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異世界の戦場医官、現代医療とタクティカル兵器で無双する〜ポイント稼いで地球の物資をポチったら、村の英雄になりました〜  作者: 月神世一


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EP 5

ピクニック気分の索敵行と、医官の感染症対策

ポポロ村の北に広がる『ポポロの森』は、本来であれば新米の冒険者が安易に足を踏み入れるべきではない、魔物の生息域である。

うっそうと生い茂る木々が陽の光を遮り、湿った土と腐葉土の匂いが立ち込める薄暗い獣道。常に周囲への警戒を怠らず、武器のグリップから手を離してはならない、緊迫感に満ちたデッド・ゾーン。

――であるはずなのだが。

「ボリッ、ボリッ……うーん、硬ってぇな。だが、陽薬草(ようやくそう)の茶でふやかすと、この素朴な甘みがジワジワと口に広がって……悪くねぇぜ!」

「あー、あー、本日は晴天なり! 森の木々たちよ、小鳥のダンサーたちよ! 今日は絶対無敵の地下アイドル・リーザの『ポポロ・野外ロックフェスティバル』にようこそですわーっ!」

静寂に包まれるべき森の奥深くで、間の抜けた咀嚼音と、マイクテストの発声練習が響き渡っていた。

竜人族のイグニスは、両手斧を背負ったまま、ルナミス帝国軍の携帯レーションである『タローマン製・カンパン(金平糖入り)』をボリボリと貪り食い、完全にハイキング気分を満喫している。

その横では、臙脂色の芋ジャージを着たリーザが、道端に落ちていた手頃な木の枝をマイク代わりにして、木々の間をスキップしながら謎のステップを踏んでいた。

「……お前ら。ここは近所の公園じゃないんだぞ」

最後尾を歩いていた中村優太は、疲れたようにこめかみを押さえ、深いため息をついた。

未知のバグ生物・キマイラの索敵と完全駆除(トリアージ・ブラック)という、極めて危険度の高いミッションの最中だというのに、この二人の『ピクニック気分』はどういうことだ。緊張感の欠片もない。

「いいじゃねぇか優太。今日は最高の秋晴れだぜ? ちょっとした森の散歩だと思えば、この硬いカンパンも極上のスイーツに変身するってもんだ!」

「そうですわ! アイドルたるもの、どんな場所でもそこをステージに変えるメンタルが必要ですの! 野外フェスはファンの皆様との距離が近くて最高ですわー!」

「お前らの頭の中は本当にお花畑だな……」

優太がアメスピを取り出そうとした、その時。

「……イグニス。リーザちゃん」

先頭を歩いていたキャルルが、ピタリと足を止めて振り返った。

彼女の手には、無残に噛み千切られた『特製人参の葉っぱ』が握りしめられている。そして、その背後には、空の太陽すらも覆い隠すほどのドス黒い『紫電の殺気』が渦巻いていた。

「この森のどこかに、私の……私の三ヶ月の結晶(カレーの具材)を根こそぎ奪い去った、許されざる大罪獣(泥棒)が潜んでいるんです。もし、貴方たちのその呑気な声のせいで奴が逃げ出したら……」

キャルルの瞳のハイライトが完全に消え、漆黒の虚無が二人を射抜いた。

「月影流の奥義で、貴方たちを『肥料』にして、この森の大地に撒き直しますよ?」

「「ヒィィィィィッ!! す、すいませんでしたァァッ!!」」

本気の殺気を当てられたイグニスとリーザが、カンパンと木の枝を放り捨てて直立不動の姿勢をとる。

キマイラよりも、激怒した野菜デレの村長の方がよほど恐ろしい。ポポロ村の生態系ピラミッドの頂点が誰であるかを、二人は一瞬で悟った。

「……よし、静かになったな。全員、そこから動くな。ズボンの裾と袖口をしっかり絞れ」

優太はキャルルの殺気をスルーし、タクティカルリュックを前に回してジッパーを開けた。

「優太さん? どうしたんですか?」

キャルルが紫電を収め、小首を傾げる。

優太はリュックの中から、地球の軍隊や過酷なアウトドア現場で使用される、銀色のスプレー缶を取り出した。

「いいか、ここは未開の森だ。剣を持った魔物よりも恐ろしいのは、目に見えない病原菌を媒介する『マダニ』や『ツツガムシ』といった吸血ダニだ。噛まれれば、ライム病やSFTS(重症熱性血小板減少症候群)といった致死性の感染症を引き起こす可能性がある」

優太はそう言うや否や、スプレー缶のノズルをイグニスとリーザに向けた。

「目を閉じろ」

「えっ? ひゃあっ!?」

「うおっ!? な、なんだこの匂い!」

プシュゥゥゥゥゥッ!!

容赦なく噴射されたのは、ディート(DEET)成分が30%配合された、地球の最強クラスの防虫スプレーである。独特の化学的な匂いが周囲に立ち込めた。

「むせ返るな。虫除けとしては最強だが、舐めると毒だぞ。……よし、キャルルも後ろを向け」

「あ、はいっ!」

キャルルにも丁寧にスプレーを吹きかけ、優太はさらに小さなピルケースから錠剤を取り出して三人に配った。

「抗生物質(テトラサイクリン系)だ。万が一噛まれた時のための予防投与だ、今すぐ水で飲んでおけ。それと、もし皮膚に黒いイボみたいなダニが食いついているのを発見しても、絶対に自分で無理やり引き抜くなどうするな。顎(あご)が皮膚の下に残って化膿する。見つけたら俺に言え、医療用ピンセットで外科的に切除してやる」

