EP 2
地下アイドルとエルフのパチンコ大作戦
ポポロ村の村長宅、ダイニングルーム。
早朝の朝日が差し込むテーブルの上で、残酷なまでの『経済格差』が可視化されていた。
「ん〜っ、世界樹の森から直送された朝採れ野菜の特製スムージー……やっぱり、故郷の味は最高ですわ♡」
純白のネグリジェ姿のルナ・シンフォニアが、グラスに入った色鮮やかな液体を優雅に啜る。その横には、黄金に輝く『世界樹の蜂蜜』がこれでもかと塗られた、ふんわり厚切りの高級トーストが置かれていた。
一方、その対面。
「……むぐっ、もぐもぐ……。アイドルはオーガニック志向ですから! 炭水化物はパンの耳で十分ですの! サラダも、その辺の公園で摘んできた無農薬のタンポポ(雑草)が一番ビタミン豊富なんですわーっ!」
臙脂色の芋ジャージを着たリーザが、特売の茹で卵を喉に詰まらせながら血涙を流して咀嚼していた。
「あら、リーザちゃん。パンの耳ばかりではお肌に悪いですわ。私の蜂蜜トースト、半分差し上げましょうか?」
「た、食べますぅぅッ!!」
ルナの純度100%の善意に、リーザのやせ我慢は0.1秒で陥落した。
光の速度でトーストを強奪し、幸福感に打ち震えながら貪り食う。
(……ルナ様の魔法と財力は異常ですわ。昨夜、優太さんが『偽金の錬金術』を固く禁じたせいで資金繰りは絶たれましたけれど……ルナ様の規格外の魔法を、合法的に利用して荒稼ぎする方法は無数にあるはず……!)
リーザの瞳の奥で、コンフィデンスマン(信用詐欺師)顔負けの黒い算段が渦巻いた。
「ねぇ、ルナ様」
リーザは口元の蜂蜜を拭いながら、悪魔のように甘い声で囁いた。
「優太さんの厳しい管理下で、退屈していませんか? 今日は私と一緒に、ルナミス帝国の『庶民の遊技場』へ大人の社会科見学に行きませんこと?」
「まぁ! 庶民の遊技場! 素敵ですわ、ぜひ行ってみたいです!」
かくして、医官・中村優太の目を盗み、極貧アイドルと天然エルフの凶悪コンビが村を抜け出したのだった。
***
ルナミス帝国の都市部。ネオンサインがギラギラと輝く巨大な遊技場、『ルナミスパーラー』。
店内に一歩足を踏み入れると、鼓膜を破らんばかりの大音量のBGMと、電子音、そして銀玉が弾ける金属音が渦巻いていた。
「な、なんて騒々しい場所……! ここは庶民の皆様が、苦行に耐えて精神を鍛える修練場ですの!?」
「違いますわ。ここは『Love & Money』の聖地、パチンコ屋ですのよ」
深々と帽子を被り、サングラスで変装したリーザが、ルナの手を引いて一台の遊技台の前に座らせた。
台の名前は『CR異世界転生トラックでドン!〜激アツ! 女神の祝福ボーナス〜』。
「ルールは簡単ですわ、ルナ様」
リーザはルナの耳元で、手に入れたばかりのなけなしの銅貨をサンド(両替機)に投入しながら囁いた。
「ルナ様の得意な『念動力』を使って、この弾き出された銀色の玉を、あの中央の『V』と書かれた穴(Vゾーン)に全部ねじ込んでくださいませ! そうすれば、ジャラジャラと玉が増えて、景品や現金と交換できる錬金術の完成ですの!」
「なるほど! つまり、この銀色の粒を穴に入れれば、皆さんが幸せになる豊穣の儀式なのですね!」
ルナが純度100%の善意で勘違いをして、目をキラキラと輝かせた。
「お任せくださいませ! 私の自然魔法で、大豊作をお約束しますわ!」
リーザがハンドルを握り、銀玉が盤面へ弾き出された。
「今ですわ! ルナ様! 念動力を!」
「はいっ! 【豊穣の風】!!」
ルナが気合と共に、両手をパチンコ台に向けて突き出した。
瞬間。ルナミスパーラーの店内を、凄まじい魔力の突風が吹き荒れた。
「……えっ?」
リーザのサングラスがズレ落ちた。
盤面を転がる銀玉がVゾーンに入る……などという、そんなチャチな現象ではなかった。
ガタガタガタッ!! ミシミシィッ!!
「な、なんだ!? 地震か!?」
「おい見ろ! パチンコ台が……浮いてるぞォォッ!?」
ルナの『出力調整が完全にバグった念動力』は、たった数グラムの銀玉ではなく、数百キロあるパチンコ台の筐体そのものを、床のボルトを引きちぎって空中にフワフワと浮遊させてしまったのだ。
「ル、ルナ様ぁぁっ!? 違います! 違いますの! 浮かすのは玉だけ! 台ごと浮かせてどうするんですの!!」
リーザがパニックを起こし、宙に浮く『CR異世界転生トラックでドン!』の脚にしがみつく。
「あれ? おかしいですわね。もっと強く念じれば玉も入るはず……! えいっ!」
ルナがさらに魔力を込める。
すると、隣の台、さらにその隣の台までがガタガタと揺れ始め、次々と宙に浮き上がっていく。
「おいコラァッ!! 何してくれてんだァッ!!」
その時、宙に浮き上がった隣の台から、地鳴りのような怒声が響いた。
「俺様が! 昨日までの日当(銀貨)を全部突っ込んで、ようやく入った激アツの『トラック轢かれ待ちリーチ』が……台ごと浮いたらエラーで無効になっちまうだろうがァァッ!!」
怒り狂って立ち上がったのは、なんと仕事(自警団のパトロール)をサボってパチンコを打っていた竜人族のイグニスだった。
「イ、イグニス!? 貴方、どうしてこんな所に!」
リーザが宙に浮きながら叫ぶ。
「こっちのセリフだ! ったく、お前らどこ行っても騒ぎを起こしやがって……!」
イグニスが両手斧の代わりに、パチンコ店のドル箱を構えた、まさにその瞬間。
バキィィィンッ!!
