EP 9
焼け焦げた魔果実の処理と、清掃係リーザの初任給
メロロン襲来の翌朝。ポポロ村は、いつもの長閑な日常を取り戻しつつあった。
村の防衛線跡地には、キャルルの『乱れ流星脚』で粉砕された完熟メロロンの果汁と、イグニスの『イグニス・ブレイク』でこんがりと焼き上げられたクイーンメロロンの残骸が散乱していた。
普通なら魔物の死骸処理は厄介な作業だが、相手は植物系の魔果実である。ポポロ村の農家たちは、鼻歌交じりで焼け焦げたメロロンの果肉を回収していた。
「おう、優太先生! 見てくれよこの焼きメロロン! イグニスの青白い炎で表面がカラメル状にコーティングされてて、極上のスイーツになってるドス!」
ちゃんこ屋『土雷亭』の店主ダストンが、大きなスコップで焦げた果肉をすくい上げながら満面の笑みで叫ぶ。
「これ、今日のちゃんこのデザートに出すドス! 先生も後で食べに来るドスよ!」
「……ああ。だが糖質が高いから、食い過ぎて血糖値を急上昇させるなよ」
優太はアメスピの煙を細く吐き出しながら、農家のおじさんたちのバイタルを順番にチェックしていた。昨日、クイーンメロロンの甘い声に魅了され、自ら戦線を崩壊させた重症患者たちである。
「先生……俺ぁ、女房を捨ててメロンと駆け落ちしようとしたなんて……。家に帰ったら、フライパンで殴られましたよ……」
「幻覚成分の後遺症はないな。瞳孔の反射も正常だ。フライパンの打撲には湿布を貼っておけ。……次」
流れるような手際で診察をこなしていく優太の脳内に、控えめなシステム音が鳴る。
『――ピロリン♪ 事後検診およびメンタルケアの完了。善行ポイント【+50P】を獲得しました』
(ポイントはどうでもいいが……とりあえず村に深刻な後遺症が出なくて重畳だ)
優太は携帯灰皿にタバコをしまい、自身の職場である医療テントへと向かった。
テントの入り口のフラップをめくると、中から「キュッ、キュッ」というリズミカルな音が聞こえてきた。
「ふふふーん♪ 右よし、左よし! 隅のホコリも完全排除ですわ!」
臙脂色の芋ジャージを着たリーザが、タローマン製の清掃用モップを握りしめ、医療テントの床をピカピカに磨き上げていた。
昨日、優太の『金曜日カレー』を号泣しながら平らげた彼女は、睡眠をたっぷりと取り、魔力も体力も完全回復していた。そして今朝から、言いつけ通り「清掃係および備品管理アシスタント」としての業務に、異様なほどの熱意を持って取り組んでいたのだ。
「おはよう、リーザ。精が出るな」
「あっ、優太さん! おはようございますの!」
リーザはモップをピシッと立て、軍隊の敬礼のように背筋を伸ばした。
「テント内の滅菌清掃、および包帯や消毒液の在庫チェック、全て完了いたしましたわ! 鳩との縄張り争いで培った私の動体視力とステップにかかれば、医療テントのホコリ一つ逃しませんの!」
優太はテントの中を見渡した。
ただの適当なモップ掛けではない。野戦病院として最も重要な『衛生動線』がきちんと確保され、器具は種類ごとに完璧に整頓されている。極貧サバイバルで鍛え上げられた彼女の「無駄のない動き」が、清掃業務に奇跡的なほどマッチしていたのだ。
「……完璧だ。解剖学の教科書に出てくる無菌室かと思ったぞ」
優太は素直に称賛し、タクティカルリュックから小さな革袋を取り出した。
そして、それをポイッとリーザに向かって投げ渡す。
「わっ……!? ゆ、優太さん、これは……?」
「今日の分の日給(給料)だ。うちは日払い制だからな。中身を確認しろ」
リーザが震える手で革袋の紐を解くと、中にはルナミス帝国で流通している銀貨が数枚と、ピカピカの銅貨が入っていた。
それは、彼女が昨日まで必死に集めていた『交番前のカツ丼』や『落ちているパチンコ玉』とは違う。ましてや、ファンから強制的に吸い上げた『スパチャ(御縁)』でもない。
