EP 6
純金100kgと、村を救うための封印
その日の朝は、ポポロ村にとって、ある意味で最大の危機から始まった。
空が轟音と共に揺れたかと思うと、世界樹の加護を纏った巨大な輸送魔導ドローンが、村長宅の庭先にドスンと巨大な木箱を投下していったのだ。
「……何だ、あれは」
早朝のパトロールを終えた優太が、煙草を揉み消しながら庭へ向かうと、そこにはイグニスと自警団が青ざめた顔で木箱を取り囲んでいた。
「優太! 中身を確認したが……箱が金貨の塊でできてるみたいで、中身が……」
「中身が、どうした?」
イグニスが慎重に箱の蓋をこじ開けると、朝日に照らされて黄金色の輝きが庭中を埋め尽くした。
純度99.9%の純金。その総重量、なんと100キログラム。箱の中には、世界樹の刻印が押された「ルナ・シンフォニア様への月間お小遣い(年金)」という札が添えられていた。
「「「…………」」」
庭に、静寂が訪れた。
獣人族の村人たちには、純金100kgがどれほどの価値を持つか正確には測れない。だが、それがどれほど「危険なもの」であるかという本能的な予感だけが、彼らの背筋を凍らせていた。
「わあぁぁぁっ! 黄金ですわ! これで毎日ルナキンの朝定食が食べ放題ですわーっ!」
リーザが金貨の山にダイブし、頬をスリスリと擦り付けて歓喜する。
ルナもまた、ドレスの裾を翻して駆け寄ってきた。
「まあ! お母様(世界樹)ったら、相変わらず手回しが良いですわね。今月の仕送りですの。皆さん、これで美味しいものをたくさん食べて、明日からもっと畑仕事に精を出してくださいな!」
ルナの無邪気な一言に、優太の脳内で警報音が鳴り響いた。
(……アウトだ。この量が市場に流れた瞬間、ポポロ村の経済は即死する)
優太は即座にホログラムUIを展開し、ルナミス帝国の経済指標と、現在の村の通貨発行量(といっても銅貨が中心だが)を照合する。
「……イグニス、ネギオ。直ちにこの箱を封印する。作業を開始しろ!」
「おう! わかった!」
「……ワテも金は嫌いじゃないが、今これを使えば、この村の『物価』が数秒で跳ね上がって、パン一個買うのに金貨一枚が必要なハイパーインフレに突入するわ。優太の言う通りやな」
ネギオの冷静な分析に、リーザが「えっ!? じゃあステーキは食べられないんですの!?」と悲鳴を上げるが、優太は冷徹にそれを遮った。
「リーザ、聞け。インフレとは、通貨の供給量がモノの供給量を遥かに上回った時に起きる経済の暴走だ。お前たちがいくら金貨を持っていても、村に売られている食料の数が変わらなければ、店主は値段を吊り上げる。結果、お前たちが買うパンは、昨日より高く、そして最後には金貨を何枚積んでも買えなくなるんだ」
軍医として、戦地で食料調達の難しさを嫌というほど叩き込まれてきた優太にとって、飢餓は敵弾以上に恐ろしい脅威だ。
「この金は、村には一銭も流さない。すべて……俺の管理下で永久凍結(封印)する!」
優太の指示により、庭に巨大な穴が掘られた。
彼は純金100kgを鉄製の頑丈なコンテナに詰め込み、さらにネギオが制作した『防腐・防盗魔法の網』を三重に張り巡らせ、地下室の最も深い場所へと埋め込んだ。
その上を、泥魔法で完璧にカモフラージュする。
「……これでもう、この『核兵器』が誤作動することはない」
優太が額の汗を拭い、ようやく一息ついた時、リーザが泥だらけの顔で彼にすがりついた。
「うぅ……うぅぅ……優太様、酷いですわ。私の夢が、黄金のステーキが、地下室の土塊の中に……」
「夢を見るな、リーザ。俺たちは農業共同体だ。金で幸福を買うな、汗で収穫した作物で食うんだ。それがこの村の憲法だ」
冷徹だが、揺るぎない優太の信念。
村人たちはその厳しさに辟易しながらも、どこかで「優太がいれば、この村の暮らしは守られる」という圧倒的な信頼感を抱いていた。
——だが、その夜。
優太が巡回を終え、村長宅のベッドに入ろうとした時、庭の方から妙な物音が聞こえた。
カサッ……カサッ……。
暗視ゴーグルを装着して窓の外を覗くと、そこには、深夜だというのに庭の土を掘り返そうとしている、金髪のエルフと芋ジャージの人魚の姿があった。
「リーザちゃん! やっぱり、少しだけ掘り返して、金貨一枚だけ……!」
「そうですわ! 金貨一枚だけなら、ハイパーインフレも起きませんわ! 私、ルナキンの特大苺パフェが、どうしても食べたいんですの!」
ルナがふんわりと杖を振るい、土をどけようとしている。
優太は舌打ちをすると、寝間着の上にタクティカルベストを羽織り、ワスプ薙刀の柄を掴んで窓から飛び出した。
「……夜のガーデニングは禁止だと言ったはずだ」
暗闇から現れた優太の影に、二人は「ひぃっ!?」と肩を震わせる。
「優、優太様……これはですね、その……夜の、土壌改良を……」
「土を掘るなら、畑に行け。そこは、俺が命がけで封印した『核の埋蔵地』だ」
優太は冷酷に歩み寄り、ルナが握っていた魔法の杖を、キャルルの教育的な『物理制圧(安全靴での小突き)』で取り上げた。
「ルナ。お前が世界樹の娘だろうが、ルナミス帝国の経済を混乱させる者は、この村の防衛指揮官としては『排除対象』だ。一週間、お前の部屋と村長宅の地下室を往復するだけの『反省掃除』を命ずる」
「うわぁぁんっ! 優太様がいじめるぅぅっ!」
「泣いても無駄だ。それからリーザ」
優太はリーザの芋ジャージの襟を掴み、村長宅の倉庫へと連行する。
「お前には、一週間分の『パンの耳』の代わりに、特製の『ロックバイソン缶詰』を特別支給してやる。ただし、食べた後は倉庫の整頓を手伝え」
「えっ……お、お肉ですの……? 神様……いえ、優太様……っ! 私、一生ついていきますわーっ!!」
先ほどまで泣き叫んでいたはずのリーザが、肉の匂いに即座に屈し、涙を拭いて敬礼した。
やはり、極貧アイドルの信念は、空腹という名の現実には勝てないらしい。
優太は倉庫の頑丈な扉に鍵をかけ、深々と溜め息を吐いた。
「……経済を回すよりも、経済を止める方が遥かにエネルギーを使うな」
ポポロ村の黄金時代は、こうして優太の必死の『経済防衛』によって、紙一重のバランスで保たれていた。
だが、この金貨投下騒動が、近隣の国々や、そして天界の『炎上神』の監視網に確実に引っかかっていることを、彼はまだ知らない。
次に訪れるのは、純金の誘惑に駆られた、もっと狡猾で、もっと恐ろしい『強欲な悪意』かもしれないのだ。
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