EP 3
竜人族の兄貴分と、優しい炎のコントロール
ポポロ村に、冷たい冬の足音が近づきつつあった。
朝晩の冷え込みは厳しさを増し、吐く息は白く染まる。広場のシンボルツリーもすっかり葉を落とし、冬の準備を進めているようだった。
「さむむむっ……! アイドルは薄着が基本とはいえ、この芋ジャージ一枚ではそろそろ限界ですわ……!」
村の広場で、臙脂色の芋ジャージを着たリーザが、ガチガチと歯を鳴らしながら身体を抱え込んでいた。
「情けないですね、リーザちゃん。月兎族の冬毛があれば、これくらいの寒さなんてへっちゃらですよ」
キャルルが自慢の白いウサギの耳を揺らしながら、特注の安全靴で霜柱をザクザクと踏み鳴らして笑う。
自警団の朝のパトロール。
その後方では、竜人族のイグニスが両手斧を肩に担ぎ、全く寒がる素振りも見せずに歩いていた。
「ガハハ! 竜の鱗は断熱材みたいなもんだからな! 都会のビル風で震えてたホームレス時代に比べりゃ、ポポロ村の冬なんて小春日和だぜ!」
「……お前、たまに悲しい過去をさらっと混ぜるのやめろ」
中村優太が、タクティカルリュックの肩紐を直しながら呆れたように突っ込んだ。
優太の服装は、防風仕様のタクティカル・マウンテンパーカーにジーンズ。医官として、寒冷地における体温低下は兵站と直結する重大な問題だ。
(村の備蓄用の薪の量は足りているが、異常気象に備えて地球ショッピングで携帯用カイロと灯油ストーブをいくつか手配しておくか……)
優太がG-SHOCKの盤面を見つめながらロジスティクスの計算をしていると、広場の隅から子供たちの声が聞こえてきた。
「寒いよぉー」
「手が冷たくて、お外で遊べないや……」
農家の子供たちが、赤い頬をして手をこすり合わせている。
その微笑ましい光景に、優太の『戦術的隔離管理』の目をかいくぐり、純白のドレス姿のエルフがススッと歩み寄った。
ルナ・シンフォニアである。
「あらあら、可哀想に。ポポロ村の冬は冷えますのね」
ルナは慈愛に満ちた、純度100%の善意の笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ、小さな子供たち。お姉さんが、ポカポカの温かい火を出して差し上げますわ!」
「ルナ、待て。魔法の出力許可は出していないぞ」
優太が警告を発したが、ルナの行動は早かった。
「【極大火炎龍】!!」
ルナが手にした『世界樹の杖』を無邪気に振るう。
瞬間――広場の空気が、物理的に爆発した。
ゴォォォォォォォォォッ!!!
「なっ……!?」
優太の目が限界まで見開かれた。
焚き火などというチャチなものではなかった。
ルナの杖の先から放たれたのは、直径数メートル、数千度の超高温を誇る『真紅の炎の龍』だった。
大気を焼き尽くすほどの熱波が広場を瞬時に覆い、周囲の枯れ草や木々が発火し始める。
「ちょっ、ルナ様!? 出力調整が完全にバグってますわ!!」
「きゃぁぁぁっ! 燃える! 私の冬毛が燃えちゃいますぅぅっ!」
リーザとキャルルが悲鳴を上げて後退する。
「あわわ……!? ど、どうしてこんなに大きくなってしまったのかしら……!」
杖を振った張本人であるルナも、制御不能になって暴れ狂う炎の龍を前に、パニックを起こしてペタンと座り込んでしまった。
炎の龍は意志を持ったようにうねり、泣き叫ぶ子供たちの方へとその巨大な顎を開いて突進していく。
(……チッ! あの馬鹿エルフ!)
優太の思考は、コンマ一秒で最適解を弾き出した。
熱源を断つには酸素を奪うしかない。優太はリュックから地球の兵器・窒素ガスを利用した『大型魔導消火弾』を取り出そうと手を伸ばす。
だが。
優太が動くより早く、二百キロの赤銅色の巨体が、地鳴りを立てて前へ飛び出した。
「下がってろ、優太!」
両手斧を地面に突き刺し、子供たちと炎の龍の間に立ち塞がったのは――竜人族のイグニスだった。
「イグニス! 無茶だ、その規模の炎をまともに受ければお前の鱗でも火傷(トリアージ・黄)じゃ済まないぞ!」
優太が叫ぶが、イグニスは振り返らずにニヤリと笑った。
「誰が受けるって言った? 火の扱いはなぁ……竜の領分だぜ!!」
イグニスは大きく足を開き、深く、限界まで息を吸い込んだ。
彼の強靭な胸郭が膨れ上がり、肺の中で極限まで圧縮された『竜の闘気』が熱を持ち始める。
「燃やし尽くすだけの炎なんて……ただの野暮だぜェ!!」
ゴォォォォォォォォッ!!!
イグニスの口から、青白い『大火炎』が放たれた。
だが、それはいつものような、敵を消し炭にするための暴力的な破壊の炎ではなかった。
優太は、ガスマスクを装着する手を止め、その光景に目を見張った。
(……なんだ、あの炎の軌道は?)
