EP 2
鳩の餌から頂点へ! 特定班エンジェル(情報機関)
優太の厳命により、背景を『無地の真っ白な壁』に限定された状態で、キュララのポポロ村での初配信はどうにか無事に終了した。
「はぁ〜、お疲れ様でしたーっ! 今日もスパチャいっぱい、ありがとね、みんな!」
空中に浮かぶエンジェルすまーとふぉんの配信を切り、キュララはふかふかのソファに深々とダイブした。先ほどまでのアイドルスマイルは消え去り、完全に仕事終わりのOLのような脱力っぷりである。
「……ふん。いいご身分ですわね、羽根付き女。ちょっとカメラの前で愛想を振りまいただけで、ルナ・イーツの高級寿司が空から降ってくるなんて」
部屋の隅で、雑草サラダをヤギのように咀嚼していたリーザが、怨めしそうな視線を送る。
「リーザちゃんって言ったっけ? そんなに僻まないでよ。私だって、最初からこんなにリッチだったわけじゃないんだから」
「嘘ですわ! あなたのような天使族は、どうせ天界からぬくぬくと降りてきて、最初からチヤホヤされていたに決まってますの!」
リーザが噛み付くと、キュララはふっと遠い目をした。
その瞳には、かつてルナミス帝国の底辺を這いずり回った、血と涙のサバイバル生活の記憶がよぎっていた。
「……私がルナミス帝国に憧れて降り立った初日、スリに遭って全財産が入った財布を無くしたの。お腹が空いて死にそうで、ルナミス中央公園で……おじさんが撒いてる『鳩の餌』を、鳩と奪い合って食べて飢えを凌いだんだから」
「——ッ!?」
その言葉を聞いた瞬間、リーザの動きがピタリと止まった。
「……あなた、あの公園の鳩と戦ったんですの?」
「うん。鳩って意外と狂暴でさ、翼でバシバシ叩いてくるんだよね。でも、生きるためには負けられなかったから……」
「わかりますわ! わかりますわぁぁっ!!」
リーザが突如として立ち上がり、キュララの手をガシッと握りしめた。
先ほどまでの敵意は消え失せ、同じ『底辺の泥水をすすった戦友』を見るような熱い眼差しに変わっている。
「あの公園の鳩、妙にガタイが良くて目つきが鋭いですのよね! 私も何度、パンの耳を奪われて悔し涙を流したことか……っ!」
「そうそう! リーザちゃんも鳩の餌、食べたことあるんだね! あの豆、意外と塩気がなくてパサパサしてるよね!」
極貧人魚と下級天使が、まさかの『鳩の餌(どん底体験)』で意気投合し、熱い友情を交わし始めた。
横で見ていたキャルルは「……このシェアハウス、どうしてこう底辺サバイバーばかり集まるのかな」と頭を抱えている。
「でも、そこからどうやってトップ配信者になったんだ?」
壁際でワスプ薙刀のメンテナンスをしていた優太が、タバコを咥えながら尋ねた。
キュララは誇らしげに胸を張る。
「ルナミス帝国のメイド喫茶で拾ってもらって、そこでメイドをしながら配信を始めたの。持ち前の明るさと可愛さで、すぐに人気に火がついたんだけど……一番バズったのは『特定配信』を始めてからかな!」
「特定配信、だと?」
「うんっ! ルナミス帝国って、スリとかひったくりとか、悪い奴がいっぱいいるでしょ? だから私、そういう犯罪現場を見つけたら、上空からカメラドローンで追跡しながら生配信するの!」
キュララは嬉々として、自分の『最大のキラーコンテンツ』のシステムを語り始めた。
「犯人の顔をアップで映して、『みんなー! この悪い人の名前と住所、わかるかなー?』って呼びかけるの。そしたら、私の優秀なリスナーたち……通称『特定班』が、過去の映像や背景のちょっとした特徴から、数分で犯人の本名、実家の住所、出身ギルド、さらには隠し持ってる裏アカまで全部特定して、コメント欄にバーッと書き込んでくれるんだ!」
楽しそうに語る天使の口から飛び出す、えげつないデジタル・リンチの手法。
「でね、特定された実家の連絡先に、リスナーが親切に『息子さんがひったくりしてますよ』って教えるの。すると、逃走中の犯人の魔導通信石に、田舎の『母ちゃん』から電話がかかってきて……」
「……」
「『あんた! 都会で何やってんの! 母ちゃん情けなくて涙が出るよ!』って泣かれちゃうの。犯人はパニックになって、泣きながらその場で土下座して自首するの! それがカメラにバッチリ映って、最高にスカッとするエンタメになるんだよね☆」
キュララがピースサインを決める。
犯罪者を物理で殴るのではなく、インターネットの海に顔と個人情報を永遠に刻み込む『デジタルタトゥー』の恐怖と、母親からの電話という精神的ダメージで心を折る、極悪非道な社会的抹殺システム。
「そのお陰で、ルナミスの警察の手間も省けるから、向こうとは完全に『Win-Win』の関係でお目こぼししてもらってるの!」
それを聞いたキャルルとリーザは、ドン引きして顔を引きつらせた。
「……えぐいですわ。この天使、見た目は可愛いですけど、やってることは悪魔より悪魔ですの……」
「私、絶対にルナちゃんを怒らせないようにしよう……」
平和な村の住人たちが恐怖に震える中。
ただ一人、極寒の戦場医官である優太だけは、コンバットグラスの奥で感嘆の声を漏らし、静かに拍手を送っていた。
「……素晴らしい」
「えっ?」
優太は咥えていたアメリカンスピリットを灰皿に置き、キュララに向かって深く頷いた。
「暴力(物理)に頼らず、公開情報調査(OSINT)と群衆の力を連動させ、標的の社会的信用を完全に破壊する。これは現代のサイバー戦において最も効率的で、被害の少ない情報戦の極致だ」
「えへへ、でしょでしょ?」
「ああ。警察という国家権力と癒着(Win-Win)し、合法的に私刑執行を行うシステムを個人で構築するとは……お前、ただのアイドルじゃないな。事実上の独立情報機関(CIA)だ」
優太のベタ褒めに、キュララは「しーあいえー? よくわかんないけど、褒められてる!」と嬉しそうに羽をパタパタと羽ばたかせた。
「よし、キュララ。お前のそのカメラと『特定班』のネットワークは、このポポロ村の防衛において極めて強力な武器になる」
「えっ? 私の配信が防衛に?」
「ああ。村に不審者が近づけば、お前の配信で顔を全世界に晒し、身元を特定して社会的抹殺の脅し(デタランス)をかける。物理的な防壁の何倍も強力な抑止力だ」
優太の言葉に、キュララは目を輝かせた。
「わぁっ! それってつまり、ポポロ村専属の『公式ゴッドチューバー』として活動していいってこと!?」
「背景の画角と、情報統制のルールさえ守るなら、いくらでも飛んでいい。お前は今日から、この村の『広報兼・防衛情報局長』だ」
かくして、軍医のロジックによって、天使のトップ配信者はポポロ村の防衛システムに完全に組み込まれた。
情報戦という強大な盾を手に入れた優太たち。だが、彼女のその『爆発的なPV』は、やがて天界の炎上神の目に留まり、最悪のフェイクニュースの嵐を呼び込むこととなる。
今はまだ、鳩の餌を奪い合った底辺二人が「次はルナ・イーツで焼肉弁当を頼もうね!」とキャッキャしている、平和なシェアハウスの一コマに過ぎなかった。
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