第三章 歩くコンプラ違反エルフの来訪と、ポポロ村シェアハウス化計画
エルフの善意と、暴落する果実市場
ルナミス帝国の悪徳商人を法と契約で縛り上げ、ポポロ村が真の『経済的独立』を果たしてから数週間。
村には穏やかな秋の風が吹き抜け、狂気の変異農作物たちも順調に育ち、平和そのものの日々が続いていた。
村長宅の縁側では、特売の芋ジャージを着た人魚姫・リーザと、村長の月兎族・キャルルが、温かい陽薬茶をすすりながら遠い目をして空を見上げていた。
「はぁ……平和ですわね、キャルル。でも、なんだか物足りませんわ。ルナミス帝国にいた頃の、あの『ルナキン』のドリンクバーが恋しいですの」
「わかるよ、リーザちゃん。朝定食を食べてから、メロンソーダとブレンドコーヒーを無限におかわりして、十二時間ぶっ通しで女子会するあの退廃的な時間……。優太君のご飯も最高だけど、たまにはああいうジャンクな空間でダラダラしたいよね」
元シェアハウス同盟の二人が、ファミレスのドリンクバーという現代的すぎる郷愁に浸っていると、背後の障子がスパンッと開いた。
「お前ら、ニートみたいな会話をしてないで働け。午後のパトロールの時間だぞ」
コンバットグラスを額に乗せた優太が、呆れたように言い放つ。
彼の手には、地球の無洗米で作った完璧な塩加減の塩むすびと、出汁の効いたトライバードの卵焼きが乗ったお盆が握られていた。
「わぁっ! 優太君のおむすび! 働く! これ食べたら私、マッハで村を三周してくるね!」
「きゅるるるっ! 炭水化物とタンパク質の黄金コンビですわーっ!」
文句を言いながらも二人がおむすびに飛びついた、その時だった。
「優太! 村長! ちょっと来てくれ!」
自警団のイグニスが、血相を変えて村長宅の庭に飛び込んできた。
「どうした、イグニス。また魔獣の群れか?」
「ち、違う! 南門の前に、すげえフワフワしたドレスを着た、とんでもなく綺麗な女が立ってんだよ! しかも道に迷ったとか言ってて……」
優太は即座に警戒態勢を取り、腰の『ワスプ薙刀・改』に手を当てて立ち上がる。
だが、イグニスの報告を聞いたキャルルとリーザは、顔を見合わせて首を傾げた。
「フワフワしたドレスの、綺麗な女……?」
「まさか、あの子じゃありませんわよね……?」
* * *
南門へ向かうと、そこには異質な光景が広がっていた。
辺境の開拓村にはおよそ似つかわしくない、最高級のシルクと魔力糸で編まれた純白のドレス。透き通るような金糸の髪に、長く尖った耳。
エルフの絶対領域である『世界樹の森』からやってきた次期女王候補、ルナ・シンフォニアその人だった。
「ああっ、キャルルちゃん! リーザちゃん! やっと会えましたわ!」
ルナは二人を見つけるなり、満面の笑みで駆け寄ってきた。
「ルナちゃん!? なんでこんな辺境の村にいるのよ!」
「ふふっ。キャルルちゃんたちがルナミスから引っ越したって聞いて、寂しくなって追いかけてきちゃいました。途中で道が分からなくなって、森を三つほど燃やして真っ直ぐ歩いてきたら着きましたわ♡」
ニコニコと笑いながら、自然破壊の極みのような凶悪なエピソードをサラリと語るエルフ。
優太はコンバットグラスの奥で目を細めた。彼女から放たれる魔力量は、以前相対した重装傭兵の比ではない。まさに『規格外』だ。
「……キャルル、知り合いか」
「う、うん。ルナミス帝国にいた頃のお友達。天然だけど、すごくいい子で……あっ、ルナちゃん、あれがこの村の防衛指揮官の優太君だよ」
キャルルに紹介され、ルナは優太に向かって優雅にカーテシー(淑女の挨拶)をした。
「初めまして、優太様。キャルルちゃんとリーザちゃんがお世話になっております。……あら?」
挨拶もそこそこに、ルナの視線が村の奥——農作業をして汗を流している獣人の村人たちへと向けられた。
「まあ……皆さん、あんなに汗をかいて、土にまみれて。きっとお腹が空いて喉も渇いているのね。可哀想に……」
ルナが胸の前で両手を組み、慈愛に満ちた表情を浮かべる。
「私、皆さんのお役に立ちたいですわ!」
その瞬間、ルナの足元から膨大な自然魔力が溢れ出した。
淡い緑色の光が広場を包み込み、何もない空中の空間が歪む。
そして——ポンッ! ポポポンッ!!
