EP 6
ルナミスの悪徳商人と、法的制圧戦術
狂気の特産品である『人参マンドラ』や『たまんネギ』が大豊作を迎え、ポポロ村が活気に沸いていたある日の昼下がり。
村の南門に、土煙を上げて一台の豪奢な馬車が到着した。
護衛らしき五人の武装した傭兵を引き連れて馬車から降り立ったのは、脂ぎった顔に悪趣味な宝石をじゃらじゃらとぶら下げた初老の人間だった。
「ふんっ。獣人の住む薄汚い辺境の村と聞いていたが、活気だけはいっちょ前だな」
男は鼻で笑い、出迎えたイグニスや村人たちを値踏みするように見回した。
「俺はルナミス帝国『ゴルド商会』の専属商人、ガルドだ。お前ら辺境の土民どもに、素晴らしいビジネスの提案を持ってきたぜ」
ガルドはそう言って、分厚い羊皮紙の契約書をイグニスの胸に押し付けた。
「お前らの村で採れる妙な野菜、俺が『専属』で買い取ってやる。どうせ販路も持たない田舎者だろう? これにサインすれば、俺の商会が全て面倒を見てやる。……ああ、それから」
ガルドの濁った視線が、イグニスの背後に隠れていた芋ジャージの人魚——リーザを舐め回すように捉えた。
「その人魚も『商品』として俺が預かろう。帝国の貴族どもは、珍しい愛玩奴隷に飢えていてな。金貨十枚、いや、二十枚で買い取ってやるよ。へっへっへ!」
「ひぃっ……!」
トラウマを刺激されたのか、リーザが青ざめてキャルルの背中にしがみつく。
イグニスが怒りで牙を剥き、両手斧に手をかけようとした、その瞬間。
「待て、イグニス。手を出すな」
低く、だが絶対の命令権を持つ冷徹な声が響いた。
村人たちが道をあけ、その奥からアメリカンスピリットを咥えた優太が、ゆっくりと歩み出てきた。その後ろには、マグカップを持ったネギオがニヤニヤと笑いながら続いている。
「ああん? なんだてめえは。人間の分際で、こんな辺境の獣人に飼われてるのか?」
ガルドの挑発を完全に無視し、優太はイグニスから羊皮紙を受け取ると、視線だけで瞬時に契約内容をスキャンした。
数秒後、優太は呆れたように鼻で笑った。
「ネギオ、どう思う」
「カカッ、笑止千万やな」
ネギオがポポロシガーの煙を吹き出しながら、ガルドの前に進み出る。
「ルナミス帝国通商法、第四章第十二条。『情報的非対称性を利用した、市場価格の十分の一を下回る不当な買い叩き』。さらに第三章第八条『独占的優越的地位の濫用による強制契約』。極めつけは、ルナミス帝国で百年前に佐藤太郎公爵が制定した『人身売買の完全禁止法』への抵触やな」
「なっ……!?」
ただの植物の魔物だと思っていた樹人の口から、帝国の複雑な法律が完璧な条文と共に飛び出し、ガルドの顔色が一瞬で土気色に変わった。
「提示額が市場価格の三パーセント以下だ。さらに、人身売買の隠し条項。こんなものは契約書じゃない。ただの詐欺と強盗の宣言書だ」
優太が羊皮紙をビリッと破り捨て、ガルドの足元に投げ捨てた。
「き、貴様ら……ッ! 帝国の巨大商会を敵に回して、タダで済むと思っているのか! おい、こいつらを痛い目に遭わせてやれ!」
ガルドが怒鳴ると、背後に控えていた五人の傭兵が一斉に剣を抜いた。
村人たちに緊張が走る。
だが、優太の表情からは一切の感情が消え失せ、極寒の戦場医官の顔へと切り替わっていた。
「……五人。装備は安物の量産剣、足元は革靴。重心が高く、実戦経験も浅い」
優太はシガレットを携帯灰皿にしまい、パーカーのポケットから両手を出して、完全に脱力した自然体で傭兵たちの前に立った。
「抜剣から俺の間合いに入るまで一・五秒。だが、俺が全員の頸動脈と膝の腱を断ち切って無力化するのに、三秒もかからない」
優太から放たれる、本物の殺し合い(CQB)を潜り抜けてきた者だけが持つ『圧倒的な死の気配』。
グリーンベレー仕込みの戦術的威圧を叩きつけられ、傭兵たちは一歩たりとも前に出ることができず、ガチガチと剣を震わせ始めた。
「もし武力でこの村を脅かすというなら、正当防衛として全員の四肢を物理的に『切断』するが……それでもやるか?」
「ひっ……!」
優太の静かで冷酷な脅迫に、傭兵の一人が剣を取り落とし、後ずさりした。
法廷闘争でも勝てず、暴力でも圧倒的な実力差を見せつけられたガルドは、脂汗をダラダラと流しながら馬車へと逃げ戻った。
「お、覚えていろよ……ッ! この恨み、必ず晴らしてやるからな! お前らのそのふざけた野菜も、人魚も、最後には俺の足元で泣いて縋ることになるんだ!」
三流の悪党特有の捨て台詞を吐きながら、ガルドの馬車は逃げるように村を去っていった。
土煙を見送りながら、ネギオが肩をすくめる。
「……アホな奴らや。せやけど優太、あいつら絶対に諦めへんで。法で勝てんと分かれば、次は非合法の暴力を雇って夜襲でもかけてくるのが関の山や」
「だろうな。だが、そのための自警団であり、そのための俺だ」
優太はコンバットグラスの位置を直し、冷静に防壁の強化プランを脳内で組み立て始めた。
「とりあえず、村の連中を安心させるのが先だ。リーザ、お前も怖かっただろう」
「優太さん……っ」
「今日の昼飯は、俺の特製カレーにする。スパイスを効かせて、嫌な気分ごと胃袋に流し込んでやる」
優太の温かい提案に、リーザの腹の虫が「きゅるるっ」と返事をした。
忍び寄る経済的侵略の影を前に、防衛指揮官は静かに刃を研ぎ澄ましていた。
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