EP 9
凱旋のポポロ村と、黄金のタレがもたらす熱狂BBQ
夕暮れ時。茜色に染まる空の下、ポポロ村の広場は異様な熱気と歓声に包まれていた。
「おおおっ! 帰ってきたドス! 村長たちと、優太先生ドス!」
ちゃんこ屋『土雷亭』の店主ダストンが、太い腕を振り上げて声を上げる。
森への立ち入り禁止令が出され、不安な一日を過ごしていた村人たちや自警団の面々が、広場にどっと押し寄せた。
彼らの視線の先には、先頭を歩く中村優太とキャルル、そして、百キロを優に超える巨大な『ライオンのブロック肉』を軽々と担ぎ上げ、ドヤ顔で闊歩する竜人族・イグニスの姿があった。
「ガハハハ! 見ろお前ら! 畑を荒らしたキマイラとかいうバケモンは、この俺様と自警団の活躍で、見事に極上のステーキ肉に変わったぜェェッ!」
「イグニス、調子に乗らないでください。一番活躍したのは解剖学の弱点を教えてくれた優太さんと、バフをかけてくれたリーザちゃんです。貴方は最初、毒を吸って白目を剥いて倒れていたじゃありませんか」
キャルルがジト目でツッコミを入れるが、村人たちの歓声は止まらない。
「すげぇ! マジでキマイラを討伐したのか!」
「優太先生、怪我人は!?」
「全員無傷だ。感染症のリスクもない」
優太はアメスピを咥えたまま、担いでいた巨大な段ボール箱を広場の中央にドンッと置いた。
「村への被害を未然に防げた祝いだ。今日は俺の奢りで、このライオン肉を使った野外BBQパーティーを開く」
「「「うおおおおぉぉぉッ!!」」」
村の男たちのテンションが最高潮に達する。
娯楽の少ないこの異世界において、広場での大宴会、しかも高級食材であるライオン肉のタダ食いとなれば、熱狂しないはずがない。
「よし、イグニス。肉をそこのテーブルに置け。リーザ、お前は清掃係のスキルを活かして、テーブル周りの除菌と皿の準備だ」
「お任せくださいませ! 衛生管理は完璧にこなしますの!」
芋ジャージ姿のリーザが、アルコールスプレーを片手に目にも留まらぬ速さでテーブルを拭き上げていく。
優太は段ボール箱を開封し、地球の最高級アウトドアブランドが誇る『大型ステンレスBBQグリルコンロ』をあっという間に組み立てた。
さらに、箱の中から真っ黒な炭の束を取り出す。
「優太さん、それは炭ですか? なんだか、普通の木炭よりも硬くて重そうですが……」
キャルルが不思議そうに覗き込む。
「備長炭だ。地球の職人がウバメガシを高温で焼き上げた最高級品だよ。火がつくまで少し時間がかかるが、着火すれば煙が少なく、安定した超高温の『遠赤外線』を長時間放出し続ける。肉の表面を素早く焼き固め、中に極上の肉汁を閉じ込める魔法の炭だ」
「魔法の炭……! なんだか凄そうです!」
「イグニス、着火剤は使わない。お前のブレスで火を起こせ。ただし、絶対に『極小の火力』だ。息を吹きかけるように、チョロチョロと出せ。コンロごと溶かしたら今日の肉はお預けだぞ」
「お、おう! 任せとけ。竜のブレスの繊細なコントロールを見せてやるぜ!」
イグニスが慎重に、フゥーッと細い炎を吐き出す。備長炭がパチパチと心地よい音を立てて赤く熾り始めた。
火の準備が整うと、優太はまな板の上にライオンのブロック肉をドスンと乗せた。
「ここからは、医官(俺)の執刀だ。お前らは見ていろ」
優太は、無双薙刀流で鍛え上げられた精密な身体操作と、地球の医学書で叩き込んだ『解剖学』の知識をフル動員した。
「……肉をただ適当にぶつ切りにすれば、加熱した時に筋繊維が縮んで硬くなる。咀嚼に無駄なカロリーを使わせないためには、筋肉の繊維の走行を正確に『視る』必要がある」
サクッ、サクッ、サクッ。
優太の包丁が、流れるような芸術的な軌道を描く。
彼は肉の目(筋繊維の方向)を瞬時に見極め、その繊維に対して『垂直』に刃を入れ、ミリ単位の均一な厚さにスライスしていく。関節周りの硬い筋膜は丁寧に取り除き、赤身と脂肪のバランスが最も良い部位だけを厳選して切り出していった。
「す、すげぇ……。あの硬そうなライオンの肉が、まるで高級な絹みたいに切り揃えられていくドス……」
見学していたダストンが、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「よし、準備完了だ」
優太はスライスした肉を大皿に山盛りにし、グリルコンロの網の上に並べていった。
ジュウゥゥゥゥゥッ!!
