EP 10
ルナキンの夜と、心音が教える本当のこと
「いらっしゃいませー! ルナキンへようこそ!」
ポポロ村から少し足を伸ばした先にある、ルナミス帝国国境沿いの24時間営業ファミレス『ルナミスキング(通称・ルナキン)』。
自動ドアが開くと同時に、明るい魔導照明と、ハンバーグが焼ける鉄板の匂い、そして様々な種族が入り乱れる賑やかな喧騒が、優太たち四人を包み込んだ。
ルナミスーパー銭湯の湯に浸かり、戦闘の汗とメロロンの果汁を完全に洗い流した自警団の面々は、奥の広いボックス席を陣取っていた。
テーブルの上には、これまでの彼らの食生活(特にサバイバル組)からは考えられないほどの、圧倒的なカロリーの暴力が並べられている。
「うおおおおっ! ロックバイソン肉のトリプルハンバーグ! まさか夢の『タワー食い』ができる日が来るとはなァッ!」
イグニスが、熱々の鉄板に乗った三段重ねのハンバーグにナイフを突き立て、歓喜の雄叫びを上げている。スーパー銭湯でサウナと水風呂を三往復し、完全に『整った』彼の胃袋はブラックホールと化していた。
その横で、臙脂色の芋ジャージ(洗濯・乾燥済み)を着たリーザは、目の前の光景にブルブルと震えていた。
彼女の前には、熱気でチーズがとろける『特大チーズインハンバーグ・ソーリーフソース仕立て』と、ルナキン名物『苺のビッグパフェ』が鎮座している。
「こ、これが……ルナキンの真の姿……!」
リーザの瞳から、ポロポロと感涙がこぼれ落ちる。
「いつも銅貨五枚だけ握りしめて、カルピスとメロンソーダを限界まで混ぜて、お冷やのグラスで飢えを凌いでいたあのルナキンで……! こんな、貴族のようなフルコースを頼んでもよろしいんですの!?」
「いいから食え。熱いものは熱いうちに、冷たいものは冷たいうちに食うのが一番胃腸にいい。チーズが固まるぞ」
向かいの席で、ブラックコーヒーの入ったマグカップを傾けながら、優太が淡々と促した。
「いただきますぅぅっ!!」
リーザはハンバーグを大きく切り分け、口に運ぶ。濃厚なチーズと肉汁が弾け、彼女は「んんん〜っ!!」と身をよじって至福の声を上げた。
宴会は最高の盛り上がりを見せていた。
ルナキンの店内には、ポポロ村の防衛に(遅れて)駆けつけ、そのままメロロンの残骸処理を手伝ってくれたルナミス帝国兵やアバロン魔皇国兵の非番たちも多数詰めかけていた。彼らはイモッカ(芋焼酎ウォッカ)やサケスキーのグラスを片手に、すっかり出来上がっている。
「おいおい! そこのジャージのお嬢ちゃん、昨日はすげぇ歌(魔法)だったじゃねぇか! 今日も一曲頼むぜ!」
酔っ払った兵士たちが、リーザに向かってジョッキを掲げた。
「お任せくださいませ! ファンの皆様への感謝のファンサービス、お見せしますわ!」
すっかり元気を取り戻したリーザが、ハンバーグを飲み込み、勢いよく立ち上がった。
彼女は鼻の穴に自前の五円玉(同粒)をカポッ、カポッと詰め込むと、芋ジャージの裾を大胆に捲り上げ、己の真っ白な平たいお腹を露出させた。
「さぁ、皆様ご一緒に! 『ハゲたぬきのポンポコ節』!!」
リーザは両手でお腹を叩き始めた。
ポンポコポンポン! という見事な腹太鼓の音が、ファミレス内に響き渡る。
「♪た、た、たぬきのお腹は ポンポコポンポン!