「なっ……!?」
優太の目が限界まで見開かれた。
広場の中央に、突如として『山』ができたのだ。
ルナミスの高級デパートで金貨数枚で取引されるような、宝石のように輝く極上のメロン、透き通るような白桃、太陽の光を吸い込んだような黄金の林檎。それらが文字通り『数トン規模』で、空から湧き出すように出現したのである。
「さあ皆さん、たくさん召し上がって! 遠慮はいりませんわ♡」
天然の微笑みを振りまくルナ。
村人たちは「うおおおっ! なんだこの美味そうな果物は!」「神様の贈り物だ!」と歓喜の声を上げて群がり始め、リーザに至っては「こ、これ全部ルナミスで売れば、一生遊んで暮らせますわーっ!!」と金貨の幻影を見てヨダレを垂らしていた。
だが、その狂乱の光景の中で。
優太と、ネギオだけは、顔面を蒼白にして立ち尽くしていた。
「……アカン」
ネギオが、咥えていたポポロシガーをポトリと落とした。
「なんちゅうことをしてくれたんや、あのエルフ娘。あんな超一級品の果物が、タダで、無尽蔵に市場(村)に出回ってみい。ワテらが苦労して育てた『たまんネギ』や『人参マンドラ』の相対的価値が暴落する。完全なデフレや。市場崩壊やで!!」
「……ああ。善意という名の、極悪な経済的核爆弾だ」
優太はシステマの呼吸で精神を落ち着かせると、腰の無線機を掴み、軍隊の指揮官としての最大声量で怒号を轟かせた。
「全員、その果物から直ちに離れろッ!!」
「えっ!?」
「ひぃっ!?」
極寒の戦場医官の殺気を帯びた声に、村人たちとリーザの動きがピタリと止まる。
「優太様……? どうかなさいましたの? 毒なんて入っていませんわよ?」
「毒よりもタチが悪い。市場の需給バランスを完全に無視した過剰供給だ」
優太は足早にフルーツの山へと歩み寄り、イグニスたち自警団に冷酷な指示を飛ばす。
「自警団! 直ちにこの果物をすべて麻袋に詰めろ。一つ残らずだ! そして村長宅の地下倉庫へ隔離しろ!」
「お、おう!? 食っちゃ駄目なのか!?」
「食うな。これを今消費すれば、村の経済感覚が狂い、労働意欲が削がれる。すべて『塩漬け』にして供給量をコントロールする。これは村の経済を防衛するための第一種警戒任務だ!」
優太の気迫に押され、自警団たちは慌てて高級フルーツの回収作業に走り出した。
「あぁん、私の金貨の山がぁぁっ」と泣き叫ぶリーザをよそに、優太は深く溜め息を吐き、額の汗を拭った。
「……なるほど。武力侵略よりも、圧倒的な善意による無自覚なコンプライアンス違反の方が、よほど防衛が困難というわけか」
ポポロ村に現れた、最高に可愛くて、最高に危険な厄災。
歩く市場破壊兵器・ルナの来訪により、優太の胃薬が必須となる新たな『防衛戦』の幕が上がった。
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