EP 3
錬金術と、羽根パチの夢
臓器売買という最悪のコンプライアンス違反を未然に防ぎ、ポポロ村の医療倫理が守られた翌日。
村の防壁の影に隠れるようにして、特売の芋ジャージを着た人魚姫・リーザと、純白のドレスに身を包んだエルフ・ルナが、何やらコソコソと密談を交わしていた。
「……というわけで、優太様に怒られてしまったので、内臓を売るのは諦めるしかありませんわ」
「そうですわね……せっかくの無限錬金術だと思いましたのに、優太さん、あんなに怖い顔で怒るなんて。でも、お陰で今日もお腹がペコペコですの」
リーザが「きゅるるっ」と腹の虫を鳴らしながら、地面の雑草を虚ろな目で引き抜いている。
そんなリーザを可哀想に思ったルナが、ふと足元の小石を拾い上げた。
「リーザちゃん。内臓が駄目なら、これはどうかしら?」
ルナが小石を両手で包み込み、ふうっと息を吹きかける。
すると、ただの薄汚れた石ころが、眩い黄金の光を放ち始め、一瞬にして『ルナミス帝国の金貨』へと姿を変えたのだ。
「えっ……!?」
リーザが金貨をひったくり、ガチッと歯で噛んで確かめる。
硬さ、重さ、そして刻印に至るまで、本物の金貨と全く見分けがつかない。
「ル、ルナちゃん!? あなた、石を金貨に変えられますの!? これがあれば、臓器なんか売らなくても大金持ちじゃありませんかーッ!!」
「ふふっ、喜んでいただけて良かったですわ。でもこれ、ちょっとした『お遊び』の魔法ですから、三日経つと元の石ころに戻ってしまいますのよ?」
「えっ……三日で石に?」
リーザの顔からサッと血の気が引いた。
偽金と気づかずにパンやお肉を買えば、その場はやり過ごせるだろう。だが、三日後に金庫の中の金貨が石ころに変わっているのを見た商人は激怒し、確実に詐欺罪でポポロ村にルナミス帝国の憲兵が雪崩れ込んでくる。
優太がまた鬼のような顔で説教してくる図が、容易に想像できた。
「駄目ですわ……この偽金で直接お買い物をしたら、足がつきますの。優太さんに、今度こそマグローザ漁船に売られてしまいますわ……っ」
だが、ルナミスデパートの試食コーナーとパチンコ屋の床で泥水をすすってきた極貧サバイバーの脳細胞は、ここからが異常に早かった。
「……待って? 三日で石に戻る? なら、戻る前に『本物の金貨』に変換してしまえばいいのでは……?」
リーザの瞳に、再び強欲の炎がドス黒く燃え上がった。
彼女はルナの肩をガシッと掴み、興奮気味に鼻息を荒くする。
「ルナちゃん! ルナミス帝国の歓楽街にある『ルナミスパーラー』を知っていますわね!?」
「ええ、確か……ピカピカ光る台の前に、大人の人がたくさん座っている不思議な建物ですわよね?」
「そうですわ! そこの人気台『CR異世界転生トラックでドン!』の、羽根パチコーナーを狙いますの!」
リーザは地面に木の枝でパチンコ台の図を描きながら、熱弁を振るう。
「いいですか? この偽の金貨で、まずは銀玉を大量に借ります。そして、銀玉を弾いて、この台の中央にある『V』のマーク……Vゾーンに玉を入れれば、大当たりして本物の銀玉がドバーッと出ますの!」
「まあ! そのVゾーンに玉を入れればいいんですのね?」
「通常は釘に弾かれてなかなか入りませんわ。でも……ルナちゃんの『念動力(魔法)』で風を操り、銀玉の軌道を強引に捻じ曲げて、Vゾーンにねじ込めば……!」
リーザの狂った作戦(ゴト行為)の全貌。
偽金で遊技権(銀玉)を買い、魔法を使った不正行為で大当たりを出し、それを景品交換所で『本物の金貨』にロンダリングする。
パチンコ屋の店員が三日後に「あれ? 売上金が石になってる?」と気づいた頃には、二人は本物の金貨を抱えて高飛びしているという、完璧なクズの犯罪計画だった。
「おおお! 私、天才ですわ! あの台、激アツ演出で『ガオガオン』が出れば確変確定ですけど、外れ演出の『ルチアナのコタツ部屋』が出たら最悪なんですの! でも魔法でVゾーンを直接狙えば、そんな演出関係なしに稼ぎ放題ですわーッ!!」
「ふふっ、リーザちゃんの力になれるなら、私、いくらでも風を操りますわ♡」
悪意ゼロの笑顔で、重犯罪の共犯を承諾する次期女王。
リーザが「これで毎日和牛ステーキですわーッ!」と両手を高く突き上げた、その瞬間。
「——月影流・峰打ち」
ドンッ!!
