EP 4
擦り傷と、世界樹の『過剰防衛システム』
ポポロ村の冬支度は、ルナという「規格外の労働力」が加わったことで、かつてないほどのハイペースで進んでいた。
「皆さま! 収穫した太陽芋の入ったカゴ、こちらに運びますわね!」
純白のドレスの上に、キャルルから借りた大きめのエプロンを羽織ったルナが、農家のおじさんたちに向かって笑顔で手を振る。
彼女の背後には、本来なら大の大人が三人で運ぶような巨大な芋のカゴが、彼女の『念動力』によってフワフワと三つも宙に浮いて追従していた。
「おおっ、助かるドス! ルナ様が来てくれてから、農作業が冗談みたいに楽になったドス!」
「魔法の出力さえ間違えなければ、これほど頼りになるお嬢ちゃんはいねぇな!」
村人たちがホクホク顔でルナを褒めそやす。
パチンコ騒動から数日。
中村優太の『出力3%制限(厳重管理)』と、イグニスの『炎のコントロール特訓』の甲斐あって、ルナの魔法は「村を吹き飛ばさないレベル」にまで何とか安定してきていた。
悪意のない純粋な善性と、底抜けの明るさを持つ彼女は、あっという間にポポロ村の住民たちに受け入れられ、愛されるようになっていた。
「ふふーん! アイドルの私が見つけた敏腕マネージャー(ルナ様)ですからね! 労働力としてのコスパは最強ですわ!」
広場のベンチで、芋ジャージ姿のリーザが謎のふんぞり返り方でお茶を啜っている。
「お前は一切働いてないだろ。さっさとそこにある芋の泥を落とせ」
優太が手にしたクリップボード(在庫管理表)で、リーザの頭を軽く叩く。
「優太さーん! 備蓄用の薪の束、倉庫に運び終わりました!」
キャルルがウサギの耳を揺らしながら、身軽なステップで走ってきた。
「ご苦労。これで冬の間の燃料と食料(兵站)は完璧だな。あとは感染症予防の――」
優太が次のタスクを確認しようとした、その時だった。
「きゃっ!」
背後から、小さな悲鳴が上がった。
振り返ると、宙に浮かせた芋のカゴに気を取られていたルナが、地面のわずかな段差(木の根っこ)につまずき、ペタンと派手に転んでいた。
「い、痛たた……。お恥ずかしいですわ、何もない所で転んでしまうなんて」
ルナが顔を赤らめながら、自分の膝を見下ろす。
純白の肌に、ほんの少しだけ土がつき、一筋の赤い血が滲んでいた。
子供が転んだ程度の、本当に小さな『擦り傷』である。
「おっと、大丈夫かお嬢ちゃん?」
イグニスが手を差し伸べようとするより早く、優太が無言で歩み寄った。
「動くな。傷口に泥が入ると破傷風の原因になる」
優太はしゃがみ込み、タクティカルリュックから滅菌水とアルコール綿を取り出した。
冷徹な手つきで素早く傷口の泥を洗い流し、地球の薬局で買える『ハイドロコロイド絆創膏(傷を湿潤環境で治す高級なやつ)』をピタッと貼り付ける。
「あ……」
ルナは、優太のその淀みない、けれどどこまでも優しい手当に、ぽっ、と頬を桜色に染めた。
「ありがとうございます、優太様。なんだか、魔法で治すよりも、ずっと温かくて……」
「これくらい、唾をつけとけば治る怪我だ。大袈裟にするな」
優太が絆創膏の端を指で押さえ、立ち上がろうとした。
――まさに、その瞬間だった。
ドドドドドォォォォォォンッ!!!
突如として、ポポロ村全体を揺るがすような、凄まじい地鳴りが轟いた。
「なっ!? 地震か!?」
イグニスが両手斧を抜き放ち、キャルルが素早く優太の前に立って警戒態勢をとる。
「違いますわ! なんですの、これ! 足元から、とんでもない魔力が……!」
リーザがベンチから転げ落ち、地面に耳を当てて悲鳴を上げた。
優太の足元、ポポロ村の地面から、濃密すぎるほどの『緑色の光』が間欠泉のように噴き出し始めたのだ。
同時に、むせ返るような甘い花の香りと、樹液の匂いが広場を包み込む。
『――警告。警告』
どこからともなく、あるいは大地の底から、機械的でありながらも、狂気的なほどの『過保護な愛』に満ちた、女性の思念が村中の人々の脳内に直接響き渡った。
『我が愛しき娘の生体反応に、損傷を確認。
外界は極めて危険。有害な環境。バクテリア、ウイルス、段差、石ころ。
すべて排除。すべて隔離。
愛娘を守るため、絶対防衛システムを起動します』
「こ、この声……! まさか、お母様(世界樹)!?」
ルナが真っ青になって空を見上げた。
ドドォォォンッ!!
次の瞬間、村を囲む防壁のすぐ外側の地面を突き破り、直径数メートルはある『巨大な純白のツル(茨)』が、数十本、数百本という規模で一斉に天に向かって伸び始めた。
「敵襲です!! イグニス、迎撃を!」
キャルルが紫電の闘気を纏い、特注の安全靴で地面を蹴って飛び出す。
「任せろ! 俺様の炎で燃やし尽くしてやるぜェェッ!!」
イグニスが大きく息を吸い込み、巨大なツルに向けて青白い大火炎のブレスを放射した。
ゴォォォォォォォッ!!
