EP 5
ハッピードリームと、雷神のヤンデレ飛び蹴り
『ポポロキン』での十二時間ぶっ通しのドリンクバー女子会から数日後。
村長宅の離れは、すっかり元ルナミス帝国シェアハウス組の三人にとっての「完全な溜まり場」として機能していた。
「……ねえ、キャルルちゃん」
メロンソーダのストローを咥えながら、純白のドレスを着たエルフの次期女王・ルナが、ふんわりとした声で問いかけた。
向かいの席では、キャルルが愛用の特注安全靴(タローマン製)の紐を丁寧に締め直している。
「ん? どうしたの、ルナちゃん」
「キャルルちゃんって、優太様のことがお好きなんですのよね?」
「ぶふぉッ!?」
横で炭酸水を飲んでいたリーザが盛大に吹き出したが、キャルルは耳をピクッと動かし、頬をほんのりと赤く染めた。
「えへへ、まあね。優太君は私が守るって決めてるし。でも……優太君、いっつも軍医とかインテリヤクザみたいに隙がなくて、なかなか甘い雰囲気にならないんだよね」
「まあ。それは乙女として由々しき問題ですわ!」
ルナが両手をポンッと合わせ、天使のような無垢な笑顔を浮かべた。
「でしたら、私にいい考えがありますわ。エルフの森に伝わる『秘伝のアイテム』を使えば、優太様も一コロですのよ♡」
「秘伝の……アイテム?」
「ええ! これですわ!」
ルナが足元から魔力を展開すると、床の板を突き破って、一輪の奇妙な植物が姿を現した。
美しい大輪の花を咲かせているが、その根元には不気味にうごめく数本の『触手』が生えている。
「これは『ハッピードリーム』という植物ですの。この花粉を嗅いだ者は、脳内に直接快楽物質が分泌され、自分の『一番望む疑似体験』の幻覚を見ますわ」
ルナが誇らしげに胸を張る。
世界樹の森では、侵入してきた他国の役人やならず者に対し、この植物の触手をぶっ刺して『女や酒の幻覚』を見せ、満足させて帰らせるという、完全にエロゲのバッドエンドのような防衛システムとして運用されている代物だ。
「これを優太様に嗅がせて、キャルルちゃんとの甘〜いイチャイチャ空間の幻覚を見せれば、現実に戻った時にも優太様はキャルルちゃんの虜ですわ♡ 完璧な恋愛サポートですわね!」
「……え?」
ルナの提案を聞いたキャルルの動きが、ピタリと止まった。
ルビー色の瞳からスゥッと光が消え、代わりに底知れぬヤンデレの暗い炎が静かに燃え上がり始める。
「——なんだ、その不気味な植物は」
ちょうどその時、離れのドアが開き、巡回を終えた優太がアメリカンスピリットを咥えて入ってきた。
彼の極寒の戦術眼が、即座に室内の『異常な熱源』——うごめく触手植物を捉える。
「あっ、優太様! ちょうど良かったですわ! とってもいい香りのするお花がありますの。少し嗅いでみてくださいな♡」
ルナがニコニコと笑いながら、ハッピードリームの鉢植えを抱えて優太へと駆け寄る。
優太は眉間を寄せ、軍医としての圧倒的な知識でその植物から漂う微かな匂いを分析した。
(……アルカロイド系の甘い刺激臭。それにこの触手の形状……神経系に直接作用する違法な幻覚性植物か!?)
「待て、ルナ。それ以上近づくな。その花粉を吸い込めば——」
「遠慮なさらないで! キャルルちゃんとの愛の幻覚へ、いってらっしゃいませーっ!」
ルナが鉢植えを高く掲げ、優太の顔面に向けて致死量の花粉(幻覚剤)を撒き散らそうとした、その瞬間だった。
「ルナちゃんッ!! それは駄目ェェェッ!!」
ズガンッ!!
