EP 3
絶対無敵スパチャ伝説(※ただし被害甚大)
ポポロ村の朝は、活気と少しの混沌に満ちている。
ルナミス帝国、アバロン魔皇国、レオンハート獣人王国の三カ国の緩衝地帯であるこの村の広場には、毎朝様々な住人が集まる。
農家のおじさんたちは収穫したばかりの「太陽芋」や「月見大根」を荷車に積み込み、超毒舌なポーンの突然変異体・ネギオは、切り株に座ってポポロシガーを吹かしながら、農家相手に朝っぱらから「論破・説法ゲーム」を仕掛けている。
その横では、竜人族のイグニスが、ルナミス帝国の高層ビル群を背景に撮った不自然な合成フェイク写真を自警団の詰め所に見せびらかし、「どうだ! これが俺様の城だ!」と自慢話に花を咲かせていた。
そんな長閑な日常の風景のド真ん中に、彼女は現れた。
「――さぁ、ルナミスドーム(※ただの村の広場)にお集まりのファンの皆様! 今日も私のゲリラライブに足を運んでくださり、誠にありがとうございますの!」
臙脂色の芋ジャージに身を包み、足元は健康サンダル。手にはルナミスの農家から譲り受けた(廃棄寸前だった)頑丈なみかん箱。
シーラン国第一王女にして、極貧地下アイドルであるリーザが、広場の中央にみかん箱をドンッと置き、その上にヒラリと飛び乗ったのだ。
「な、なんだあのジャージの娘は?」
「またイグニスの奴の変な知り合いか?」
村の老人たちや農家が、何事かとみかん箱の周りに集まってくる。ネギオでさえ、「ほう、朝から香ばしいアホが湧いたな」とニヤリと笑ってポポロシガーを咥え直した。
リーザは周囲に人が集まったのを確認すると、芋ジャージのポケットから、美しく磨き上げられた『同粒』(※ルナミス帝国における1円〜5円相当の硬貨)を取り出した。穴の空いたその銅貨を、彼女は躊躇なく己の左右の鼻の穴にカポッ、カポッと綺麗に詰め込んだ。
「……おい、なんだあの顔」
「鼻に金が詰まってるぞ……?」
ざわつく村人たちをよそに、リーザはタローマン製のサイリウム(赤・緑)を両手に構え、満面の笑みで歌い始めた。
「聞いてください! 『絶対無敵スパチャアイドル伝説!!』」
五円! 五円! 御縁! 御縁! ハイ!
五円! 五円! 御縁! 御縁! ハイ!
(キラキラリーン☆という、謎の脳内直接再生SE)
『銅でもない 銀でもない
狙い打つのは 真鍮のゴールド!
穴の向こうに 未来が見える
覗いてみてよ 私とキミのディスタンス!』
リーザの歌声が響き渡った瞬間、ポポロ村の空気が「物理的」に変わった。
人魚族の王女である彼女の歌声は、本来なら波や風を操る神聖な魔力を帯びている。しかし、地下アイドルとしての『強欲』と『生存本能』によって魔改造されたその歌声は、今や純粋な「集金・空間魔術」へと変異していた。
『「ちょっと重いかな?」って五十円
「重すぎて無理!」って五百円
身軽な愛を ジャラジャラさせて
私の配信 投げ込み カモン!』
「ん? な、なんだこれ! 俺の財布が……!」
最前列で見ていた農家のおじさんが悲鳴を上げた。
ズボンのポケットに入れていた革の財布が、まるで生き物のようにガタガタと震え出したのだ。
そして次の瞬間。
――チャリン! チャリチャリチャリンッ!!
財布の隙間から、銅貨(同粒)だけが勢いよく飛び出し、空中で美しい放物線を描きながら、リーザの足元にあるみかん箱の中へ吸い込まれていった。
「うおおおっ!? 俺の売上金が飛んでいくドス!」
「待て待て待て! わしのポポロシガー代がぁっ!」
ネギオの懐からも、イグニスのポケット(フェイク写真の現像代)からも、周囲のありとあらゆる村人の財布から、銅貨だけが磁石で吸い寄せられるように空を舞い、みかん箱(賽銭箱)へと殺到する。
『絶対無敵のスパチャアイドル!
五円が積もれば 山となる!
御縁をちょーだい キラキラ☆キラリ
推しの生活 支えてちょーだい!』
「やめろぉぉぉ! 物理的な強制集金はやめろぉぉ!」
「俺のへそくり! 嫁に内緒のへそくりがぁぁっ!」
広場は阿鼻叫喚の地獄と化した。
飛び交う銅貨の嵐の中、財布を吸われたショックと、未知の魔力現象に対するパニックにより、心臓の弱い村の老人たちが次々と胸を押さえて倒れ込み、過呼吸を起こし始めたのだ。
「ヒューッ……ハァッ、ハァッ……! わ、わしの金が……」
「息が……苦しい……!」
その惨状を聞きつけ、村長宅から猛ダッシュで駆けつけてきたのは、月兎族のキャルルだった。
「リーザちゃぁぁん!! 朝からなんてことをしているんですかァァァッ!!」
キャルルは100m5秒台の超スピードで広場に乱入すると、そのままトップスピードで跳躍。タローマン製の特注安全靴に闘気を集中させ、みかん箱めがけて急降下した。
「月影流――鐘打ちッ!!」
ドゴォォォォンッ!!
