EP 4
狂気の変異農作物と、戦術的経済眼
「……なんの冗談だ、これは」
ポポロ村の防壁の外れに広がる農地。そこへ足を踏み入れた優太は、コンバットグラスの奥で眉間を深く揉みほぐしていた。
目の前の光景は、もはや農業という概念を根底から破壊していた。
畑の土からポンッと飛び出してきたのは、短い手足が生えた巨大なオレンジ色の人参——『人参マンドラ』だった。
「ギャアアアアアッ! 抜カレタァァッ! 食ワレルゥゥッ!」
鼓膜を劈くような断末魔の絶叫を上げながら、人参マンドラは短い二本足で猛烈なダッシュを決め、畑からの脱走を図っている。
その後を、息を切らした獣人の村人が網を持って追いかけているが、マンドラのすばしっこいフェイントに翻弄され、見事にすっ転んだ。
「カカカッ! 見事な脚力やろ!」
ネギオがポポロシガーを吹かしながら、胸を張って解説する。
「通常の野菜は外敵から逃げられん。せやからワテは、自律歩行と危機察知能力を遺伝子レベルで組み込んだんや! 名付けて『走るビタミンA』、人参マンドラや!」
「逃げられたら収穫できないだろうが……ッ!」
「そこは農家の腕の見せ所や。ただの肉体労働やない、知略と俊敏性が求められる『スポーツ農業』っちゅうわけやな」
ネギオのふざけた解説を聞き流し、優太は静かに息を吐いた。
脱走した人参マンドラが、防壁の隙間から森へ逃げ込もうとしている。
村の貴重なカロリー源を逃すわけにはいかない。
優太はシステマの呼吸法で精神を統一し、爆発的な踏み込みで地面を蹴った。
「ギャッ!? 人間キタ! コワイ!」
逃げるマンドラの背後に、音もなく優太が張り付く。
右手のタクティカルナイフを逆手で構え、マンドラの『膝裏』にあたる部分を的確に蹴り抜き、体勢を崩したところに淀みなくマウントポジションを取る。
「ギャッ……ハナセッ!」
「動くな。関節(繊維)をキメるぞ」
抵抗する人参に対し、グリーンベレー仕込みの完璧な関節技を極め、一切の容赦なく身動きを取れなくする。真顔で人参を制圧する優太の姿に、同行していたイグニスが「すげえ……でもなんか絵面がマヌケだぞ」と引き攣った笑いを浮かべていた。
ネギオが麻袋を持って歩み寄る。
「流石の制圧力やな。だが、驚くのはまだ早いで。こっちを見い」
ネギオが指差した先には、土から半分だけ顔を出している玉ねぎの群生があった。
だが、その玉ねぎたちは、なぜか小さな葉っぱの手で『ルナミス帝国の週刊誌』のような冊子を広げ、熱心に読み耽っているのだ。
「……なんだ、あいつらは。字が読めるのか?」
「あれは『たまんネギ』や。知識欲、とりわけ『人間の煩悩』を吸収することで糖度が増す特異体質なんや」
ネギオがニヤリと笑う。
「今あいつらが読んどるのは、ルナミスで発行されとる水着グラビアの雑誌や。ムッツリなエロい想像をすればするほど、玉ねぎの内部にアミノ酸と糖分が爆発的に蓄積され、極上の甘みを生み出すんやで」
優太が目を凝らすと、たまんネギたちが「ヒヒッ」「タマンネェ……」と不気味な笑い声を漏らしながら、その白い皮をうっすらとピンク色に染めているのが見えた。
「……食欲が失せる生態だな」
「アホ抜かせ、この甘さはルナミスの貴族どもが金貨を積んでも欲しがるレベルやぞ! さらに隣のキャルルみたいな丸っこいやつ、あれは『ネタキャベツ』や」
ネギオが指差したキャベツの群れは、なぜか互いの葉っぱをすり合わせながら、ヒソヒソと井戸端会議をしているように見えた。
「あれはゴシップや噂話を吸い込んで成長する。村の不倫話や、イグニスの『見栄っ張りな嘘の手紙』なんかの恥ずかしい情報を聞かせると、葉っぱが何重にも硬く巻き上がって、最高の歯ごたえになるんや」
「おい! 俺様の黒歴史を肥料にすんじゃねえッ!」
イグニスが顔を真っ赤にして叫ぶが、ネタキャベツたちは「ウケるー」「あの竜人、実家で像建つらしいよー」と、見事な煽りスキルを発揮して葉を巻いていた。
(……完全に狂っている)
優太は深い頭痛を覚え、こめかみを指で押さえた。
だが、冷徹な戦術眼は、この狂気の農作物たちが持つ『異常なポテンシャル』をすでに見抜いていた。
「ネギオ」
「なんや?」
「この作物の『味』と『栄養価』は、ルナミス帝国の一般的な野菜と比べてどうだ」
「カカッ、愚問やな。栄養価は通常野菜の三倍以上、味はルナミスの高級レストランで出される特級品にも引けを取らんわ。生態はアレやが、品質は絶対の保証付きや」
優太の目が、鋭く細められた。
農業とは、経済の基礎だ。
第一章で村の物理的な防衛網は完成させた。だが、それだけでは防戦一方だ。医療物資や武器を『地球ショッピング』に頼り続ける限り、ポイントの枯渇というリスクが常に付きまとう。
だが、この特産品を外部の市場……ルナミス帝国などに高値で輸出し、村自体が莫大な『富』を蓄えることができればどうなるか。
「……完璧なキャッシュカウ(資金源)になるな」
「ほう、その言葉を知っとるとは。流石はインテリヤクザや」
「村人たちを組織化し、この狂った野菜たちを効率的に収穫・パッケージングするラインを構築する。これをルナミスの富裕層に売り捌けば、ポポロ村は周辺諸国に依存しない、完全な経済的独立を果たすことができる」
優太の脳内で、村を一つの『軍産複合体』のように機能させる防衛経済プランが急速に組み上がっていく。
ただの辺境の開拓村が、圧倒的な富を生み出す『黄金の村』へと変貌を遂げる青写真。
「イグニス、自警団の任務に『収穫時の制圧訓練』を加える。走る人参を傷つけずに捕獲する動きは、CQB(近接戦闘)のいい訓練になるはずだ」
「マジかよ……俺様、魔物じゃなくて野菜と戦うのか……」
「安心しろ。労働に対する適切な対価とカロリーは、必ず保証する」
優太が静かに笑みを浮かべた、その時だった。
『パラパパパパーン!』
脳内で、軽快なファンファーレが鳴り響いた。
【善行を確認しました】
【対象:共同体の持続可能な経済発展プランの構築、および特産品の流通計画】
【地域社会への貢献度:中】
【ポイントを加算します:+500P】
(なるほど。村の自立を促す経済活動も、善行として評価されるというわけか)
システムのお墨付きも得た。
あとは、この計画を実行に移すだけだ。
だが、この『美味すぎる特産品』の存在が、後にルナミス帝国の悪徳商人の鼻腔をくすぐり、新たな火種を生むことになろうとは、優太もこの時はまだ想定していなかった。
そして、村の広場の方角からは、この狂気の農業計画にさらにカオスなバフをかけることになる、もう一人の居候の『甲高い歌声』が響き始めていた。
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