備長炭の超高温の遠赤外線が肉の表面を一瞬で焼き上げ、ライオン肉の野性味あふれる香ばしい脂の匂いが広場に爆発する。
「うおおおおっ! いい匂いだぜェェッ!」
イグニスが待ちきれずに地団駄を踏む。
「慌てるな。まだだ」
優太は肉の表面に美味しそうな焼き色がついた絶妙なタイミングで肉を裏返し、そして――地球ショッピングで引き当てた、あの『黄金のボトル』を取り出した。
「地球の英知の結晶。ニンニク、醤油、ごま油、そしてフルーツのピューレが完璧な比率で配合された『焼肉のタレ』だ」
優太は小皿にタレを注ぎ、こんがりと焼き上がったライオン肉を一枚、そのタレにたっぷりと潜らせた。
黄金色のタレを纏い、キラキラと輝く極上の肉。
それを、まずは一番の功労者であるキャルルの皿に置いた。
「食ってみろ」
「い、いただきます……!」
キャルルは箸で肉を掴み、ふーふーと少し冷ましてから、口へと運んだ。
「――っ!?」
キャルルのウサギの耳が、ビーン!と真っ直ぐに天を突いた。
瞳孔が開き、全身に衝撃が走る。
「お、おいしい……! なんですかこれ!? お肉の繊維がほどけるように柔らかくて、噛むたびにジュワッと肉汁が溢れて……! それに、この『タレ』!」
キャルルは感極まった声で叫んだ。
「お醤油の香ばしさと、ニンニクのガツンとした刺激! なのに、奥の方から果物のような優しい甘みが追いかけてきて、強烈な旨味が口の中で大爆発を起こしています! こんなの、いくらでも無限に食べられちゃいますよォォッ!」
「ガハハハ! 俺様も食うぜェェッ!」
イグニスが箸ではなく手掴みで肉をタレに放り込み、そのまま口へ放り投げる。
「うめぇぇぇっ!! なんだこのパンチの効いた味は! 俺様が都会の炊き出しで食ってたシープピッグの端肉なんて、ただの泥水だったじゃねぇか! これだ! この暴力的な旨味が、俺様の竜の魂を震わせるんだぜェェッ!」
「私にも! アイドルにも一枚くださる!?」
リーザも芋ジャージの袖を汚す勢いで肉に食らいつく。
「んんん〜っ♡ 美味しいですわ! 五円玉を何万枚集めても買えない、至高の味ですの! このタレの甘みとニンニクの刺激……脳から直接、幸せのホルモンが分泌されているのが分かりますわ!」
三人のあまりのリアクションに、周囲の村人たちも我慢の限界を迎えた。
「せ、先生! 俺たちにも食わせてくれ!」
「わしもじゃ! その黄金のタレとやらを味見させてくれ!」
「慌てるな。肉は百キロある。タレも業務用ボトルだ。並んで順番に受け取れ」
優太は冷静に肉を焼き続け、次々とタレを潜らせては村人たちの皿に配給していく。
「ヒャッハー! 焼肉最高ドスーッ!」
「うおォォッ! このタレがあれば、太陽芋の葉っぱでも美味く食えそうだぜ!」
ポポロ村の広場は、地球の『焼肉のタレ』がもたらす暴力的な旨味の前に、完全に陥落した。
ルナミス帝国やアバロン魔皇国の非番の兵士たちも匂いにつられて集まり、イモッカやサケスキーの酒瓶を片手に、種族や国境の垣根を越えた大熱狂の宴会が始まった。
「いやはや、流石は優太殿。私の論破・説法ゲームよりも、このタレの説得力の方が上のようだな」
ポーンの突然変異体・ネギオが、ポポロシガーを吹かしながら優太の隣にやってきた。