♪月よ~月で~頭は ハーゲハゲでピーカピカ~!」
「「ソレ! ヨイヨイ!!」」
兵士たちや、ちゃんこ屋のダストンまでもが手拍子を打ち、合いの手を入れる。
「♪お尻はツールツル~ ターマターマはマ〜ルマル~!」
「ぶははははっ! 最高だぜお嬢ちゃん! ほら、俺の奢りのフライドポテトだ、食いな!」
「こっちの唐揚げもやるドス!」
大ウケした兵士たちから、次々とポテトや唐揚げがリーザのテーブルに献上されていく。
「ありがとうございますの! さすがルナミス帝国の兵隊さん、太っ腹ですわ!」
鼻に五円玉を詰めたまま、ポテトを嬉しそうに頬張るリーザ。地下アイドルとしてのプライドはどこへやら、もはや完全に『宴会の愛されマスコット(腹太鼓担当)』として居場所を確立していた。
「……何を見せられているんだ、俺は」
優太は眉間を押さえ、深くため息をついた。
「ふふっ。でも、平和でいいじゃないですか」
隣の席から、クスクスと笑う声がした。月兎族の村長、キャルルである。
「リーザちゃん、あんなに笑ってます。一時はどうなるかと思いましたけど……優太さんのおかげですね」
優太は、空になったコーヒーカップを持ち上げた。
「俺はドリンクバーのおかわりに行ってくる」
「あっ、私も行きます!」
宴会の喧騒と、リーザのポンポコ節の熱狂から少し離れ、二人はドリンクバーのコーナーへと向かった。
抽出マシンの前。優太は新しくホットコーヒーを注ぎ、キャルルは温かい紅茶のティーバッグにお湯を注ぐ。
グラスの氷がカランと鳴る音や、遠くで響く笑い声。
少しだけ静かになったその空間で、二人はカップを手に、窓際から外の夜空を見上げた。ルナミス大陸の美しい満月が、ポポロ村とこの大通りを優しく照らしている。
「……リーザちゃん、すっかり元気になりましたね。本当に、優太さんのおかげです」
キャルルは、湯気を立てる紅茶のカップを両手で包み込みながら、隣に立つ優太を見上げて微笑んだ。
優太はポケットからアメスピの箱を取り出し、火はつけずに、手の中でクルクルと弄んだ。
「俺は医官として、必要な処置をしただけだ。極度の栄養失調に陥っていた患者に、適切なカロリーと休息を与えた。それ以上でも以下でもないさ」
優太はいつものように淡々と、無愛想に言い放つ。
「村を守ったのは、お前とアイツらだろ。俺はただ、後ろで耳栓を配って、お前らが倒れた後の尻拭いをしただけだ」
キャルルはふと、自身の月兎族の特性である『聴覚』を澄ませた。
ドリンクバーの機械の音も、兵士たちの笑い声も、すべてをシャットアウトし、隣に立つ優太の胸の奥――その『心音』だけに意識を集中する。
(……トクン、トクン、トクン……)
優太の心音は、嘘をつく時の乱れや、自分を大きく見せようとする虚勢の響きが一切なかった。
「ただの医官だ」「自分の手柄じゃない」。その言葉に嘘はない。彼は本当に、打算も承認欲求もなく、ただ純粋に仲間を思い、自分ができる最善の仕事(医療)を全うしただけなのだ。
誰も見捨てず、誰の人生も支配しようとせず、ただ静かに、当たり前のように手を差し伸べてくれる。
その心音のリズムが、キャルルの胸の奥を、じんわりと温かく満たしていった。
「……優太さん」
「ん?」
キャルルは少しだけ背伸びをして、優太の着ているパーカーの袖口を、キュッと小さく掴んだ。
「私……優太さんが、このポポロ村に来てくれて……私たちと一緒にいてくれて、本当に良かったです」
ヤンデレ気質など微塵もない、年相応の純粋な、真っ直ぐな恋心。
月明かりに照らされたキャルルの顔は、林檎のように赤く染まっていた。
優太は、袖を掴むキャルルの小さな手と、その照れた顔を交互に見下ろした。
そして、驚く素振りも見せず、弄んでいたアメスピの箱をポケットにしまい――口元に、微かな、本当に微かな笑みを浮かべた。
「……俺も、悪くないと思ってるよ。騒がしくて、手のかかる連中ばっかりだがな」
「むっ、手のかかるって、私のことですか?」
「反復横跳びをする人魚と、果実に発情する竜のことだ。お前は村長として、よくやってるよ」
「ふふっ……ありがとうございます」
二人は静かに微笑み合い、並んでボックス席へと歩き出す。
席に戻ると、イグニスは限界まで膨れたお腹をさすって眠りこけており、リーザは兵士たちから貰ったポテトを両手いっぱいに抱え、「アイドルの……ファンサービスですの……むにゃむにゃ」と幸せそうに寝息を立てていた。
「地獄の底(戦場)を綺麗にした後のメシは、やっぱり悪くないな」
優太は冷めかけたコーヒーを一口飲み、窓の外の月を見上げた。
力で世界をねじ伏せる必要などない。誰かを支配する必要もない。
ただ、目の前の命を救い、こうして仲間たちと笑い合いながら、温かい飯を食う。
それこそが、中村優太という男が戦場に求める、究極の『当たり前の幸せ(月下の宴)』だった。
読んでいただきありがとうございます。
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