「あぶべッ!?」
リーザの後頭部に、凄まじい速度で叩き込まれた木製のダブルトンファー。
カエルのような悲鳴を上げて、強欲な人魚姫は白目を剥いて地面に突っ伏した。
「あーあ。リーザちゃん、また悪いこと考えてる。優太君の村で、そういうルール違反は『死刑』だって言ったよね?」
倒れたリーザを見下ろしていたのは、特注の安全靴を履いた月兎族の村長・キャルルだった。
そのルビー色の瞳には、一切の光が宿っていない。底知れぬヤンデレの圧を放ちながら、トンファーをクルクルと回している。
「あら、キャルルちゃん? どうしたんですの?」
「ルナちゃんも駄目だよ。そういう魔法は、市場を混乱させるから禁止って、優太君に言われなかった?」
キャルルが静かに諭していると、その背後から、アメリカンスピリットの煙をくゆらせた優太がゆっくりと歩み出てきた。
優太の表情は、医療倫理の時以上に冷たく、極寒の軍医というよりは、完全に『冷酷なインテリヤクザ』のそれだった。
「……偽造通貨の行使、ならびに魔法を用いた遊技場での組織的詐欺行為。……リーザの奴、見事なマネーロンダリングの計画を立てたものだ。パチンコ屋の床で銀玉を拾っていた経験が、こんな形で活きるとはな」
優太は気絶しているリーザのポケットから、ルナが生成した『偽の金貨』をすべて没収し、コンバットグラスの奥で鋭く目を細めた。
「だが、通貨偽造は国家の根幹を揺るがす重大犯罪だ。ルナミス帝国の法律では、偽金の製造および行使は『国家転覆罪』に該当し、一発で極刑(死刑)になる」
「こっか、てんぷく……?」
ルナが首を傾げる。
優太はシガレットの灰を落とし、冷徹に言葉を続けた。
「いいか、ルナ。国家というものは『市場の信用』で成り立っている。誰かが石ころを金貨に変えて使い始めれば、金貨そのものの価値が下がり、ハイパーインフレが起きる。それは武力で国を滅ぼすよりも、はるかに残酷で広範囲に被害を及ぼす行為だ」
「……インフレ、ですか。ごめんなさい、私、また優太様に怒られるようなことをしてしまったのですね」
ルナがシュンとしてうつむく。
だが、その表情にはどこか『反省』というよりも、「またお母様(優太)に叱られちゃった♡」という妙な喜びが滲み出ているのを、優太は見逃さなかった。
(……やはり、根本的に現代のコンプライアンスという概念が欠落している。放っておけば、無自覚な善意で国を一つ二つ滅ぼしかねないぞ)
優太は深い溜め息を吐き、気絶しているリーザの首根っこを掴んで持ち上げた。
「キャルル、この二人には少し『ガス抜き』が必要だ。ルナミス帝国時代の、あの退廃的なノリが抜けていないらしい」
「優太君? ガス抜きって、どうするの?」
「この村に、奴らを合法的に閉じ込めて、無害化する『隔離施設』を作る」
優太の冷酷な戦術眼が、新たな防衛策を導き出した。
歩くコンプラ違反エルフと、強欲な極貧人魚。
彼女たちの異常なエネルギーを外に向けず、安全に消費させるための、地球の文化を極限まで詰め込んだ『魔の空間』の構築。
ポポロ村の村長宅の離れに、恐るべきシェアハウス女子会会場が誕生しようとしていた。