床を蹴り砕く凄まじい爆発音と共に、紫電の雷光を纏った小さな影が、優太とルナの間にマッハの速度で割り込んだ。
キャルルだった。
「キャルルちゃん!? どうして止めますの!? せっかく優太様に、キャルルちゃんとのイチャイチャの幻覚を……」
「だから駄目なのォォォッ!!」
キャルルは空中で身体を捻りながら、血を吐くような絶叫を上げた。
「優太君が私にメロメロになるのは! 幻覚なんかじゃなくて! 現実のこの私を見て、自らの意思で堕ちてこなきゃ、絶対に意味がないでしょォォォォッ!!」
純度百パーセントのヤンデレの咆哮。
キャルルは特注の安全靴の踵を強く打ち鳴らした。内蔵された雷竜石が共鳴し、一億ボルトという規格外の雷撃エネルギーが、彼女の右足に限界まで収束していく。
「月影流奥義——『超電光流星脚(スーパー・ライトニング・メテオ・ストライク)』ッ!!」
ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!
二百七十七トンという、巡航ミサイル直撃に匹敵する物理的質量と雷光の飛び蹴りが、ハッピードリームの鉢植えにクリーンヒットした。
悲鳴を上げる間もなく、触手植物は分子レベルで木っ端微塵に粉砕され、その衝撃波でポポロキンの窓ガラスが粉々に吹き飛ぶ。
「きゃあああああっ!?」
「ひぃぃぃっ! 死ぬ! 死にますわーッ!」
凄まじい爆風に巻き込まれ、ルナとリーザが部屋の隅まで吹き飛ばされて壁に激突した。
土煙が晴れた後、そこには、完全に炭化した植物の残骸と、息を切らしながらも満面の笑みを浮かべるキャルルが立っていた。
「えへへ……。優太君、怪我はない? 変なお薬から、私が優太君を守ってあげたよ♡」
「……ああ。見事な迎撃だった、キャルル。助かった」
優太はシガレットの灰を払いながら、冷静に彼女の頭を撫でてやった。
キャルルは「えへへぇ〜♡」と嬉しそうに目を細めている。彼女のヤンデレ気質が、結果として村の防衛(優太の精神汚染の阻止)に最高の形で貢献したのだ。
優太はゆっくりと歩みを進め、壁際で目を回しているルナの首根っこを冷徹に掴み上げた。
「あいたた……キャルルちゃん、すごいキック力ですわ……」
「ルナ。お前は今、俺の脳内神経系に対する『未認可の薬物テロ』を実行しようとしたな」
「や、やくぶつてろ……? 違いますわ! 私はただ、恋愛のサポートを……」
極寒の軍医の眼差しが、ルナを射抜く。
「本人の同意なく幻覚剤を使用し、精神を操作する行為は、国際人道法違反であり、人体実験に等しい重大なコンプライアンス違反だ。一歩間違えれば、俺の脳が焼き切れていた可能性もある」
「ひぃっ……!」
優太はルナの腕を関節技で軽くロックし、床に強制的に正座させた。
「お前の『無自覚な善意』は、時に武力侵略よりもタチが悪い。罰として、お前には一週間の『便所清掃』と『コンプライアンス研修文書百回書き取り』を命ずる」
「うわぁぁぁんっ! また優太様にお説教されちゃいましたわーっ! ……でも、こんなに厳しくされるの、嫌いじゃありませんわ♡」
正座させられながらも、なぜか頬を赤らめて身悶えするエルフの次期女王。
もはや何を言っても彼女の「お母様(保護者)への依存度」を高めるだけのような気がして、優太は深い疲労感と共に溜め息を吐いた。
「キャルル、お前もだ」
「えっ? 私、優太君を助けたのに!?」
「助けてくれたことには感謝する。だが、オーバーキルだ。ポポロキンの窓ガラスと壁の修繕費は、お前の村長手当から天引きさせてもらう」
「そんなぁぁぁっ!?」
結局、シェアハウスの住人たちはそれぞれの暴走の代償を払うことになった。
だが、この程度のドタバタは、翌日にポポロ村へ届くことになる『本当の絶望(純金)』に比べれば、まだ可愛い小競り合いに過ぎなかった。
平和なドリンクバー空間の裏で、世界樹という名の過保護なシステムが、ポポロ村の経済を完全に破壊する準備を整えていたのである。
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