EP 8
勝利の解体作業と、食の安全確認
ズシンッ……!
ポポロの森を揺るがす重い地響きと共に、不気味な合成獣が完全に沈黙した。
キャルルの必殺『流星脚』によって第7頸椎を粉砕され、中枢神経を断たれた巨体は、もはやピクリとも動かない。
『だから、何処までもついて来てね♡ (一生ついていくよー!!)』
同時に、みかん箱の上で熱唱していたリーザのライブもフィナーレを迎えた。
彼女の強欲な魔力が生み出した黄金の紙吹雪が、木漏れ日にキラキラと反射しながら森の地面へと降り注ぐ。
「……終わったな」
優太はガスマスクを外し、短く息を吐いた。
「や、やりましたわ……! アイドルの、完全勝利ですの……!」
みかん箱の上でビシッと決めポーズをとっていたリーザだったが、その数秒後。
「あ、あれ……? 急に、お腹が……」
グラリ、とリーザの身体が傾いた。
本気のバフ魔力(強欲)を放出した代償。それは、術者自身の極限のカロリー消費と飢餓状態の急激な進行である。
「もう……パンの耳すら、噛む力が……」
白目を剥いて、みかん箱からスローモーションのように崩れ落ちるリーザ。
「お、俺様もだ……。急に腕が鉛みたいに重く……」
「ぜぇ……っ、ぜぇ……っ。足が、ガクガクします……」
リーザの歌でリミッターを解除され、限界を超えた闘気を振り絞ったイグニスとキャルルも、糸が切れたマリオネットのようにその場にへたり込んだ。アドレナリンの過剰分泌による反動である。
「……お前ら、学習能力がないのか」
優太は呆れ顔で歩み寄りながら、タクティカルリュックから素早く三つのパウチを取り出した。
地球のスポーツ選手が愛用する、即効性の『エネルギーゼリー(アミノ酸&ブドウ糖高配合)』である。
「ほら、飲め。筋肉の分解を防ぐためのBCAAと、枯渇したグリコーゲンを補充する糖質だ。胃腸に負担をかけずに五分で血中に吸収される」
優太は倒れている三人の口に、次々とゼリーの吸い口を突っ込んだ。
「んぐっ、んぐっ……! あぁぁ……甘くて冷たいゼリーが、細胞に染み渡りますわ……!」
「うおおっ、マジで一瞬で力が戻ってくるぜ! さすが優太のクスリだ!」
ゼリーを飲み干した三人は、驚異的な回復力(と地球のサプリメントの力)で、なんとか自力で立ち上がれるまでになった。
「よし、動けるな。怪我がないなら、ここからは事後処理だ」
優太はそう言うと、巨大なキマイラの死骸へと向き直った。
「おおっ! そういやコイツ、獅子の肉じゃねぇか!」
イグニスがヨダレを拭いながら、キマイラのライオン部分の胴体を指差した。
「ライオンの肉ってのは、獣人族や竜人族の間じゃ極上のステーキ肉として有名なんだぜ! こんだけデカけりゃ、村の全員で食っても余る! さっそく俺様が斧で解体して――」
「やめろ、馬鹿野郎」
優太が鋭い声で制止し、イグニスの前に立ちはだかった。
「お前は、さっきこいつの尻尾が吐き出した『紫色の毒霧』と、俺たちが見た『強酸の胃液』を忘れたのか?」
「えっ? いや、でも肉はライオンの部分だし……」
「ここは解剖学の授業会場だ、よく聞け」
優太はタクティカルリュックから『ニトリルゴム製・耐薬品グローブ』を取り出し、両手にはめた。さらに、医療用のメスとピンセットを構える。
「こいつは複数の動物が強引に融合させられた合成獣だ。血管やリンパ管がどう繋がっているか分からない。もしお前がデカい斧で無闇にぶった斬れば、蛇の毒腺や山羊の胃袋が破裂し、その毒素と強酸が『ライオンの肉(可食部)』に一瞬で混ざり込む。そんな汚染肉を食えば、村中が多臓器不全で全滅だぞ」
「ひぃぃぃっ!」
イグニスが両手斧を放り出して後ずさった。
「た、食べる前に死ぬのは御免ですわ……!」
リーザも芋ジャージの襟を握りしめて青ざめる。
「だから、俺が『外科手術』で安全な部位だけを切り出す。お前らは下がっていろ」
優太はそう宣言すると、キマイラの死骸にメスを当てた。
「キャルル、お前の蹴りは完璧だった」
優太は解剖を進めながら、後ろに控える月兎族の村長に声をかけた。
「第7頸椎の一点だけを正確に粉砕してくれたおかげで、内臓器官への衝撃が最小限で済んでいる。胃袋も毒腺も破裂していない。見事なストライクだ」
「ゆ、優太さん……っ!」
キャルルのウサギの耳がピンと立ち、顔がパッと明るくなる。優太から(戦術的な意味で)褒められたことが嬉しくてたまらないのだ。
「ふむ……やはりな」
優太はメスを滑らせ、キマイラの『山羊の胴体』と『大蛇の尻尾』の接続部分を開いた。
