EP 4
『ポポロキン』の開店と、ドリンクバーの秩序
その日の午後、村長宅の離れには、今までポポロ村で一度も聞いたことのない電子音——『ピンポンッ、ピンポンッ』というチャイムの音が響き渡っていた。
優太は額に汗を浮かべながら、最後の『地球ショッピング』で購入した業務用パーツを電動ドライバーで締め上げる。目の前には、十種類以上のシロップサーバーと、炭酸水生成器、そして業務用冷蔵庫が鎮座していた。
「……構築完了だ。名付けて『ポポロキン』。ルナミス王国のファミレス空間を模した、ドリンクバー併設型コミュニティスペースだ」
優太が最後に『ドリンクバー飲み放題・利用料は時間制』という手書きのメニュー表を貼り付けると、離れのドアが勢いよく開いた。
「「「わぁぁぁぁっ!!」」」
突撃してきたのは、ルナ、リーザ、そしてキャルルの三人だった。
三人は設置されたドリンクバーのサーバーの前に殺到し、手当たり次第にボタンを押してグラスにカラフルな液体を注ぎ始める。
「メロンソーダ! これ、ルナミス王国の貴族も滅多に飲めない緑の宝石ですわ!」
「キャルルちゃん! 炭酸の泡が鼻に抜ける感覚、たまりませんわね!」
「あら、このオレンジジュース、さっき私が生成したものよりずっと甘いですわ♡」
リーザ、ルナ、キャルルの三人が、ドリンクバーの周囲でキャッキャウフフと大騒ぎを始める。
先ほどまで「パチンコ不正計画」だの「臓器売買の相談」だので優太の胃壁を削っていた三人が、今は炭酸水とシロップの魔法に完全に夢中になっていた。
(……これで、当分は市場介入や人体解剖の計画からは目が逸れるだろう)
優太は冷徹な戦術指揮官としての思考を巡らせながら、三人を見守る。
この『ポポロキン』は、単なる遊び場ではない。彼女たちの「有り余るエネルギー(とコンプライアンス違反の衝動)」を、ドリンクバーという閉鎖された安全領域で12時間拘束するための『防衛設備』だ。
「さあ、お嬢様方。ルールを守って利用しろよ」
優太は冷え切ったアイスコーヒーを自分のグラスに注ぎ、三人の前に厳かに『利用規約』と書かれた羊皮紙を叩きつけた。
「利用料は一時間につき銀貨一枚だ。ただし、飲み残し禁止、大声での騒乱禁止、そして何より——『ここでの会話を村外へ持ち出さないこと』」
「えぇ〜、優太様、堅苦しいですわぁ。ルナミスにいた頃は、こんな制限なんてありませんでしたのに♡」
「ここはルナミスではない。コンプライアンスが死んだ世界ではないんだよ、ルナ」
優太は冷酷な笑みを浮かべる。
「飲み放題だからといって、サーバーをいじくり回して『メロンソーダの原液』を取り出そうとするなよ? それは機械の故障を招く。それからリーザ、お前もだ。その手元の空き缶を、隣の席のルナのグラスに入れようとするな。異物混入は立派な刑法違反だ」
「うぐっ……バレていましたの?」
「全部見ている」
優太の鋭い視線に、リーザが「ひぃっ!」と背筋を伸ばす。
この『ポポロキン』は、優太にとっての『インテリヤクザ的監視下』にある平和な談笑会場(という名の尋問・抑止空間)だったのだ。
数時間後。
ドリンクバーを制覇した三人は、すっかり寛ぎきっていた。
キャルルは特注の安全靴を脱ぎ捨て、足を椅子に投げ出してファッション誌を読み、リーザは持参したパンの耳をコーラに浸して食べながら、人生の悲哀を語っている。
「……あの時、パチンコ屋の店員に追いかけられて、路地裏で食べた冷めたコロッケの味、一生忘れませんわ。それと比べれば、今こうして優太様に怒られながらコーラを飲める生活……贅沢ですわねぇ……っ」
「リーザちゃん、辛い時は私がお話しを聞きますわよ。……さっきの続きですけれど、エルフの里の長老様がね、朝から晩まで『種を植えろ』って説教してくるんですの。あぁ、なんて素晴らしい苦痛なのかしら……」
ルナが目を潤ませながら、自分のエルフの里の苦悩を語り始める。
それを聞いて、キャルルが「ルナちゃん、わかる。私も近衛騎士隊長候補の重圧に押し潰されそうな時、お姉様から『期待しているわよ(圧)』って視線を向けられるのが一番のエネルギー源だったもん」と深く頷く。
(……なんだ、この異様な女子会は)
離れの隅で読書をしていた優太は、耳に入ってくる内容の濃すぎるガールズトークに、思わずコンバットグラスを拭いた。
ルナミス帝国での生活の愚痴、パチンコのVゾーン攻略法、そしてエルフの長老のパワハラ。
彼女たちの言葉の端々から、現代日本を彷彿とさせるような「世知辛い現代社会の闇」がチラリと顔を出す。
「優太君も、そんなところで本を読んでないで、こっちに来ればいいのに!」
キャルルが手招きする。
「私たちがどんな話をしていたか気になるでしょう? えへへ、女子の秘密だよ?」
キャルルの目が、妖しく、少しだけ危険な光を帯びて揺れた。
その瞳に、優太の姿が鏡のように映り込む。
「……聞かなくても、おおよそ想像はつく。お前たちの会話のベクトルは、常に生存本能と、それに対する歪んだ愛着に向けられているからな」
「うふふ、優太君ったら、全部お見通しですわね!」
ルナが優雅に、だが空恐ろしいほどの笑顔で立ち上がる。
「でしたら、優太様もこちらへ。この炭酸水で『ルナミス・ハイボール』を作りましたの。これ、とっても美味しいんですのよ? ……あ、安心してくださいな。今回は本当にただのアルコールと炭酸水ですわ。魔法は一切入っておりません」
ルナが差し出したグラスには、琥珀色の液体が揺れている。
優太は一瞬、ためらった。
だが、この村の防衛指揮官として、彼女たちとのコミュニケーションを拒絶することは、防衛戦略上の『ミス』に繋がる。
「……わかった。一杯だけだ」
優太がグラスを受け取り、口に運ぶ。
シュワッとした爽快感と共に、芳醇なアルコールの香りが鼻腔をくすぐった。
ルナが生成した特注の氷が、グラスの中でカランと音を立てて溶けていく。
「ふむ。悪くない味だ」
「あら、喜んでいただけて光栄ですわ!」
優太がグラスを置くと、リーザが「優太様が飲んだなら、私も飲みたいですわ!」と騒ぎ出し、キャルルが「飲みすぎたら、後でお仕置きだよ?」と釘を刺す。
平和な、そして狂気の渦巻く『ポポロキン』の日常。
だが、優太の胸の奥には、変わらぬ冷酷な戦術的警戒心が居座り続けていた。
この甘い休息の裏側で、この村を狙う者たちが着々と『次の一手』を準備していることを、彼は誰よりも深く理解していたからだ。
「……明日も忙しくなりそうだ」
優太は一人、空になったグラスを見つめながら、夜の闇に備えて静かに刃を研ぎ直す準備を整えていた。
ポポロ村の黄金時代は、まだ始まったばかり。
エルフの善意と、人魚の強欲が混ざり合うこのカオスなシェアハウスは、いずれ世界を揺るがす特異点へと進化していくのだから。
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