「こ、こんなに……? たった数時間、お掃除をしただけですのに……?」
「ルナミス帝国の最低賃金基準に、危険手当と衛生管理の特別手当を上乗せした額だ。正当な労働の対価だよ」
優太は折りたたみ椅子に腰掛け、カルテの整理を始めながら淡々と言った。
リーザは、手の中の銀貨をじっと見つめた。
深海の王族として何不自由なく暮らしていた頃は、銀貨数枚など気にも留めなかった。
ルナミス帝国で地下アイドルに零落し、パンの耳をかじっていた時は、ファンから投げ込まれる五円玉(同粒)こそが世界の全てだと思っていた。
だが今、優太から渡されたこの銀貨は――重かった。
誰の人生も、時間も奪っていない。自分の手とモップで、医療テントを綺麗にしたことへの「対価」。打算のない、真っ当な評価。
「優太、さん……」
リーザの瞳に、再び大粒の涙が浮かび上がる。
「私……私……この銀貨、一生使いませんわ! 家宝にして、シーラン国のお母様に自慢しますの!」
「いや、使えよ。経済を回さないとルナミス帝国のデフレが加速するだろ」
優太が呆れ顔で突っ込んだ、その時だった。
「オ・レ・の!! リィィィザァァァッ!!」
ドバンッ!! と医療テントの入り口が吹き飛び(物理)、竜人族のイグニスが猛烈な勢いで飛び込んできた。
「イ、イグニス!? なんですのその格好は!」
リーザが悲鳴を上げる。
イグニスの姿は、異様だった。
彼の頭には、どこで調達したのか『絶対無敵☆リーザ命』と太筆で書かれたハチマキが巻かれている。さらに、彼が背負っている自慢のドワーフ鋼製・両手斧の刃には、昨日みかん箱の上で歌っていたリーザの姿(鱗ドレスver)が、不器用ながらも極彩色でペイントされていたのだ。
「へへっ! 昨日のステージ、最高に痺れたぜリーザちゃん! 俺様の竜の魂が、ビビッと震えやがったんだ!」
イグニスは鼻息を荒くして、リーザの前にズイッと進み出た。
「俺様、故郷の親父に『ルナミスの大都会のフェイク写真』を送るのをやめたぜ! その代わり、昨日のリーザちゃんの勇姿を魔導写真機で撮りまくって、親父に『俺様の生涯の推しだ!』って送りつけてやった! 今月の仕送りは全部、リーザちゃんのグッズ(?)に全ツッパするぜ!」
「……お前、相変わらず極端から極端へ走る奴だな」
優太は手元の医学書(標準外科学)を丸め、イグニスの硬い鱗の頭をスパーン!と叩いた。
「痛ぇっ!? な、何すんだ優太!」
「患者が休むテントで大声を出すな。それに、アイドルの推し活は個人の自由だが、実家の親に心配をかけるような金の使い方をするな。ロジスティクス(兵站)が破綻するぞ」
「うおおおっ、握手! 握手してくれリーザちゃん! 俺様、昨日のバフのおかげで、まだ筋肉がパンプアップしてんだ!」
優太の説教を右から左へ受け流し、イグニスが巨大な竜の手を差し出す。
リーザはドン引きしながらも、「し、仕方ありませんわね……清掃で手が荒れてますけど……」と、恐る恐る握手に応じた。
「うおおおおっ! 人魚姫の肌、スベスベだぜェェッ! 今日から三日は手を洗わねぇ!」
「頼むから洗え。お前は衛生観念というものを……」
優太が再び丸めた医学書を振り上げようとした時、テントの入り口から、ふわりと心地よい陽薬草の香りが漂ってきた。
「ふふっ、相変わらず騒がしいですね、貴方たちは」
ポポロ村の村長、キャルルである。
彼女は手作りの人参刺繍が入ったハンカチで額の汗を拭いながら、優太の隣にやってきた。
「村の被害状況の確認と、各国への報告が終わりました。……それと優太さん、これ」
キャルルは、優太の机の上にずっしりと重い革袋を置いた。