「大蛇の毒腺が、山羊の副交感神経とリンパ節にバイパスで繋がっている。斧で斬っていたら、確実に肉が毒で汚染されていたな」
優太の指先は、まるで熟練の執刀医のように迷いがなかった。
無双薙刀流で培われた精密な身体操作と、地球の医学書で叩き込んだ解剖学の知識。彼は有毒な『蛇の毒腺』と、強酸を溜め込んだ『山羊の胃袋』の周囲の血管を丁寧に結紮し、周囲の肉を傷つけることなく、それらの『バイオハザード部位』を丸ごと綺麗に取り出した。
「よし、これで汚染源の摘出は完了だ」
優太は危険な臓器を、地球ショッピングで取り寄せていた頑丈な『医療用廃棄物ボックス』に封入した。
「残ったライオンの胴体と、山羊の後ろ脚の筋肉は安全だ。サシ(脂肪)の入り方も悪くない。極上の特上肉だな」
優太が安全宣言を出すと、イグニスとリーザが「うおおおっ!」と歓声を上げた。
「さて、次は環境保全だ」
優太は立ち上がり、危険物ボックスに入れた毒腺と胃袋を指差した。
「これらを森に放置すれば、土壌が強酸と猛毒で汚染され、地下水脈を通じてポポロ村の井戸水に被害が及ぶ可能性がある。完全に焼却処分する」
優太はイグニスを振り返った。
「おい、イグニス。お前の出番だ。炎の温度を限界まで上げて、この危険部位を細胞一つ残さず『灰』にしろ。絶対に生焼けにするなよ」
「ガハハ! 任せとけ優太! 俺様の【大火炎】で、エコでクリーンな焼却炉になってやるぜェェッ!」
イグニスが大きく息を吸い込み、青白い極大の炎をボックスに向けて放射した。
ゴォォォォォォォッ!!
数千度の炎が、強酸の胃袋も猛毒の毒腺も、一瞬にして無害な炭素の灰へと還元していく。周囲の土壌には一切の汚染を残さない、完璧な『医療廃棄物の焼却処理』であった。
その瞬間。
『――ピロリン♪』
優太の脳内に、これまでにないほど澄み切った、そして大音量のファンファーレが鳴り響いた。
『未知の生物災害の未然防止、食の安全確保、および水源・土壌汚染を防ぐ完璧な環境保全(SDGs)を確認しました。善行ポイント【+1500 P】を大獲得! カルマ(運命力)が神の領域に達しています!』
(……なんだこのポイントの跳ね上がり方は。俺はただ、村の公衆衛生と腹を下さないための処理をしただけだが)
優太は内心で首を傾げたが、これだけポイントが貯まったなら使わない手はない。
「みんな、よく頑張ったな。俺のカレーの具材(人参)は食われてしまったが、極上の肉が手に入った。ならば、やることは一つだ」
優太はポケットの中でアメスピを弄びながら、スキル【地球ショッピング】を全力で起動した。
「ポイント全解放。15連ガチャだ」
空間が大きく歪み、森の広場に次々と巨大な段ボール箱が出現した。
「な、なんですのこれ!?」
リーザが目を丸くする。
優太が箱を開封すると、中から出てきたのは――
地球のアウトドアブランドが誇る、最高級の『大型ステンレスBBQグリルコンロ』。
煙が少なく長時間安定した火力を保つ『備長炭』の箱。
人数分の折りたたみ式アウトドアチェア。
そして、極めつけは。
「地球の英知の結晶。最強の調味料『焼肉のタレ(黄金のニンニク醤油味)』だ」
優太が取り出した黄金色のラベルのボトル。その中に詰まっているのは、醤油、ニンニク、ごま油、そしてフルーツのピューレが絶妙なバランスで配合された、異世界には存在しない『旨味の暴力』であった。
「や、焼肉のタレ……?」
キャルルが不思議そうに首を傾げる。
「塩と胡椒だけでも美味いが、疲労した身体にはニンニクと糖分、そしてアミノ酸がガツンと効く濃い味付けが必要だ。こいつを焼きたての肉に絡めれば、どんな疲れも一瞬で吹き飛ぶぞ」
優太の言葉に、イグニスとリーザの喉が同時に「ゴクリ」と大きく鳴った。
「決まりですね!」
キャルルがウサギの耳をピンと立て、満面の笑顔で叫んだ。
「優太さん、早くポポロ村に帰りましょう! みんなで、キマイラ討伐の勝利の宴……BBQパーティーですっ!」
「ああ。重い肉の運搬は、イグニス、お前に任せるぞ」
「おう! 任せとけ! 焼肉のために俺様は百キロでも背負って走るぜェェッ!」
夕暮れが迫るポポロの森。
人参の怨みから始まったドタバタの討伐作戦は、優太の『打算なき解剖学と公衆衛生』によって、最高の食材とBBQセットを手に入れるという大勝利の結末を迎えた。
彼らは重い肉を担ぎ、笑い合いながら、温かい光の待つポポロ村へと帰還の途についた。
空には、うっすらと大きな満月が顔を出し始めていた。
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