EP 14
戦場医官のバーベキューと、黄金村の祝杯
ルナミス帝国の悪徳商人を法と武力で完膚なきまでに屈服させ、ポポロ村の絶対的な『経済的独立』を確定させた日の夕刻。
村の広場には、これまでにないほどの熱気と、暴力的なまでに食欲をそそる匂いが充満していた。
「さあ、今日は無礼講だ。好きなだけ食って、飲んでくれ」
広場の中央にずらりと並べられた巨大なバーベキューコンロ。
その前でトングを握る優太は、首にタオルを巻き、次々と極上の食材を網の上へと並べていた。
所持ポイント15100Pから、優太は今回『1000P』を惜しみなく散財した。
地球の霜降りA5ランク黒毛和牛、極太の骨付きソーセージ、冷えた生ビールの樽。そこに、ネギオが育てた特産品である『人参マンドラ』や、煩悩を捨てて後光が差している『賢者モードのたまんネギ』の輪切りが加わる。
網の上で和牛の脂が弾け、特製のニンニク醤油ダレが焦げる香ばしい匂いが、村人たちの理性を軽々と吹き飛ばしていた。
「うおおおおッ! なんだこの肉!? 噛まなくても口の中で溶けやがるぞ!」
「先生、この『びーる』って麦酒、最高だ! 喉越しが痛いのに、いくらでも飲めちまう!」
ジョッキを片手にしたイグニスが、顔を真っ赤にして踊り出している。
村の獣人たちも、地球の圧倒的な食文化と、自分たちが育てた特産品の甘みに感動し、涙を流しながら宴を楽しんでいた。
「優太君、あーんして?」
コンロの前で肉を焼く優太の口元に、キャルルが焼き上がったばかりの和牛の切れ端を箸で差し出してきた。
そのルビー色の瞳は、昨晩のヤンデレ飛び蹴りを放った時とは打って変わり、甘く蕩けるような愛情に満ちている。
「……自分で食える。お前も冷めないうちに食え」
「えーっ。優太君が食べてくれないなら、私、このお肉と一緒に火の海に飛び込んじゃうよ?」
「……わかった。食うからやめろ」
冗談ではなく本気でやりかねない村長の圧に屈し、優太はキャルルの手から肉を口に運ぶ。
和牛の濃厚な旨味と、キャルルの「えへへ、間接キス♡」という重すぎる愛情を一緒に咀嚼し、優太は小さく溜め息を吐いた。
そんな騒がしい宴の隅で。
みかん箱の上に座り込んだまま、特売の芋ジャージを着た人魚姫が、皿に乗せられた分厚いステーキを前にして、ボロボロと大粒の涙を流していた。
「……リーザ、どうした。肉の焼き加減が気に入らなかったか」
優太が冷えた炭酸水を片手に歩み寄ると、リーザは顔をぐしゃぐしゃにして首を横に振った。
「ち、違いますわ……っ。私、今までルナミスで、お肉の匂いをおかずにパンの耳を齧ってましたの。ゴミ箱に捨てられた骨を見て、何度拾おうか迷ったか……っ」
極貧生活のトラウマが蘇り、ナイフとフォークを持つ手が震えている。
「こんな、こんな分厚くて柔らかいお肉……金貨を積んでも食べられないようなご馳走……私みたいな無職が、本当に食べていいんですの……?」
「お前は無職じゃない。この村の防衛と農業を支える、立派な『戦術音楽隊員』だ」
優太はリーザの頭にポンッと手を置き、静かに告げた。
「昨夜のお前の歌がなければ、イグニスたちの体力は持たなかったかもしれない。これは、お前が自分の力で勝ち取った正当な『報酬』だ。胸を張って食え」
「優太さん……っ、うわぁぁぁんッ!」
リーザは子供のように声を上げて泣き出し、そのままステーキに齧り付いた。
肉汁が口いっぱいに広がり、かつてないカロリーの波が、彼女の飢餓に苦しんだ細胞一つ一つを温かく満たしていく。
「おいひぃ……っ! おいひいですわぁっ! お肉、お肉最高ですわーっ!」
顔を脂と涙でぐしゃぐしゃにしながら、満面の笑みを浮かべる人魚姫。
その光景を見て、ネギオがポポロシガーの煙を吐き出しながら優太の隣に並んだ。
「カカッ。限界効用が天元突破しとるな。極限の飢餓を経験した者にとって、その肉の価値は金貨百枚にも等しいわ」
「……そうだな」
「お前、ホンマにえげつない男やで。武力で脅威を排除し、法と経済で未来の富を確約し、最後は圧倒的な美味い飯で村人全員の心を完全掌握する。ルナミスの皇帝でも、ここまで完璧な統治はできへんわ」
ネギオの言葉に、優太はアメリカンスピリットを取り出し、火を点けた。
村人たちの笑顔、踊るイグニス、優太の袖を引っ張るキャルル、そして肉を頬張るリーザ。
(……統治、か。そんな大層なものじゃない)
優太は夜空を見上げながら、肺の奥に煙を吸い込んだ。
地球の戦場で、助けられなかった命の重さに押し潰されそうになりながら生きてきた。
誰かを救うたびに、自分の心がすり減っていくような感覚があった。
だが、今は違う。
自分が無償で差し出した医療や戦術が、回り回って村の富となり、こうして目の前の笑顔に変わっている。
善行というシステムがどうであれ、この村で過ごす時間は、優太自身の凍りついたトラウマを少しずつ溶かしてくれていた。
「皆さぁぁぁん!!」
突然、肉を完食してエネルギーをフルチャージしたリーザが、みかん箱の上に飛び乗った。
芋ジャージの襟を正し、マイク代わりの木の枝を握りしめる。
「お腹もいっぱいになったところで、私からの感謝のライブ、いかせていただきますわーっ!! 聞いてください、新曲!『和牛と金貨と、私を救った軍医!』ですわーっ!」
タイトルからして強欲さと胃袋の重さが滲み出ているが、リーザが歌い出した瞬間、広場の空気は最高潮に達した。
圧倒的なソプラノの歌声が、村人たちの疲労を完全に拭い去り、幸福感を何倍にも増幅させる。
「おおおおッ! 姫様ぁぁぁッ!!」
「持っていけ! 俺の太陽芋、全部スパチャだァァッ!」
村人たちが野菜や銅貨をリーザの足元に投げ込み、狂乱のライブが幕を開けた。
優太は呆れたように笑いながら、コンロの火力を落とした。
ポポロ村の夜は、騒がしくも限りなく平和に更けていく。
——だが。
この時、優太たちを含め、アナステシアの住人たちには知る由もなかった。
リーザのこの熱狂的なライブ映像が、世界を監視する神々の暇つぶしツール『ゴッドチューブ』を通じて、天界のモニターにデカデカと映し出されていたことを。
『……きゃあああああっ!? ちょっとラスティア! 見て、これ見てよッ!』
天界の一室で、女神ルチアナがポテトチップスを吹き出しながら絶叫し、次なる予測不能の嵐が、今まさに産声を上げようとしていた。
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