き飛び、厚い壁の向こう側が露わになる。
そこにあったのは――。
ドクン、ドクン……。
まるで本物の心臓のように脈打つ、直径一メートルほどの巨大なエメラルドグリーンの球体。
ドーム全体に魔力を供給し、防衛システムを統括している『魔力結節点』だった。
「射線クリア! コアの露出を確認!」
優太の鋭い声が飛んだ。
同時に、破壊されたツルの壁の周囲から、無数の新しいツルが凄まじい勢いで這い出し、空いた風穴を修復しようと殺到し始める。
世界樹の過剰防衛システムによる、異常な再生能力。
「再生が始まるぞ! カウントダウン開始! 三秒!」
優太がストップウォッチを見つめ、大声で秒を読み上げる。
「二秒!」
風穴の直径が、みるみるうちに狭まっていく。
キャルルが着地し、イグニスが息を整える中、その開かれた一筋の道(射線)の正面に、一人の少女が立っていた。
純白のドレスを泥で汚した、エルフの次期女王、ルナ・シンフォニア。
(……吸って、二、三。吐いて、二、三)
優太に教えられた通り、ルナは深く、静かに呼吸を繰り返していた。
彼女の周囲の空間は、完全な静寂に包まれていた。
リーザの熱狂的な歌声も、イグニスの炎の熱気も、ツルが軋む音も、今の彼女の耳には入っていない。
ただ真っ直ぐに、風穴の奥で脈打つ『コア』だけを見据えていた。
「一秒!」
優太のカウントが、最終段階に入る。
ツルの穴は、すでに直径数十センチにまで塞がろうとしていた。
「……私の魔力は、誰かを傷つけるための爆弾じゃありません」
ルナは、胸の前に構えた『世界樹の杖』を、静かに前方へと突き出した。
彼女の瞳に、優太から預けられた『絶対的な信頼』の光が宿る。
「私の力は、大切な人たちを守るための、優しいメス……!」
「ルナ!! 撃てェッ!!」
優太の号令が、ドーム内に響き渡った。
その瞬間。
ルナの杖の先端に、これまで彼女が一度も作り出したことのない、極限まで圧縮された自然魔法の光が灯った。
全てを吹き飛ばす極大のオーロラではない。
出力、わずか3%。
だが、その純度は限りなく100%に近い、美しく、鋭く、研ぎ澄まされた『一筋の緑の光線』。
「【精霊の癒光】……!!」
ルナの意志と共に放たれた光のメスは、完全に塞がる寸前だったツルの隙間を、文字通り針の穴を通すような精密さですり抜けた。
そして。
真っ直ぐに、迷うことなく、世界樹の防衛システムの中心である『コア』のど真ん中へと、音もなく突き刺さったのである。
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