EP 15
天界からの赤スパチャと、新たなる嵐の予兆
「皆さぁぁぁん! まだまだいけますわよねーっ!? 最後はこの曲!『和牛と金貨と、私を救った軍医!』」
ポポロ村の広場の中央で、みかん箱に乗ったリーザが絶唱していた。
お腹いっぱいA5ランク黒毛和牛を平らげ、カロリーと幸福感に満ち溢れた人魚姫の歌声は、かつてルナミス帝国の路地裏で歌っていた時とは比べ物にならないほどの『熱』と『魔力』を帯びていた。
広場は熱狂の渦に包まれている。獣人の村人たちは肩を組み、イグニスは謎のオタ芸を打ち、ネギオはサイリウムの代わりに発光する『たまんネギ』を振っている。
「……見事な広域精神バフだ。これなら明日からの特産品の収穫効率も、さらに二割は上がるだろうな」
コンロの前で肉を焼き終えた優太は、アメリカンスピリットの煙を吐き出しながら、極めてロジカルにライブの効用を計算していた。
平和な村の宴。
だが、この熱狂のライブが、アナステシア世界の『空のさらに上』——天界のモニターにデカデカと映し出されていることなど、優太たちは知る由もなかった。
* * *
「……ちょっと、ルチアナ! これ、見てよこれッ!」
天界の奥深くにある、女神ルチアナの私室。
万年床のコタツの上に缶ビールとポテトチップスが散乱するその部屋で、アバロン魔皇国の女帝・魔王ラスティアが、大型モニター(エンジェルすまーとふぉんの大画面出力)を指差して絶叫していた。
「あー? なんだよラスティア、せっかくの休日に……私はいま、月人君のファンクラブ限定動画のアーカイブ見てるんだから邪魔しないでよぉ……」
世界神・ルチアナは、ピンク色の芋ジャージ姿でコタツに寝転がりながら、面倒くさそうに顔を上げた。
だが、モニターに映し出された映像を見た瞬間、ルチアナの眠気は一瞬で吹き飛んだ。
「ぶふぉッ!? げっほ、ごほっ……な、なんだこれ!? なんで地球の『バーベキューコンロ』が異世界にあるの!? しかもあの肉、どう見てもA5ランクの霜降り和牛じゃないッ!」
「そこじゃないわよ! このアイドルよ!」
ラスティアがモニターに映るリーザを食い入るように見つめ、顔を紅潮させている。
「見て! この芋ジャージに健康サンダルという極限の底辺スタイル! なのに、歌から滲み出るこの圧倒的なハングリー精神と強欲さ! 綺麗事だけの天界の歌とは違う、泥水とパンの耳を啜って生き抜いてきた本物の『魂の叫び』がここにあるわ!」
「いや、ちょっと待ってラスティア。それよりあの軍医みたいな男、地球の人間じゃない! しかも私、あんなチート能力(地球ショッピング)渡した記憶ないんだけど!? まさか未登録の転生者!?」
ルチアナが慌ててパソコンのキーボードを叩き、優太のデータを検索しようとする。
だが、朝倉月人(地球のアイドル)の推し活で福岡に遠征してばかりいる魔王の耳には、もはやルチアナの言葉など入っていなかった。
「ああっ……素晴らしいわ! この子の歌、私の心の奥底にある『何か』を猛烈に刺激してくる……っ! ああ、推せる。推せるわ! ルチアナ、このチャンネルの『スパチャボタン』はどこよ!」
「バッ、ちょっとあんた、何して……!」
ラスティアの指が、エンジェルすまーとふぉんの画面に表示された『ゴッドチューブ・スーパーチャット機能(神からの投げ銭)』のボタンに迷いなく伸びた。
「行けぇぇぇッ! 私の愛(アバロン魔皇国の国家予算)を受け取りなさぁぁぁいッ!!」
ターンッ!!