「ルナミス帝国軍と、アバロン魔皇国軍の駐留部隊から、『メロロンの群れを事前に食い止めてくれたことへの感謝状と、特別報奨金』が届きましたよ。あいつら、自分たちの砦にメロロンが来るのを本気で恐れていたみたいで、すごい額の金貨が入ってます」
「ほう。大国もたまには話が分かるじゃないか」
優太は革袋の中身を確認し、満足げに頷いた。
(これだけ軍資金があれば、タローマンで最新の医療魔導器具が揃えられるな。いや、村の備蓄食糧の拡充が先か……)
優太がコスト計算に思考を巡らせていると、キャルルがウサギの耳を少しだけ下げ、上目遣いで優太の横顔を見つめてきた。
「……あの、優太さん。村の防衛も終わって、医療テントの掃除も終わって……今日はもう、これ以上の緊急の仕事はありませんよね?」
「ん? ああ。トリアージ対象の容態も安定しているし、今日は非番にしてもいいだろう」
「……それなら」
キャルルが、もじもじと指先を合わせる。
優太は、テント内にいる全員の顔を見渡した。
モップを抱きしめて銀貨に感動しているリーザ。推し活に目覚めてハチマキを締めている馬鹿な竜人イグニス。そして、いつも村の面倒事を一手に引き受けて、昨日も限界まで闘気を振り絞ってくれたキャルル。
優太は短く息を吐き、机の上のカルテをパタンと閉じた。
そして、アメスピの箱をポケットにしまいながら、宣言した。
「よし。今日の自警団の任務はこれまでとする。お前ら、泥とメロンの果汁でベタベタだろ。まずはルナミスーパー銭湯(スーパー銭湯)に行って、こびりついた汚れと疲労物質を完全に洗い流すぞ」
「スーパー銭湯! サウナで整うぜェェッ!」
イグニスが両手を挙げて歓喜する。
「そして、その後は――」
優太は、リーザの方を向いてわずかに口角を上げた。
「『ルナミスキング(ルナキン)』に行くぞ。特別報奨金が入ったからな。今日は歓迎会と慰労会を兼ねた宴会だ」
「ル、ルナキン……!?」
リーザの瞳孔が限界まで開き、ブルブルと震え始めた。
「あ、あの……銅貨五枚でドリンクバーだけを注文して、店員さんの冷たい視線に耐えながら、メロンソーダとカルピスを限界まで混ぜて十二時間居座るという、あの伝説の耐久レース会場に……!?」
「お前のルナキンの使い方は悲惨すぎるだろ」
優太は呆れてため息をついた。
「違う。今日はドリンクバーだけじゃない。特大のチーズインハンバーグでも、山盛りのフライドポテトでも、苺のビッグパフェでも、好きなものを好きなだけ頼んでいい。……俺(自警団)の奢りだ」
「えっ……」
リーザの手から、ポロリとモップがこぼれ落ちた。
「ハンバーグ……? パフェ……? 私、そんな贅沢……夢のようですわ……!!」
「やったぁ! ルナキンで宴会ですね!」
キャルルもウサギの耳をピンと立てて大喜びしている。彼女のヤンデレ気質はすっかり鳴りを潜め、今はただの年相応の明るい少女の顔になっていた。
(優太さんと一緒にルナキン……! 同じメニューを頼んで、ドリンクバーに一緒に行って……ふふっ、まるでデートみたいです!)
「さぁ、行くぞ。まずは風呂だ」
優太がタクティカルリュックを背負い直して歩き出す。
その後ろを、大はしゃぎするイグニスと、嬉し泣きしながら芋ジャージの裾を握りしめるリーザ、そして嬉しそうにスキップするキャルルがついていく。
ポポロ村の空は高く澄み渡り、彼らの向かうルナミス帝国の都市部からは、華やかなネオンの光が微かに見え始めていた。
地獄のような極貧サバイバルと、狂気のライブ戦闘を乗り越えた仲間たち。
彼らの絆を祝う、最高の『月下の宴』が、いよいよ始まろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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