第四章 軍医と貧乏アイドルの鎮魂歌
天使のルナ・イーツと、絶対防衛のカメラ画角(OPSEC)
ポポロ村の村長宅の離れに構築された、ドリンクバー付きのシェアハウス空間『ポポロキン』。
この日、その空間はかつてないほどの明るさと、異次元の『デジタルな熱狂』に包まれていた。
「はいっ! みんないつもありがとー! 天使のキュララだよー☆ 今日はね、ルナミス帝国からお引っ越ししてきた、このポポロ村での初配信! みんな、いっぱいスパチャよろしくねーっ!」
部屋の中央で、頭上に光の輪(オンオフ可能)を浮かべた美しい下級天使・キュララが、空中に浮かぶ『エンジェルすまーとふぉん』のカメラレンズに向かって、アイドル顔負けのウインクを飛ばしていた。
キュララ・アルセルラ。御年二十歳。
かつてルナミス帝国の公園で鳩の餌を巡って争うほどのどん底から、メイド喫茶を経て、今やアナステシア世界で爆発的なPVを誇る超人気『ゴッドチューバー』へと登り詰めた、インフルエンサーの頂点である。
「あーっ! 『帝国騎士の右腕』さん、ルナ・イーツの高級寿司セットの差し入れ(QRコード決済)、ありがとーっ! 早速、デリバリーの飛竜便が届いたから、食べちゃうね♡」
キュララが机の上の豪華な漆塗りの桶を開けると、ルナミス帝国沿岸で獲れた極上のピラダイやマグローザのトロが、宝石のように輝いていた。
「ん〜っ! 脂が乗ってて最高ぉ! みんなも画面越しに『あーん』してねっ♡」
カメラ目線で高級寿司を頬張るキュララ。
だが、その華やかな配信画面の『フレーム外(死角)』では、この世の地獄のような光景が広がっていた。
「ギリリリリリリ……ッ!」
特売の芋ジャージを着た人魚姫・リーザが、血の涙を流しながら歯ぎしりをしていた。
彼女の手元にあるのは、その辺の道端で摘んできた『雑草のサラダ』と、カチカチに硬くなった『パンの耳』だけである。
「私のお客さんが……私の、太客(ルナミス貴族)が……! 全部、あのぽっと出の羽根付き女に奪われましたわ……っ!」
「リーザちゃん、落ち着いて。雑草に八つ当たりしても美味しくならないよ?」
隣で特注の安全靴を磨いていたキャルルが、呆れたように苦笑する。
リーザはかつてルナミスの路上で『Love & Money』を歌い、日銭を稼いでいた。だが、キュララという『完全なプロのネット配信者』が現れたことで、信者たち(のお財布)は根こそぎゴッドチューブの向こう側へと吸い取られてしまったのだ。
「うぅぅ……あんなピカピカのマグローザのトロ……。私なんて、ルナミスデパートの試食コーナーでシャリだけ貰って、醤油の匂いでお腹を満たしてましたのに……っ!」
「ほら、リーザちゃん、泣かないで。優太君が作ったおむすび、半分あげるから」
「キャルルぅぅっ! あなただけが心の友ですわーっ!」
高級寿司と雑草サラダ。
画面の中と外で展開される、残酷すぎる経済格差の絵面。
だが、そんなカオスな『ポポロキン』のドアが開き、パトロールを終えた優太が入ってきた瞬間、部屋の空気は一変した。
「……何の騒ぎだ」
優太は、宙に浮いて部屋を旋回しているキュララの『エンジェルすまーとふぉん(ドローンモード)』を見るなり、コンバットグラスの奥の目を鋭く細めた。
そして次の瞬間、優太は手近にあった布巾を正確なスローイングで放ち、カメラのレンズを物理的に『完全に覆い隠した』。
「きゃああっ!? ちょっと、何するの!? 画面が真っ暗になっちゃったじゃない!」
「誰の許可を得て、この防衛拠点内で『航空偵察(空撮)』を行っている」
カメラの視界を奪われ、慌ててスマホを回収しようとするキュララに対し、優太はシステマの歩法で音もなく接近し、スマホを空中でガシッと確保した。
「て、偵察!? 違うよ! リスナーのみんなに、私のお引越し先のルームツアーをしてただけだもん!」
「ルームツアーだと? ふざけるな。それは軍事用語で『致命的な情報漏洩』と呼ぶ」
優太は冷酷なインテリヤクザの顔で、キュララを威圧するように見下ろした。
「いいか、現代の戦争は情報戦だ。お前が何気なく映した窓の外の景色、部屋の間取り、出入り口の位置……それらすべてが、OSINT(オープンソース・インテリジェンス=公開情報調査)の専門家にかかれば、この村の防衛の死角を完全に割り出すための最高の手がかりになる」
「おーしんと……? な、何それ、怖い……」
「村の地下には、ルナが生成した『純金百キロ』という国家転覆クラスの核弾頭が眠っている。さらに、外には『たまんネギ』をはじめとする超高価値の変異農作物の畑があるんだぞ。それを全世界に生配信するなど、泥棒や他国の軍隊に『ここを襲ってください』と宣伝しているようなものだ!」
優太のド正論すぎる軍事・防衛ロジックの前に、キュララの背中に冷たい汗が伝う。
「ひぃっ……ご、ごめんなさい! 私、そんなつもりじゃ……!」
「お前のプライバシーを切り売りしてPVを稼ぐのは勝手だ。だが、このポポロ村の防衛機密をリスクに晒すことは、防衛指揮官として絶対に許可しない」
優太はスマホのレンズに布を被せたまま、キュララに冷徹に宣告した。
「配信を行う際の『画角』は、すべて俺が指定する。窓の外を映すのは禁止。背景は常に『無地の壁』だ。さらに、村の特産品や、キャルルたちの存在を許可なく映し出すことも禁ずる」
「ええええっ!? 無地の壁じゃ、画面が全然『映え』ないよぉ!」
「映えと命、どちらが大事だ」
「うぅっ……命です……」
涙目で頷く天使のトップ配信者。
優太は「わかればいい」と布を外し、スマホをキュララに返した。
「……ふん。いい気味ですわ。あの軍医様(鬼)のコンプライアンス管理は、ルナミス帝国の税務署より厳しいんですからね。せいぜい無地の壁の前で愛想笑いを振りまくことですわ!」
リーザが雑草をモシャモシャと咀嚼しながら、ここぞとばかりにキュララを煽る。
「……ふふっ。でもね、リーザちゃん」
だが、キュララはスマホを受け取ると、怯えていた表情から一転、ニヤリと『プロのインフルエンサー』の顔つきに切り替わった。
「無地の壁でも、私がいればそこは最高のステージになるの! それに……この『厳しすぎる防衛指揮官』の存在すら、私の配信の最高のスパイス(ネタ)にしてあげるんだから!」
PVのためならどんな逆境も利用する、ゴッドチューバーの逞しい根性。
優太は深く溜め息を吐き、アメリカンスピリットを取り出した。
「……情報統制(OPSEC)の手間が一つ増えたな」
かくして、ポポロ村のシェアハウスに、新たな厄介者——カメラを回し続ける『天使の配信者』が定着した。
これが後に、炎上神ワイズの介入と、ネット上の『特定』という、かつてない情報戦の幕開けに繋がることを、優太はまだ予測していなかった。
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