EP 8
ワスプ薙刀・改と、カンチョウの恐怖
ポポロ村の防壁のすぐ内側に、ネギオが私物として作り上げた『工房』があった。
石造りの炉からは真っ赤な炎が上がり、金床と様々な工具が整然と並べられている。とてもインテリ農家の趣味とは思えない、本格的な鍛冶設備だった。
「ほほう……こいつはまた、えげつない構造の武器やな」
ネギオはポポロシガーを咥えながら、作業台の上に置かれた漆黒の刃——『折りたたみ式ワスプ薙刀』を興味深げに観察していた。
「刃先から五十気圧の冷凍ガスを対象の体内に直接撃ち込み、内部から破裂・凍結させる……カカッ。悪魔の所業やで。地球の人間っちゅうのは、魔力がない分、純粋な『殺意』を物理法則に落とし込む天才やな」
「本来は対猛獣用のサバイバル兵器だ。だが、この世界の上位魔獣や重装甲の相手には、チタン合金の刀身では強度不足を感じていた」
優太は腕を組み、冷徹な声で告げた。
第一章の死蟲機との戦いでは、関節の隙間を狙うことで対処したが、刃こぼれやカーボンファイバー製の柄へのダメージは隠しきれなかった。
「お前の『ドンガン地下帝国鍛冶師通信講座一級』の腕で、こいつに魔力コーティングと強度の底上げを施せるか」
「カカッ、誰にモノを言うとるんや。ワテの技術と、この村で採れる『太陽鉱石』を使えば、刀身の分子構造に直接魔力を定着させられる。チタンの軽さを維持したまま、ミスリル装甲すらバターのように切り裂く魔剣に仕立て上げたるわ」
ネギオは自信満々に笑うと、エプロンの紐を締め直し、炉の前に立った。
そこからの作業は、まさにプロの領域だった。
炉の炎を魔力で青白く変色させ、砕いた太陽鉱石の粉末を刀身に振りかける。そして、自身の『ネギカリバー』をハンマー代わりに使い、リズミカルな金属音を響かせながら、チタン合金の刀身に魔力の網目を打ち込んでいく。
数十分後。
冷却液から引き上げられたワスプ薙刀は、漆黒の刀身の表面に、鈍く赤みがかった魔力の紋様(ダマスカス模様)を浮かび上がらせていた。
「完成や。『ワスプ薙刀・改』。魔力伝導率も最高やから、お前のその『気』みたいなエネルギーも刃に乗せやすくなっとるはずやで」
「……素晴らしいな。重心の狂いも一切ない」
優太が柄を握り、軽く空を切る。
シュラァッ! という、空気を切り裂く鋭い音が工房に響いた。強度は数倍に跳ね上がり、それでいて手足のように馴染む。
「完璧だ。報酬はいつものポポロコーヒーの豆でいいか?」
「いや、今日はコーヒーはええ。それより、お前に『特別報酬』をやろうと思うてな」
ネギオがニヤリと不敵な笑みを浮かべ、作業台の下からゴソゴソと『何か』を取り出した。
「お前、今夜、商人どもが雇ったならず者を迎撃するんやろ? 相手はプロの傭兵かもしれん。いくらお前でも、数の暴力には苦戦するはずや。そこで、これや」
ネギオが掲げたのは、どぎつい紫色に発光する液体がなみなみと詰まった、巨大な『注射器』だった。
針の太さは、ボールペンの芯ほどもある。
「名付けて『ロイヤル皇帝カンチョウ液』! このポポロ村の秘薬を直腸から直接ぶち込むことで、一時的に魔力耐性と身体能力が三百パーセント向上する! さあ、ズボンを下ろせ。一発お尻にプスッと——」
ネギオが下品な笑い声を上げながら、巨大な注射器を構えて優太の背後へ回り込もうとした、その瞬間。
——ゾクッ。
ネギオの樹皮の肌に、死神に首筋を撫でられたような圧倒的な悪寒が走った。
優太の瞳から一切の感情が消え去り、極寒の戦場医官の目になっている。
「……身元不明の怪しい薬物を、本人の同意なく体内に注入する行為は、明確な『バイオテロ』だ。排除する」
「えっ、ちょ、冗談やんか——」
弁明する暇もなかった。
優太の身体が、物理法則を無視したような滑らかな歩法でネギオの懐に侵入する。
注射器を持つネギオの右腕を内側から弾き、関節の可動域の限界点を的確にロックする『大東流合気柔術』の崩し。
「ぎゃあああっ!? 腕、腕がッ!」
「動くな。そのまま床に伏せろ」
優太はネギオの身体を反転させ、冷徹な手つきでうつ伏せに押さえ込んだ。
そのまま膝でネギオの肩甲骨を制圧し、完全に身動きを取れなくする。注射器は安全な方向へ蹴り飛ばされた。
一切の容赦のない、軍隊式の完全制圧(CQC)だった。
「い、痛い痛い痛い! 折れる! 枝が折れるゥッ! 悪かった、ワテが悪かったから離してぇな!」
「次はないぞ。俺の背後を取ろうとしたことは万死に値する」
優太は静かに警告し、ロックを解除して立ち上がった。
小学生レベルのカンチョウの悪ふざけに対し、一切ボケることなく、ガチの殺意と軍隊格闘術で応じる優太。ネギオは涙目で肩をさすりながら、「ホンマに冗談通じへんインテリヤクザやで……」と愚痴をこぼした。
「だが、武器の強化には感謝する。これで憂いはなくなった」
優太はワスプ薙刀・改の刃を折りたたみ、背中の鞘に収めた。
工房の窓の外では、太陽が西の森へと沈みかけ、空が赤黒く染まり始めている。
優太はホログラムUIを展開した。
現在の所持ポイントは『2100P』。
カテゴリ『軍用・戦術装備』の中から、すでに目星をつけていた二つのアイテムをカートに入れる。
『暗視ゴーグル(第四世代型):1000P』
『指向性対人地雷×2:1000P』
計2000Pを消費し、残高はわずか100P。
だが、これで『夜間の狩り』の準備は完全に整った。
「さて……」
光の粒子と共に現れた四眼のタクティカル・ナイトビジョンを額に装着し、優太は冷酷に目を細めた。
相手がプロの傭兵だろうが関係ない。
法と警告を無視してこの村を侵略しようとする害虫には、現代戦術の粋を集めた『圧倒的な恐怖』を与えてやるだけだ。
「害虫駆除を開始する」
静かな殺意を纏い、村の防衛指揮官は、宵闇の降りる村の防壁へと歩を進めた。
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