EP 11
戦術音楽隊のバフと、雷神のヤンデレ
暗闇の中、三人の傭兵のうち二人を瞬く間に無力化した優太は、最後の一人の首筋に冷たいナイフの峰を当てて気絶させた。
これで、先発として村に侵入した十五人の部隊は完全に制圧した。
「ネギオ、イグニス。残敵の掃討は完了した。縛り上げろ」
『了解や。カカッ、インテリヤクザの罠にかかった哀れなネズミどもめ』
通信機からネギオの呑気な声が聞こえた、その時だった。
ズドォォォォンッ!!
ポポロ村の南門——先ほどクレイモアを起爆させた場所付近の防壁が、凄まじい轟音と共に内側へと吹き飛んだ。
粉塵の中から姿を現したのは、全身を分厚い鋼の重装甲で覆った、身長二メートルを超える大男だった。手には、大木のような戦槌が握られている。
その後ろには、同じく重武装の精鋭傭兵が五人、盾を構えて続いている。
「チッ。先発隊のドジどもめ。ただの農民相手に手こずりやがって」
大男——『黒の牙』の真の頭目である重装兵は、地面に転がる部下たちや、ズボンを下ろされて気絶している傭兵を見て、忌々しげに唾を吐いた。
「おい、てめえら! 遊びは終わりだ! 俺たち本隊が、この村を文字通り平地に変えてやる!」
「ヤバいぞ優太! あいつら、ルナミス正規軍の重装甲を着込んでやがる!」
イグニスが両手斧を構えて立ち塞がるが、大男の戦槌が軽く振るわれただけで、イグニスの巨体が数メートルも後ずさるほどの重い一撃が叩き込まれた。
(……先発隊を囮にし、自分たちは安全な後方から無傷で突入してきたか。セオリー通りの見事な指揮だ)
優太は暗視ゴーグルの奥で、冷徹に敵の戦力を分析する。
分厚い鋼の鎧は、イグニスの斧や自警団の槍を容易に弾き返す。物理的な防御力が極めて高く、このまま消耗戦に持ち込まれれば、いずれ自警団の体力が尽きる。
「イグニス、無理に攻めるな。防御に徹して時間を稼げ」
優太は通信機を切り替え、村長宅の地下シェルターへと繋いだ。
「こちら指揮官。対象アルファ、出番だ。ポイントB(広場の中央)へ展開し、広域バフを開始しろ」
『イエッサー! 待ってましたわーっ!』
数秒後。
村の広場の中央に、特売の芋ジャージを着た人魚姫が、みかん箱を抱えて猛ダッシュで現れた。
リーザはみかん箱の上に飛び乗ると、大きく息を吸い込み、戦場に不釣り合いなほど透き通った声を響かせた。
『さあ皆さぁぁぁん! 深夜のゲリラライブ、スタートですわーっ! 命の危険を感じたら、お財布の紐を緩めて私に愛を投げてくださぁぁぁいッ!』
きゅるるるるるっ、という腹の虫の音をマイク代わりに、リーザの圧倒的な歌唱力が夜の村に響き渡る。
曲目は、持ち歌『絶対無敵スパチャアイドル伝説!!』。
「な、なんだあの女!? こんな状況で歌だと!?」
大男が目を丸くして動きを止めた。
だが、その歌声が村中に響き渡った瞬間、イグニスたち自警団の身体に『劇的な変化』が起きた。
「うおおおおッ!? なんだこれ、身体の底から力が湧いてきやがるッ!」
「姫様ぁぁぁッ! 俺の全財産、受け取ってくれぇぇッ!」
疲労困憊だったはずの自警団員たちの筋肉が隆起し、瞳に狂信的な光が宿る。
リーザの『強欲』を乗せた人魚の歌声は、対象の痛覚を麻痺させ、アドレナリンの分泌を限界まで引き上げる極悪な精神干渉魔法として機能したのだ。
(……心拍数三十パーセント上昇、疲労物質の強制分解。恐るべき戦術音楽だ。だが、これだけでは重装甲は抜けないな)
優太が次の手を打とうとした、その時。
リーザの歌を聴いた敵の頭目が、その異常性に気づいて叫んだ。
「あの人魚の歌が原因だ! おい、盾兵! あの芋ジャージの女を殺せ!」
命令を受け、重装の傭兵二人が、イグニスの横をすり抜けてリーザへと突進した。
だが、彼らがみかん箱に到達する直前。
「——優太君の経済計画の邪魔をする奴は、死刑だよ♡」
夜空から、紫電の雷光を纏った小さな影が降ってきた。
村長・キャルルだった。
彼女のウサギの耳はピンと立ち、そのルビー色の瞳には、一切の光が宿っていない。底知れぬヤンデレの暗い炎だけが、静かに燃え盛っている。
「優太君がせっかく作ってくれた『利益』を奪おうとするなんて……万死に値するよね?」
キャルルは空中で身体を捻り、優太に買ってもらった安全靴の踵を強く打ち鳴らした。
内蔵された雷竜石が共鳴し、一億ボルトの雷撃が彼女の右足に収束する。
「月影流奥義——『超電光流星脚(スーパー・ライトニング・メテオ・ストライク)』ッ!」
ズガァァァァァァンッ!!
マッハの速度で放たれた飛び蹴りが、突進してきた重装兵二人の分厚い鋼の盾ごと、その身体を紙切れのように粉砕した。
圧倒的な質量と雷撃のエネルギー。二人の精鋭は悲鳴を上げる間もなく、数十メートル後方の防壁まで吹き飛ばされ、完全に沈黙した。
「なっ……ば、馬鹿な!? 俺の精鋭部隊が、あんな小娘の一撃で……!?」
頭目の大男が、信じられないものを見たというように後ずさりした。
キャルルは土煙の中からゆっくりと立ち上がり、返り血一つない笑顔で優太の方を振り返った。
「えへへ。優太君、私、頑張ったよ。褒めてくれる?」
「ああ。完璧な迎撃だ、キャルル。後で頭を撫でてやる」
優太は通信機越しに冷徹に褒め言葉を返し、ついに自らも暗がりから姿を現した。
背中から抜いた『ワスプ薙刀・改』の刀身には、ネギオが打ち込んだダマスカス模様が妖しく赤光を放っている。
「さて、指揮官殿。お前の部下はもう誰も動けない。次は、お前自身の番だ」
優太が暗視ゴーグルを跳ね上げ、極寒の戦場医官の眼差しで大男を射抜く。
周囲には、強欲なアイドルの歌声と、狂信的な自警団の歓声、そしてヤンデレウサギの静かな圧が渦巻いている。
「ふ、ふざけるなッ! 俺はルナミス最強の重装戦士だ! てめえのようなヒョロい男の刃が、この装甲を通るわけがねえッ!」
大男が恐怖を振り払うように咆哮し、巨大な戦槌を高く振り上げた。
だが、優太の表情はピクリとも動かない。
最強の装甲には、最悪の『破壊兵器』を。
「……解剖の授業を始めよう」
優太はシステマの歩法で、大男の懐へと音もなく滑り込んだ。
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