背後の自動ドアが、月兎族の特注安全靴による前蹴りで無残に粉砕された。
「そこまでです!! 自警団、踏み込みます!!」
紫電の闘気を纏ったキャルルが、100m5秒台の超スピードで店内に突入する。
その後ろから、タクティカルリュックを背負い、G-SHOCKの盤面を見つめながら、中村優太が静かに、そして極めて冷徹な足取りで入ってきた。
「……おい、リーザ」
優太の底冷えのする声が、騒然とするパーラーの店内に響き渡る。
「俺がルナを『医学的・戦術的隔離管理』の対象にすると言った翌朝に、こいつを連れ出して不正遊技をやらせるとは、良い度胸だな」
「ゆ、優太さぁぁん! 誤解ですの! これは確率の収束を検証するための社会実験でして……!」
宙に浮いたパチンコ台にしがみついたまま、リーザが涙目で言い訳をする。
「あら、優太様! キャルル様! 見てくださいませ、これが庶民の豊穣の儀式……」
「ルナ、魔法を止めろ。それは豊穣の儀式じゃない、ただの器物損壊だ」
優太はタクティカルリュックから、地球の暴徒鎮圧用『スタングレネード(音響閃光弾)』を取り出す……ような真似はしなかった。そんなものを店内で使えば、二次被害が拡大するだけだ。
彼は極めてロジカルに動いた。
優太は無双薙刀流の滑らかな足さばきで、宙に浮くパチンコ台の『裏側(配線タップ)』へと回り込んだ。
「魔力で物理的に浮かせていようが、この機械の動力は電力(魔導力)だ。大元のロジスティクスを断てば止まる」
ブチッ!!
優太が島(台の並び)のメインブレーカーを容赦無く引き抜いた。
「ピローン♪(エラー音)」
店内の全ての台の電源が落ち、激しい電子音とネオンが完全に沈黙した。
「ああっ!? 俺様の激アツリーチがァァァッ!!」
イグニスが絶望の叫びを上げる。
同時に、ルナの魔法のターゲット設定も乱れ、宙に浮いていたパチンコ台がドスンッ!! と重い音を立てて床に落下した。
「ひゃうっ!?」
台の下敷きになりそうになったリーザの襟首を、キャルルがガシッと掴んで引きずり出す。
「確保しました、優太さん! この強欲人魚、どうしますか!」
「……とりあえず、店長に損害賠償の交渉(示談)をしてくる。全員、そこで正座して待っていろ」
優太は深くため息をつき、アメスピの箱を取り出しながら、バックヤードの方へと歩いていった。
***
夕暮れ時のポポロ村への帰り道。
「……反省していますわ。まさか、パチンコ台が機械ごと浮き上がるとは……」
リーザが芋ジャージの膝を抱え、しょんぼりと歩いている。
「俺様の……俺様の激アツリーチ……。絶対確変入ってたのに……」
イグニスも真っ白に燃え尽きた顔で、両手斧をズルズルと引きずっていた。
「自業自得です! イグニスも、サボってパチンコなんて不良竜人ですよ!」
キャルルがプンスカと怒りながら、二人の背中を叩く。
その前方を歩く優太とルナ。
「……優太様、申し訳ありませんでした。私、良かれと思って魔力を込めたのですが……また、周りに迷惑をかけてしまいましたわ」
ルナがシュンと耳を伏せ、申し訳なさそうに謝る。
優太は立ち止まり、ルナを振り返った。
「悪気がないのは分かっている。だが、お前の魔力(出力)は普通の人間とは次元が違う。戦場に素人が戦車に乗って現れるようなものだ。だから、俺の許可なく魔法を使うなと言ったんだ」
「はい……」
優太はポケットからアメスピを取り出し、火をつけた。紫煙が夕焼け空に溶けていく。
「……だが、お前のその『規格外の出力』自体を否定する気はない。問題は、力の使い方を知らないだけだ。俺がそれを教えてやる」
「優太様……!」
ルナの顔が、パッと明るく輝いた。
「とりあえず、今日の弁償代は俺の【善行ポイント】で換金した地球の純金で払っておいた。リーザ、お前の給料から天引きだからな」
「そんなぁぁぁッ!? 私の銀貨がぁぁっ!!」
リーザの悲鳴が、夕暮れの空に空しく響き渡る。
「ガハハ! いい気味だぜリーザ! ……って、俺様の給料からは引かれねぇよな!?」
「サボりの罰金として、三日間の草むしりの刑です、イグニス!」
「嘘だろォォォッ!?」
賑やかに騒ぎながら歩く仲間たちを見つめ、優太は呆れながらも、微かに口角を上げた。
(……手間のかかる連中だが、まぁ、このくらい騒がしい方が、平時の『平和』としては悪くない)
エルフの規格外の力と、医官の冷徹なロジック。
ポポロ村の自警団の絆(と借金)は、今日もまた一つ、ドタバタと共に深まっていくのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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