魔王の指が、エンジェルすまーとふぉんの画面を勢いよくタップした。
「あああああッ! バカ! 魔皇国の予算を勝手に溶かすな! またルーベンスあたりが過労死するでしょーが!」
ルチアナが悲鳴を上げるが、時すでに遅し。
天界のシステムが承認され、莫大な『富』が物理的な奇跡となって、アナステシアの辺境の村へと射出された。
* * *
「——あぁぁぁっ! 優太さーん! 私、お肉が美味しくて、歌えて、今すっごく幸せですわーっ!」
みかん箱の上で、リーザが感極まって叫んだ、その時だった。
夜空が、突如として眩い黄金色に光り輝いた。
優太は咄嗟にタバコを落とし、空を見上げた。極寒の戦場医官の脳が、異常事態に即座に警鐘を鳴らす。
(……なんだ? 魔力的な光ではない。上空からの質量攻撃か!?)
「全員、身を伏せろッ!!」
優太の鋭い怒号が響き、イグニスや村人たちが咄嗟に頭を抱えてしゃがみ込む。
そして次の瞬間。
空から、無数の『何か』が滝のように降り注いできた。
チャリン、チャリチャリチャリンッ!!
ザザザザザザァァァァッ!!
「……っ?」
頭を抱えていた優太の足元に、その『何か』が転がってきた。
それは、爆弾でも、魔獣でもなかった。
純度百パーセントの、眩い光を放つルナミス帝国の『大金貨』だった。それが、数百、数千という単位で、リーザの足元を中心とした広場全体に、文字通りの『雨』となって降り注いでいたのだ。
「きゅる?」
みかん箱の上で呆然としているリーザの頭に、金貨がポコンと当たって跳ねた。
広場は一瞬の静寂に包まれ、やがて、それが全て本物の金貨の山であることに気づいた村人たちが、腰を抜かした。
「な、なんだこれ!? 空から、金貨が降ってきたぞォォッ!?」
「ひ、姫様の歌が、神様に届いたんだ! 神様からの贈り物だァッ!」
「うわぁぁぁんっ! 私の歌が、神様に認められましたのーっ! 一生遊んで暮らせますわーっ!」
金貨の山にダイブして、狂喜乱舞するリーザと村人たち。
一方、優太は足元の金貨を一枚拾い上げ、眉間を深く揉みほぐしていた。
(……上空からのピンポイントでの金貨投下。これは自然現象でも、ルナミスの商人の嫌がらせでもない。もっと高次元の、人智を超えた『システム』の介入……)
「カカッ、こいつは驚いた。天の神様も、アイドルがお好きなようやな」
ネギオが呆れたように笑いながら、たまんネギをかじっている。
優太は空を見上げた。
星空はすっかり元の静けさを取り戻していたが、優太の戦術的直感は、明確に『誰かの視線』を感じ取っていた。
(俺の『地球ショッピング』のシステムといい、この金貨の雨といい……この世界には、俺たちの行動を監視し、介入してくる『上位存在』が確実にいる)
ルナミスの悪徳商人を追い返し、経済的独立を果たしたポポロ村。
だが、この特大の『赤スパチャ』騒動によって、ポポロ村の存在は単なる辺境の開拓村という枠を完全に超え、神々や各国のトップの目に留まる特異点となってしまった。
「優太君、金貨がいっぱいだよ! これでまた地球のお肉、たくさん買えるね!」
キャルルが両手に金貨を抱え、無邪気な笑顔で駆け寄ってくる。
優太はその頭をポンポンと撫でながら、静かに息を吐いた。
「……厄介なことになったな。平和な農業生活は、当分お預けかもしれないぞ」
「えっ?」
「いや、独り言だ。……自警団の訓練メニューを、根本から見直す必要があるな」
狂気の変異農業と、極貧アイドルの路上ライブ。
そのカオスな日常は、神々(ゴッドチューブ)の目に留まったことで、さらなる巨大な嵐を引き寄せる。
伝説の軍医・中村優太の異世界サバイバルは、ここから本格的に『世界規模の狂気』へと足を踏み入れていくのだった。
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