EP 13
開戦。命の防衛線
カシャ、カシャ、カシャ……!
無機質で不気味な駆動音を響かせながら、漆黒の鋼鉄蟻——『死蟲機』の先陣が、開け放たれた村の南門へと殺到した。
彼らの知能は、優太の読み通りに機能した。わざわざ強固な防壁を酸で溶かして時間をかけるより、ぽっかりと開いた門から侵入する方が『合理的』だと判断したのだ。
数十匹の死蟲機が、門を抜けて村の中へと雪崩れ込む。
だが、その直後。
「ギィッ!?」
先頭を走っていた死蟲機の脚が、見えない罠に絡め取られ、無様に転倒した。
南門の直後に構築されたV字型のポケット陣地。その底と側面に幾重にも張り巡らされた『レイザーワイヤー(有刺鉄線)』だ。
ただの針金ではない。地球の軍隊が陣地防衛に用いる、剃刀のような刃が無数についた凶悪な鉄線。死蟲機たちが暴れて抜け出そうとすればするほど、刃が関節の隙間に食い込み、自らの機構を破壊していく。
「引っかかったぞ! 今だ、やれッ!」
優太の怒声が、キルゾーンに響き渡った。
土嚢の裏に身を潜めていた自警団員たちが、一斉に立ち上がる。
「オラァッ! 丸焼きになりな!」
先陣を切ったのは、竜人族のイグニスだった。
彼は大きく息を吸い込み、大きく口を開いた。竜人族特有の大火炎が、身動きの取れない死蟲機の群れ目掛けて扇状に放射される。
有刺鉄線の上で、鋼鉄の蟻たちが紅蓮の炎に包まれ、内部の機械油に引火して次々と爆発を起こす。
炎を逃れて有刺鉄線を乗り越えようとした個体には、イグニスの両手斧が容赦なく振り下ろされた。優太の教え通り、大振りの隙を消し、敵が一番無防備になるキルゾーンの頂点で叩き潰す完璧なカウンター。
「いいぞイグニス、その調子だ! 槍部隊、後続の脚を狙え!」
優太自身も、土嚢を蹴って最前線へと躍り出た。
ワスプ薙刀を中段に構える。だが、切り札である高圧ガスはまだ使わない。
死蟲機の強固な鋼鉄の装甲を無理に断ち切る必要はない。システマの歩法で敵の酸の吐息を最小限の動きで躱し、刃を敵の『関節部』——機械と生体が入り混じる脆い隙間へと滑り込ませる。
ズパッ! ギギィッ……!
解剖学と無双薙刀流の理合が融合した、冷徹な精密作業。
関節を断ち切られた死蟲機は、バランスを崩して仲間の下敷きとなり、自滅していく。
『パラパパパパーン!』
『パラパパパパーン!』
優太の脳内で、ファンファーレが狂ったように連続で鳴り響いた。
視界の端のホログラムUIで、数字がスロットマシンのように弾け飛ぶ。
【善行を確認しました:魔獣討伐+100P】
【善行を確認しました:魔獣討伐+100P】
【現在の所持ポイント:11200P】
(……殺しの罪悪感は、とうに捨てた)
初討伐で嘔吐した優太は、もうここにはいない。
背後には、守るべき村人たちと、自分に命を預けてくれた少女がいるのだ。奪うポイントの安さに皮肉を感じる余裕すらない。ただ冷徹に、効率的に、命を奪う作業を遂行する。
戦局は、完全に優太たちの優勢だった。
キルゾーンに誘い込まれた死蟲機たちは、三方向からの十字砲火と炎に焼かれ、有刺鉄線と仲間の残骸が行く手を阻む『死の渋滞』を起こしていた。
このまま消耗戦を強いれば、いずれ群れは全滅するか、撤退を選ぶはずだった。
——だが。
地獄の釜の底は、そう簡単に閉じてはくれなかった。
「……ッ!? 優太、何か来るぞ!」
炎を吐き終えたイグニスが、森の奥を睨みつけて叫んだ。
直後、ズシン、ズシンと、これまでの死蟲機とは比較にならない重低音の地響きが村を揺らした。
森の暗がりから姿を現したのは、体長五メートルに迫る規格外のバケモノだった。
人型と昆虫を悪魔的に融合させたようなフォルム。右腕には巨大な鎌を、左腕には強酸を溜め込んだ異形のタンクを備え、全身をミスリルのように鈍く光る重装甲で覆っている。
「『死蟲将軍機』……嘘だろ、あんな上位種まで混ざってたのかよ!」
イグニスが絶望に顔を歪める。
将軍機は、キルゾーンで身動きが取れなくなっている自軍の死蟲機たちを一瞥すると、まったく感情の読めない機械的な動作で左腕を掲げた。
「——マズい! 全員、土嚢の裏に伏せろッ!!」
優太の絶叫と同時。
将軍機の左腕から、高圧のホースから放たれるような勢いで、大量の『溶解酸』が放射された。
それは、優太たちを狙ったものではなかった。キルゾーンに築き上げられた『土嚢の壁』と『有刺鉄線』、そしてそこに絡まっていた味方の死蟲機ごと、すべてを強引に溶かし尽くすための範囲攻撃。
ジュゥゥゥゥッ!!
強烈な白煙と悪臭が立ち上る。
地球の軍用資材である強固な土嚢が、瞬く間にドロドロに溶け落ちていく。絶対の自信を持っていた防衛線が、たった一撃で、文字通り『崩壊』させられた。
「グオォォォッ!!」
将軍機が、勝利の咆哮のように奇声を上げた。
溶け落ちた壁の隙間から、残存していた死蟲機たちが一斉に村の内部へと雪崩れ込んでくる。
「くそっ、やらせるかッ!」
イグニスが両手斧を振りかぶり、将軍機へと決死の突進をかける。
渾身の力で振り下ろされた斧の一撃。だが、将軍機の分厚い重装甲は、百馬力の斧をカンッという乾いた音と共に弾き返した。
「なっ……!?」
「イグニス、退がれッ!」
バランスを崩したイグニスに、将軍機の巨大な鎌が振り下ろされる。
優太が間一髪でイグニスの襟首を掴み、後方に引き倒したことで直撃は免れた。だが、鎌の風圧だけで、イグニスの肩口の鱗がざっくりと切り裂かれ、鮮血が舞った。
「ぐっ……あぁっ!」
「イグニス! くそっ、下がって止血しろ!」
土嚢は溶け、最大の火力だったイグニスも負傷した。
後方のトリアージ所では、キャルルが青ざめた顔でこちらを見つめているのがわかる。
(このままじゃ、全滅する——!)
優太は後退しながら、ホログラムUIを睨みつけた。
所持ポイントは『11500P』。
リストの最下層。今まで触れることのなかった、膨大な代償を要求される『切り札』のカテゴリ。
もはや、手段を選んでいる余裕はなかった。
「……地球の軍事力を、舐めるなよ」
優太は血に塗れた指で、その狂ったボタンを強く押し込んだ。




