EP 10
宵闇のクレイモアと、完全なる狩り
ポポロ村の防壁を越えようと、闇夜に紛れて十五人の黒装束たちが音もなく忍び寄っていた。
ルナミス帝国の悪徳商人ガルドに雇われた、暗殺と略奪のプロフェッショナル部隊『黒の牙』。
彼らは呼吸音すら殺し、手際よく防壁にフック付きのロープを掛けようとしていた。
『おい、見ろ。門の鍵が開いてるぞ』
先頭を歩いていた傭兵が、村の南門が半開きになっているのに気づき、リーダーに小声で報告した。
『馬鹿め。田舎の土民どもは戸締まりの概念すらねえのか。好都合だ、ここから侵入する。女と人魚の顔にだけは傷をつけるなよ』
下劣な笑みを浮かべ、リーダーを先頭にした傭兵たちが、半開きの門から一列になって村の中へと足を踏み入れた。
彼らは、自分たちの足元のすぐ両脇に、弓なりに湾曲したオリーブドラブ色の小さな箱——『指向性対人地雷』が設置されていることなど、知る由もなかった。
箱の表面には、英語で『FRONT TOWARD ENEMY(こちら側を敵に向けろ)』と刻まれている。
「……五、六、七……全員、キルゾーンに入ったな」
門から十メートルほど離れた暗がり。
四眼の暗視ゴーグル(ナイトビジョン)を装着した優太は、緑色の視界の中で、熱源である傭兵たちが完全に密集したのを確認した。
(全員殺すのは造作もない。だが、ガルドをルナミスの法で詰めるためには、生きた証拠が必要だ。まずは……『足』を奪う)
優太は右手に握った起爆装置を、親指で静かに押し込んだ。
カチッ。
ドゴォォォォォォンッ!!
静寂の村に、鼓膜を破るような凄まじい爆発音が轟いた。
クレイモアの内部に仕込まれたC4爆薬が炸裂し、その前面に敷き詰められていた七百発の鉄球が、秒速千二百メートルという圧倒的な速度で扇状に発射される。
優太はあらかじめ、クレイモアの設置角度を『極端に下向き(膝下)』に調整していた。
「ぎゃあああああッ!!」
「あばッ、足が、俺の足がァッ!?」
致死の範囲を意図的に外された鉄球の暴風は、傭兵たちの膝から下の肉を容赦なく削り取り、脛骨を粉砕した。
先頭を歩いていたリーダーを含む七人が、一瞬にして足の自由を奪われ、血飛沫を上げて地面に転げ回る。
「な、なんだ!? 今、何が起きた!?」
「魔法か!? 罠か!? 魔法使いなんていないと聞いていたぞ!」
後方にいて直撃を免れた残りの八人は、未知の爆発と仲間の断末魔に完全なパニックに陥った。
暗闇の中で何が起きたのか全く理解できない恐怖。彼らの本能は「この場に留まれば殺される」と警鐘を鳴らした。
『退がるな! 門は塞がれた! 村の奥へ散開して身を隠せ!』
リーダーが血を吐きながら絶叫し、残った傭兵たちは蜘蛛の子を散らすように村の奥——農地や建物の影へと逃げ込んだ。
「……誘導完了」
優太は暗視ゴーグルを装着したまま、静かに立ち上がった。
背中から『ワスプ薙刀・改』を引き抜き、柄を展開する。
敵をあえて村の奥へ逃がしたのは、優太が事前に計算し尽くした『第二のキルゾーン』へと誘い込むための罠だ。
「ネギオ、イグニス。予定通り、作戦フェイズ2に移行する」
優太がトランシーバー代わりに購入していた小型の無線機で指示を飛ばすと、イヤホンからネギオのくぐもった笑い声が聞こえてきた。
『カカッ、了解や。インテリヤクザの冷血な指揮っぷり、流石やで。網はもう張ってあるわ』
* * *
村の奥へと逃げ込んだ傭兵の一人は、荒い息を吐きながら農地の土嚢の陰に身を潜めていた。
「くそっ……なんなんだ、この村は。ガルドの野郎、話が違うじゃねえか……っ」
ガタガタと震える手でクロスボウに矢を番えようとした、その時。
彼の足元の土がボコッと盛り上がり、何か丸いものが転がり出てきた。
「ひっ!? な、なんだ!?」
暗闇の中で目を凝らすと、それは一見するとただのキャベツだった。
だが、そのキャベツの葉っぱが擦れ合い、不気味な声で囁き始めたのだ。
『……ねえ聞いた? こいつ、酒場で「俺は百人斬りのエースだぜ」とか自慢してたけど、実は童貞らしいよ』
『ウケるー。暗殺のプロとか言って、さっき爆音にビビってちょっとちびってたよねー』
「な、なんで俺の秘密を……ッ!? や、やめろ! 黙れ化け物ォォッ!」
傭兵がパニックになり、キャベツを剣で串刺しにしようと立ち上がった瞬間。
彼の足首に、ツルツルとした謎の豆『ダイズラ豆』が絡みつき、勢いよくズボンを引き下げた。
「あっ」
ズボンが足首で絡まり、盛大に顔面からすっ転ぶ傭兵。
そこへ、待ち構えていたかのように巨体が降ってきた。
「オラァッ! 昼間の俺様の屈辱、その身で味わいやがれッ!!」
竜人族のイグニスが、容赦なく両手斧の『峰』を傭兵の後頭部に振り下ろした。
ゴツンッという鈍い音と共に、童貞の傭兵は白目を剥いて気絶した。
『こちらイグニス。一人無力化したぜ』
「了解だ。そのまま拘束しろ」
無線機越しに報告を受け、優太は暗視ゴーグルの中で次々と傭兵たちの熱源が制圧されていくのを確認していた。
ネギオの狂気の変異農作物たちが、暗闇の中で物理的・精神的トラップとして完璧に機能し、傭兵たちの冷静な判断力を奪う。そして、パニックになったところをイグニスたち自警団が暗がりから袋叩きにする。
圧倒的な情報格差と、精神的優位に立った一方的な狩りだ。
「……残り三人か」
優太はシステマの歩法で、一切の足音を立てずに村の路地を滑るように進む。
生き残った三人の傭兵は、背中合わせに円陣を組み、恐怖に顔を歪めながら周囲を警戒していた。
「おい、誰もいねえぞ……皆どこに行っちまったんだよ!」
「見えない……っ。どこから狙われてるか分からない!」
彼らの視界は、完全な暗闇だ。
だが、優太の暗視ゴーグルの中では、彼らの姿は真昼のように鮮明に映し出されている。
「見えない敵と戦うのは、恐ろしいか」
スッ。
優太が、傭兵たちの背後、わずか一メートルの距離に音もなく立ち、冷酷に囁いた。
「ヒッ……!?」
傭兵の一人が振り返り、闇雲に剣を振り回す。
優太は最小限の動きでそれを躱し、ワスプ薙刀・改の黒い柄で、男の肘の関節を的確に打ち砕いた。
「ギャアアアッ!?」
「まずは一人」
恐怖に凍りつく残り二人に対し、優太は構えを解かず、ただ静かに夜の闇と同化していた。
圧倒的な有能さと、軍事技術の差。
この村に侵入した害虫たちに、もはや生き残る道は残されていなかった。
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