数千度の炎がツルを包み込む――が。
「なっ……!?」
イグニスの目が点になった。
ツルの表面からジュワッと甘い匂いのする樹液(耐火性コーティング液)が分泌され、イグニスの炎を完全に無効化してしまったのだ。焦げ目一つついていない。
「だったら、物理で砕きます! 【流星脚】ゥゥゥッ!!」
キャルルがマッハの速度で空中から飛び蹴りを放つ。岩盤すら粉砕する月影流の奥義が、極太のツルに直撃した。
ボヨォォォォンッ!!
「ええええっ!?」
キャルルは情けない声を上げ、まるで巨大なトランポリンに蹴りを入れたかのように、物凄い勢いで後方へと跳ね返されてしまった。優太が咄嗟に両手でキャルルを受け止める。
「痛っ……! なんですかこれ!? 鋼鉄みたいに硬いのに、マシュマロみたいに柔らかくて……私の衝撃が全部吸収されました!」
キャルルが優太の腕の中で混乱して叫ぶ。
「落ち着け、キャルル」
優太はキャルルを下ろし、ガスマスクを首元に掛けながら、村の周囲を覆い尽くしていく巨大なツルを冷静に観察した。
「……見ろ。あれは『攻撃』じゃない」
優太の指摘に、自警団の面々がハッとして周囲を見渡す。
凄まじい勢いで生え揃う巨大なツルは、村の家屋を押し潰すことも、村人を薙ぎ払うこともしていなかった。
むしろ、家屋を傷つけないように優しく迂回し、村人をふんわりと押し退けながら、村全体を覆い隠すように『ドーム状』に編み込まれていくのだ。
「家が……壊されてない?」
イグニスが両手斧を下ろして呆然とする。
「それに、なんだかポカポカして、良い匂いがしますわ……。まるで高級ホテルのベッドに包まれているような……」
リーザがツルの表面を触りながら、ウットリとした顔になる。
数分のうちに、無数のツルはポポロ村の空を完全に覆い隠し、巨大な『緑の半球』を作り上げた。
太陽の光は遮られたが、ツル自体が淡いエメラルドグリーンの光を放っているため、村の中は幻想的で穏やかな明るさに満ちていた。
「優太さん……これ、一体何が起きているんですか?」
キャルルが不安そうに優太の袖を掴む。
優太はタクティカルリュックからアメスピを取り出し、軍用マッチで火をつけた。
紫煙が、密閉されたドームの空気に細く吸い込まれていく。
「……医学の世界には、『クリーンルーム(無菌室)』という概念がある」
優太は冷徹な声で、目の前の異常事態をロジカルに定義した。
「免疫力のない重病人を守るため、外部からの細菌やウイルス、物理的な衝撃を完全に遮断し、徹底的に管理された安全な隔離空間のことだ」
優太は、青ざめて震えているルナに視線を向けた。
「お前の故郷のヤンデレ世界樹は、お前が『擦り傷』を作っただけで大パニックを起こしたらしいな。ポポロ村という環境が『愛娘を傷つける危険な外界』だと判断したんだ」
「そ、そんな……! 私はただ、自分で転んだだけで……!」
ルナが涙目で首を振る。
「これは破壊を目的とした攻撃じゃない。究極の過保護だ」
優太はドームの壁をコンコンと叩いた。
「俺たちを殺す気はない。だが、ルナを二度と傷つけないために、この村ごと『絶対安全な鳥籠(無菌室)』の中に永遠に閉じ込める気だ。……最高のストレスフリー環境だが、ここから一歩も出られないとなれば、兵站が途絶えていずれ村は死ぬ」
『――愛シキ娘ヨ。モウ安心デス。外界ノ脅威ハスベテ遮断シマシタ。永遠ニ、コノ暖カク安全ナ揺リ籠ノ中デ、微笑ンデハイサイ……』
脳内に直接響く、世界樹の甘く、そして狂気的な子守唄。
「お、お母様……やめてください! 開けて! ここは私の大切な人たちの居場所なんです!!」
ルナがドームの壁に取りすがり、ドンドンと叩くが、ツルはマシュマロのようにその衝撃を優しく吸収するだけだった。
「どうしますの優太さん!? このままじゃ、明日のルナミスデパートの特売日に間に合いませんわ!」
リーザが頭を抱えて絶叫する。
「慌てるな。どんな強固なシステムにも、必ずロジック(解剖学的弱点)が存在する」
優太は携帯灰皿にタバコをしまい、折りたたみ式の『ワスプ薙刀』をシャキィンと展開した。
「怪我人がいないなら、トリアージは不要だ。これより、ポポロ村自警団による『無菌室の強制切開手術』を開始する」
極寒の空から完全に隔離された、生温かい緑のドームの中。
純白の厄災が引き起こした「究極の過保護」に対し、医官の冷徹なメスが向けられようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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