イグニスが放った青い炎は、ルナの赤い炎の龍に真っ向からぶつかるのではなく、龍の周囲を取り囲むように、螺旋状に絡みついていったのだ。
『ガァァァァッ!!』
赤い火炎龍が暴れようとするが、イグニスの青い炎がそのベクトル(熱の逃げ道)を巧みに誘導し、上空へと逸らしていく。
それは、流体力学における『干渉』。
熱と熱をぶつけて相殺し、炎のエネルギーを安全な方向へと拡散させる、極めて高度な炎のコントロール技術だった。
「熱を力でねじ伏せるんじゃねぇ……炎の息遣いを読んで、手綱を握るんだよ!!」
イグニスが顎の角度をミリ単位で調整し、ブレスの出力を絞る。
すると、あんなにも暴れ狂っていた真紅の火炎龍が、青い炎に包み込まれながら、シュルシュルと音を立てて小さくなっていくではないか。
数秒後。
最後の一息をイグニスがフゥッと吹きかけると、火炎龍は完全に霧散し、空中にキラキラとした温かい光の粒子となって消え去った。
後に残ったのは、焦げた匂いではなく、まるで日だまりのコタツの中にいるような、ふんわりとした心地よい温かさだけだった。
「……すげぇ……」
「あったかーい!」
炎に怯えていた子供たちが、ポカポカになった空気に包まれて、パァッと顔を輝かせる。
「「「おおおおおっ!!」」」
様子を見ていた村人たちから、割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こった。
「や、やりましたわ……! さすがイグニス! ただの脳筋トカゲじゃありませんでしたのね!」
リーザが感動して芋ジャージの袖で涙を拭う。
「見事です、イグニス! 炎を炎で制するなんて、月影流の私でも真似できません!」
キャルルもウサギの耳をピンと立てて感嘆の声を上げた。
「……驚いたな。あれだけの規模の熱量を、力押しじゃなく波長を合わせて完全に相殺するとは」
優太は取り出しかけた消火弾をリュックに戻し、アメスピの箱を取り出した。
「竜人族の本能的な直感か。俺の計算式より、あいつの感覚の方が早くて正確だったな。……医官(俺)の出番はなかったか」
『――ピロリン♪』
優太の脳内にシステム音が鳴る。
『仲間の能力を信頼し、地域住民の安全を完璧に確保したチームワークを確認しました。善行ポイント【+500 P】を獲得』
優太は小さく笑い、軍用マッチでタバコに火をつけた。
一人で全てを解決する必要はない。優秀な仲間がいれば、彼らに任せるのが最善の戦術だ。
一方、広場の中央では。
へたり込んでいたルナが、呆然とイグニスを見上げていた。
「すごい……凄いですわ、イグニス様! 私の魔法を、あんなに優しく手懐けてしまうなんて……!」
イグニスは鼻の下を指でこすり、少しだけ照れくさそうに笑った。
そして、ルナに向かって手を差し出す。
「火遊びってのは、こうやるんだぜ、お嬢ちゃん」
普段のパチンコで負けて騒ぐ姿や、注射から逃げ回る「バカな竜」の面影はどこにもない。
そこにあるのは、圧倒的な実力と、弱者を守るための確かな技術を持った、頼れる『竜人族の兄貴分』としての最高にカッコいい男の姿だった。
「はぁぁ……っ♡」
ルナは顔を真っ赤に染め、イグニスの大きな手を取って立ち上がった。
「イグニス様……とっても、とっても素敵でしたわ! 私、炎のコントロール、貴方から学びたいです!」
「ガハハ! 任せとけ! 俺様が手取り足取り、基礎からビシバシ教えてやるぜ!」
イグニスが豪快に笑い、ルナの頭をポンポンと撫でる。
「……あら? なんかイグニス、急にカッコよくなりましたわね。ちょっと悔しいですの」
リーザが口を尖らせる。
「ふふっ。でも、これが私たちの自警団の『アタッカー』ですからね。いざという時は、本当に頼りになるんです」
キャルルが嬉しそうに微笑んだ。
優太は紫煙を吐き出しながら、その光景を静かに見守っていた。
(……イグニスがルナの魔法の制御を手伝ってくれるなら、俺の負担も減る。戦術的にもありがたい)
「よし、怪我人がいないなら解散だ。ルナ、次からは絶対に魔法を撃つ前に深呼吸して、出力を今の100分の1に絞るイメージを持て。イグニスの言うことをよく聞くんだぞ」
「はいっ! ドクター・ユウタ! 私、頑張りますわ!」
ルナの純白のドレスが、ポカポカとした広場の風に揺れる。
歩く大災害であるエルフの王女に、初めて『制御』の兆しが見えた瞬間だった。
だが、彼らはまだ知らなかった。
このルナの「善意の魔法」と、それを守ろうとするヤンデレ世界樹の『過保護なシステム』が、ポポロ村をかつてない未曾有の事態へと巻き込んでいくことを。
平和な冬の始まりは、嵐の前の静けさに過ぎなかったのだ。
読んでいただきありがとうございます。
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