彼のネギカリバー(無限に伸びるネギ)の先端にも、しっかりと焼肉のタレがつけられ、美味しそうに齧られている。
「美味い飯は、最高のメンタルケアであり、最強の外交ツールだからな。胃袋が満たされれば、無駄な争いも起きない」
優太は肉をひっくり返しながら、アメスピの煙を細く吐き出した。
その背後では、すっかりお腹を満たしたリーザが、みかん箱の上でマイクを握りしめていた。
キマイラ戦の時のように、無理やりファンの時間を奪う『強欲の魔力』は込めていない。今の彼女は、美味しいお肉への感謝と、村の仲間たちを笑顔にするための純粋な『ファンサービス』として歌っていた。
「さぁ、ポポロ村の皆様! 今夜は朝まで盛り上がりますわよ! 一緒に歌いましょう、『ハゲたぬきのポンポコ節』!!」
「「「おおおおおッ!!」」」
「♪た、た、たぬきのお腹は ポンポコポンポン!」
兵士たちやドワーフのおじさんたちが、ジョッキを片手に合いの手を打つ。
「リーザちゃん、こっちの肉も焼けたぞ! 食いな!」
「あちらのテーブルから、特大のソーセージの差し入れですわー!」
魔力で強制集金しなくても、リーザの純粋なパフォーマンスと愛嬌に対して、村人たちから次々と『美味しいお肉(正当なスパチャ)』が差し入れられていく。
リーザは満面の笑顔でそれを受け取り、芋ジャージを汚しながら幸せそうに頬張っていた。
「……よかったですね、リーザちゃん」
キャルルがその様子を見て、優しく微笑んだ。
「優太さんが無理やりお給料(銀貨)を渡して、働くことの本当の意味を教えたおかげで……彼女、少しずつ『奪う』アイドルから、『与える』アイドルに成長しているみたいです」
「俺は公衆衛生のために日給を払っただけだ。あいつが勝手に学んだんだろ」
優太はそっけなく返しつつも、その眼差しはどこか柔らかかった。
「ぐごォォォ……ムニャムニャ……焼肉、最高だぜ……」
網の端っこでは、限界までライオン肉を食い尽くしたイグニスが、幸せそうな顔で大の字になって爆睡している。二百キロの巨体が満腹で膨れ上がり、もはやピクリとも動かない。
「おい、こんな所で寝たら風邪を引くぞ。……まぁいいか。今日はよく働いた」
優太はイグニスの巨体に、リュックに入っていたレスキュー用の保温シートを無造作に被せてやった。
『――ピロリン♪』
優太の脳内に、静かなシステム音が鳴る。
『共同体の結束強化、および心身の完全な疲労回復(月下の宴)を確認しました。善行ポイント【+500 P】を獲得。カルマ(運命力)が、穏やかな夜を祝福しています』
夜が更けていく。
熱狂のBBQパーティーは、少しずつそのピークを過ぎ、満腹になった者から一人、また一人と心地よい眠気やほろ酔いのまどろみへと落ちていく。
「さて、網の火を落とすか」
優太が備長炭の火力を調整しようとトングを手に取った、その時だった。
「優太さん。お疲れ様です」
キャルルが、二つのお皿を手にして、優太の隣にちょこんと座り込んだ。
夜空には、煌々(こうこう)と輝くルナミス大陸の満月が、ポポロ村を優しく照らし出していた。
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