遠心力と質量を伴った必殺の回し蹴りが、みかん箱に直撃。集金用の箱は木っ端微塵に粉砕され、吸い込まれていた銅貨がシャワーのように周囲に散らばった。
「あぁぁっ! 私のスパチャ(生活費)がァァッ!!」
みかん箱の崩壊と共に歌が強制終了し、魔法の磁場が消失する。リーザは無残に砕け散った箱の残骸にすがりついて泣き叫んだ。
「物理的な強制集金は法律違反です! アイドルならファンサービスで勝負しなさい!」
キャルルがリーザの首根っこを掴んでお説教を始める中、さらに別の影が、足音一つ立てずに倒れた老人たちの輪の中へ滑り込んだ。
自警団医官・中村優太である。
「キャルル、説教は後だ。イグニス、散らばった銅貨を拾い集めて持ち主に返せ。ネギオは群衆を下げろ、風通しを良くする」
優太の声は低く、しかし戦場を支配する絶対的な冷静さを保っていた。
彼の腕にはG-SHOCKのマッドマスターが光り、タクティカルリュックはすでに展開されている。
「じいさん、俺の声が聞こえるか? 目を開けろ。過呼吸だ、パニックで呼吸が浅くなっているだけだ」
優太は倒れている老人の胸ぐらを優しく、しかし強固に掴み、自身も深く息を吸い込んだ。ロシアの軍隊格闘術『システマ』におけるバースト・ブリージング(戦闘時の呼吸同調)の応用である。
「俺の呼吸に合わせろ。……吸って、二秒。吐いて、四秒。そうだ。ゆっくりだ。金は逃げないから安心しろ」
優太の深く落ち着いた声と、正確に刻まれる脈拍のリズムが、老人のパニックを急速に鎮めていく。優太の手は同時に複数の老人の脈を取り、TCCC(戦術的戦傷救護)のトリアージ基準に照らし合わせて『命に別状なし』と瞬時に判断を下していた。
「よし、血中酸素濃度は安定した。ただのショック症状だ。お前ら、しばらく日陰で休んでいろ」
優太が流れるような手際で救護を終えた瞬間、彼の脳内にシステム音が鳴り響く。
『――ピロリン♪』
『集団パニックにおける迅速なトリアージおよび救命処置を確認。善行ポイント【+300 P】を獲得。カルマ(運命力)が清らかに上昇しています』
(……朝から集団救護訓練の相手をさせられるとは思わなかったがな)
優太は内心でため息をつきながら立ち上がった。彼に「村人を助けて感謝されたい」という欲求はない。ただ、目の前で呼吸困難になっている人間がいれば、身体が勝手にメディックとして動くだけだ。
優太はゆっくりと歩み寄り、キャルルに正座させられているリーザの前に立った。
リーザは「ひっ」と肩をすくめ、芋ジャージの襟をギュッと握りしめた。
「ち、違いますの! これはただのファンサービスの一環で……!」
優太は怒ることも、怒鳴ることもなかった。ただ、医官としての冷徹な目でリーザの顔を覗き込み、スッと彼女の顎を掴んだ。
「……口を開けろ。『あー』と言え」
「あ、あー……?」
優太は懐中電灯を取り出し、リーザの口腔内と喉の奥を照らし出した。
「ふむ。声帯の振動パターンが人間や獣人と根本的に違うな。超音波の帯域に、特定の合金(銅)の磁気共鳴を引き起こす空間魔術の波長が乗っている。要するに、お前の『強欲』という感情のベクトルが、声帯を通じて音波兵器化している状態だ」
「お、音波兵器……!?」
「おそらく、人魚族本来の『船乗りを魅了する歌(セイレーン魔術)』が、現代の資本主義社会のストレスと極貧生活によって、最悪の方向へ突然変異したんだろう」
優太は顎から手を離し、ペンライトをしまった。
「歌うなとは言わん。だが、あの波長を制御できなければ、次はショック死する人間が出る。周囲の魔力を乱すということは、それだけ人体(血管や心肺機能)に負荷をかけるということだ」
優太の言葉には、軍医としての絶対的な重みがあった。
「私が……ファンを殺してしまう……?」
「そうだ。アイドルなら、ファンを笑顔にするのが仕事だろ。命や生活費を奪ってどうする」
優太はポケットからアメスピの箱を取り出し、一本咥えた。
「今日から発声練習だ。魔力を乗せず、純粋な音波だけで歌う訓練をしろ。それができるまでは、広場でのライブは禁止だ。わかったな?」
「……はいぃっ! 私、命を奪うアイドルにはなりたくありませんわ!」
リーザは涙目で深々と頭を下げた。
それを横で見ていたキャルルは、優太の背中を見つめながらウサギの耳をピンと立てた。
(優太さんの心音……やっぱり、少しの怒りも、見下す感情もない。ただ純粋に、リーザちゃんと村の人たちを心配して、一番正しい解決策を提示しているだけ……)
キャルルの頬が少しだけ朱に染まる。
「さてと……おいイグニス。金は全部持ち主に返したか?」
優太が振り返ると、竜人族の男が、数枚の銅貨をこっそり自分のポケットに隠そうとしているところだった。
「げっ! 優太、ち、違うぜ! これは俺様の手間賃として――」
「全額返せ。後で俺のタローソンでの買い出し(荷物持ち)を手伝うなら、昼飯にファミチキを奢ってやる」
「マジか! やるやる! おっさん、ほら金返すぜ!」
イグニスが尻尾を振って銅貨を返却するのを見届けながら、優太はマッチでタバコに火をつけた。
ポポロ村の騒がしい朝は、優太の打算なき善行と、徹底された『戦術的医療』によって、今日も無事に平穏を取り戻したのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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