「げ、げかてき……切除……?」

リーザが真っ青になって錠剤を飲み込む。

『――ピロリン♪』

優太の脳内に、無機質で心地よいシステム音が鳴る。

『未知のフィールドにおける、的確な疫学調査および感染症予防措置を確認しました。善行ポイント【+150 P】を獲得。カルマ(運命力)が万全の防壁を構築しています』

(……相変わらずポイントの判定が甘いな。野戦における防疫は、兵站の基本中の基本だというのに)

優太は内心でぼやきながら、リュックの奥からさらに『ある物』を取り出した。

それは、赤、黄、緑、黒の四色に色分けされた、丈夫なプラスチック製のタグ(札)だった。紐がついており、首から下げられるようになっている。

「ほら、これを首から下げておけ」

優太は三人の首に、それぞれタグを無造作に引っかけた。

「わぁっ! なんですの、これ!」

リーザがタグを手に取り、目を輝かせた。

「このカラフルなプラスチックのカード……もしかして、『バックステージパス』ですの!? これさえあれば、関係者以外立ち入り禁止のVIPラウンジに入り放題の、特別な身分証ですわね! 流石は私のプロデューサー(優太)、分かってらっしゃいますわ!」

「お、俺様もVIPか! ガハハ、都会の特権階級ってやつだな!」

イグニスも嬉しそうにタグをいじっている。

「違う」

優太は極めて冷たく、事も無げに切り捨てた。

「それは『トリアージタグ』だ」

「トリアージ……?」

キャルルが首を傾げる。

「多数の負傷者が出た際、治療の優先順位を瞬時に判断するための標識だ。お前らが万が一キマイラの攻撃を食らって倒れた時、俺はこのタグの色を切り取って、お前らの命の価値(順番)を決める」

優太はタグの四つの色を指さした。

「緑は『軽症』。自分で歩ける奴だ。放っておく。

黄は『中等症』。急ぎではないが、後で処置する。

赤は『重症』。今すぐ止血や気道確保をしなければ死ぬ奴だ。俺が最優先で助ける」

「なるほど……合理的ですね。では、一番下にある『黒』は?」

キャルルの質問に、優太は一切の感情を交えずに答えた。

「黒は『死亡』、あるいは『救命不可能(エクスぺクタント)』だ。これ以上の医療資源を割いても助からないと判断した場合、俺はそいつのタグを黒にし……見捨てる」

「「「…………」」」

森に、静寂が落ちた。

「お前らがピクニック気分で突っ走って、取り返しのつかない致命傷を負えば、俺は迷わずお前らのタグを『黒』にする。俺は医官であって、神様じゃないからな。死んだ細胞は生き返らない」

優太はアメスピの箱を指で弾きながら、二人を冷徹に見据えた。

「……VIPラウンジに行きたければ、緑のまま帰ってくるんだな」

「ひぃぃぃぃぃっ!!」

「ぜ、絶対に怪我しねぇ!! 俺様、絶対に無理しないからなァァッ!」

リーザとイグニスが青ざめ、タグをガッチリと両手で握りしめた。

言葉の重みと、そこに込められた『戦場のリアル』が、二人のピクニック気分を完璧に粉砕した瞬間だった。

(……脅しすぎたか? まぁいい、これで少しは慎重に動くだろう)

優太は小さく息を吐き、前を向いた。

「優太さん」

キャルルが、優太の横に並んで小さく笑った。

「黒にはさせませんよ。怪我をする前に、私が奴の骨をへし折りますから」

「……頼もしいことだ。だが、お前も突っ込みすぎるなよ」

気を引き締めた四人は、キャルルが嗅ぎ分けた『人参の微かな匂い』と、優太が発見した不気味な足跡を頼りに、森のさらに奥へと足を踏み入れていった。

索敵を進めるにつれ、森の様子が明らかにおかしくなってきた。

獣道のあちこちに、葉や幹がドロドロに溶けた痕跡がある。リーザのブラシを溶かしたのと同じ、キマイラの強酸性の胃液(吐瀉物)だ。

「……酷いな。あちこちに胃液を吐き散らしている」

優太は溶けたシダ植物の葉を観察しながら、足跡の乱れを指摘した。

「見ろ。獅子の前足の歩幅と、山羊の後ろ足の歩幅が全く噛み合っていない。おまけに蛇の尻尾が、自分自身の山羊の足に巻き付こうとした跡すらある」

「どういうことですの?」リーザがタグを握りしめたまま尋ねる。

「神経系が独立しすぎて、統率が取れていないんだ。獅子は『肉』を求めて前へ進もうとする。山羊は『草(人参)』を求めて立ち止まろうとする。蛇はイライラして自分自身に噛み付こうとする」

優太の脳内で、いびつな合成獣の解剖図が組み上がっていく。

「想像してみろ。三つの全く違う意思が、一つの身体を操ろうとしているんだ。極度のストレスと、慢性的な消化不良。……おそらく奴は今、常に激痛と苛立ちに苛まれている、極めて『情緒不安定』な状態だ」

優太の分析が終わった、まさにその直後だった。

『――ガァァァァッ!!』

『――メェェェェェッ!!』

『――シャァァァァッ!!』

森の奥から、ライオンの咆哮と、山羊の悲鳴と、大蛇の威嚇音が、不協和音のように混ざり合った、この世のものとは思えない絶叫が轟いた。

「ビクッ!? な、なんだ今の鳴き声!」

イグニスが両手斧を構える。

「……見つけたぞ。ピクニックは終わりだ」

優太はガスマスクを首元に引き上げ、無双薙刀流の柄に手をかけた。

木々の隙間から姿を現したのは、自然界の理を完全に無視した、おぞましくも哀れな姿の合成獣(キマイラ)だった。

キャルルの両手に握られたダブルトンファーに、復讐の紫電が走る。

ポポロ村の平和と、人参の怨みを懸けた戦いの火蓋が、今まさに切って落とされようとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

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