EP 7
悪徳査察官と、善意の火炎龍
純金100kgの地中封印作戦から数日後。
ポポロ村の秋は徐々に深まり、朝夕には肌寒い風が吹き抜けるようになっていた。
優太が設営した離れのドリンクバー空間『ポポロキン』では、今日もシェアハウスの住人たちが温かい飲み物を片手に寛いでいた。
「はぁ……温かいポポロコーヒー、最高ですわ。ルナミスデパートの屋上で、寒さに震えながら飲んだ白湯の味を思い出しますの……」
「リーザちゃん、また貧乏くさいこと言ってる。ほら、私の人参クッキーも食べる?」
芋ジャージ姿のリーザがコーヒーをすすり、キャルルがお手製の人参柄のハンカチの上にクッキーを並べる。その横で、ルナが「平和ですわねぇ♡」と優雅にメロンソーダ(ホット)という謎の飲み物を生成して味わっていた。
そんな弛緩しきった空気を切り裂くように、村の防衛警報である鐘の音が「カーン! カーン!」と激しく鳴り響いた。
「優太! 村長! 厄介な客が来やがったぞ!」
自警団のイグニスが、血相を変えてポポロキンに飛び込んできた。
読書をしていた優太は、即座にコンバットグラスを装着し、本を閉じた。
「魔獣か? それとも、ルナミスの商人か」
「いや、国境警備隊を名乗る『合同査察局』の役人どもだ! 武装した兵士を二十人も引き連れてきやがった。なんでも『この村に違法な純金が隠されているというタレコミがあった』とか抜かしてやがる!」
その報告を聞いた瞬間、優太の目が極寒の戦場医官のそれへと切り替わった。
ルナが生成した純金100kg。その噂が、どこからか国境の悪徳役人の耳に漏れたのだ。
「……嗅ぎつけるのが早いな。ハイエナどもめ」
優太は腰に『ワスプ薙刀・改』を帯び、タクティカルベストのジッパーを素早く引き上げる。
「イグニス、ネギオを呼べ。法律の抜け穴を塞ぐ。キャルルたちはここで待機——」
「優太様! 私も行きますわ! 私の仕送りのせいで皆様にご迷惑をおかけしたのなら、私がご挨拶に伺わなければ!」
ルナが純白のドレスの裾を握りしめ、ニコニコと恐ろしいことを言いながら立ち上がった。リーザも「私の金貨を奪いに来たなら、容赦しませんわ!」と息巻いている。
優太は舌打ちを一つし、「勝手な行動はするなよ」と釘を刺して、村の南門へと向かった。
* * *
南門の広場には、ルナミス帝国とレオンハート獣人王国の国境緩衝地帯を管轄する、柄の悪い警備隊の小隊が居座っていた。
小太りで傲慢そうな人間の小隊長が、サーベルを地面に突き立てて威圧的に叫んでいる。
「おい! 村長を出せ! このポポロ村で、未申告の純金100キロが密輸されたという明確な情報があるんだ! 直ちに家宅捜索を行い、対象物を没収する!」
典型的な「査察を名目にした略奪」だ。
優太は歩み出ると、インテリヤクザさながらの冷徹な声で応じた。
「令状はどこだ。ルナミス帝国の通商法第四十二条に基づく正式な捜査権限がなければ、お前たちの行為はただの不法侵入(山賊行為)だぞ」
「あぁん!? なんだてめえは。偉そうに法律を語りやがって!」
小太りの隊長が優太を睨みつける。だが、その視線はすぐに、優太の後ろからひょっこりと顔を出した三人の少女——キャルル、リーザ、ルナへと釘付けになった。
「ほう……辺境の土民の村にしては、極上の女が揃ってるじゃねえか」
隊長の下劣な口元が歪む。
「金が出せないなら、そこの女どもを『査察の担保』として連行してやる。おい、ちょうど秋風が冷たくて冷え込んでたところだ。俺たちのテントに連れ込んで、たっぷりと『暖』を取らせてもらおうじゃねえか! ぎゃはははっ!」
兵士たちも下品な笑い声を上げる。
キャルルのルビー色の瞳から光が消え、安全靴の踵が「ギリッ」と不穏な音を立てた。
優太が「……交渉決裂だな。排除する」とワスプ薙刀の柄に手をかけた、その瞬間だった。
「まあ。役人の方々、そんなに寒かったのですか?」
ルナ・シンフォニアが、ふんわりとした足取りで、優太の前に進み出た。
彼女の顔には、一切の怒りも、怯えもない。ただひたすらに純粋な『慈愛』と『善意』だけが満ち溢れていた。
「お仕事でこんな遠くまでいらして、すっかり体が冷え切ってしまったのですね。可哀想に……」
「お、おう? なんだ姉ちゃん、俺たちを温めてくれるってのか? へへっ、話が早くて——」
隊長がニヤケ顔でルナに手を伸ばそうとした。
だが。
「はいっ! 私、皆様のために『とびきり温かい火』をご用意いたしますわね♡」
ルナが世界樹の杖を空高く掲げた。
——その瞬間。
ポポロ村の周囲の気温が、一瞬にして三十度近く跳ね上がった。
ゴゴゴゴゴゴォォォォォォッ!!
空気が激しく膨張し、大気が赤黒く歪む。ルナの頭上の空間に、膨大な自然魔力が異常圧縮され、渦を巻き始めたのだ。
「……は?」
「な、なんだこれ!? 空が……燃えてる!?」
悪徳役人たちが、空を見上げて腰を抜かした。
上空に出現したのは、焚き火などという次元ではない。
全長数十メートルに及ぶ、純度百パーセントの魔力で構成された『超高熱の火炎龍』だった。太陽が落ちてきたかのような圧倒的な熱量が、村の防壁を焦がし、役人たちの服をチリチリと焦がし始める。
「さあ! これをどうぞ! 遠慮なく温まってくださいなーっ♡」
ルナはニコニコと満面の笑みを浮かべ、その破滅の火炎龍を、役人たち——つまり、村の南門そのものに向けて放とうとしていた。
「ばっ、バカ野郎ォォォッ!! 村が消し飛ぶわァァァッ!!」
ネギオが顔面蒼白で絶叫した。
役人たちも「ひぃぃぃっ! ごめんなさい! 帰ります! 帰りますからぁっ!」と泣き叫び、武器を放り出して我先にと森へ逃げ出そうとしている。
もはや、悪徳役人など村の脅威でも何でもない。
真の脅威は、目の前で「善意による大量虐殺」を行おうとしている、この天然の歩く核弾頭だ。
(……予備動作完了まで残り二秒! この質量が直撃すれば、敵も防壁も農地も、すべてがガラス化する!!)
優太はコンバットグラスの奥で、火炎龍の熱源とルナの魔力回路を瞬時に分析した。
物理攻撃で彼女を止める暇はない。防壁ごと守り抜くには、彼女の魔力行使そのものを『強制シャットダウン』させるしかない。
「キャルル! 役人どもの退路を塞げ! ルナは俺がやる!」
優太は叫ぶと同時に、システマの究極の歩法で、燃え盛る熱風の中を文字通り「滑る」ようにしてルナの懐へと飛び込んだ。
「あら、優太様? どうかなさいまし——」
「……緊急麻酔を開始する」
優太の右手に握られた『地球の医療用シリンジ(即効性強力鎮静剤)』が、銀色の冷たい光を放った。
村を救うため、軍医・中村優太の「絶対に死なせないための制圧術」が、善意の災害エルフに叩き込まれる。
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