EP 11
忍び寄る死蟲の影と、ミリタリー・アンロック
森は、完全に沈黙していた。
風に揺れる葉擦れの音すら消え失せ、朝だというのに鳥のさえずり一つ聞こえない。代わりに、足元を小さな野ネズミや兎たちが、村の防壁に向かって必死の形相で逃げてくる。
「優太……なんだ、これ。妙だぜ」
村の門前で警備に当たっていたイグニスが、両手斧を握り直しながら低く唸った。
優太は逃げ出す小動物たちの群れを一瞥し、コンバットグラスの奥で目を細めた。
「生態系が崩壊している。森の奥で、上位の捕食者が異常発生したか、大規模な『群れ』が移動してきている証拠だ。イグニス、斥候に出るぞ。案内しろ」
「おう。背後は任せな」
二人は音を殺し、獣道を逆走するように森の深部へと足を踏み入れた。
ここ数日の間、優太は村人の怪我の治療や公衆衛生の管理、自警団への戦術訓練を根気よく続けていた。その結果、現在の所持ポイントは『9800P』まで増加している。
しかし、どれほど医療や訓練を施そうと、村を丸ごと飲み込むような物理的暴力が迫れば、全ては水泡に帰す。
森を十分ほど進んだ時だった。
ツン、とした鼻を突く異臭が漂ってきた。酸の匂いだ。
同時に、カシャ、カシャという無機質な金属音が無数に重なり合う、不気味な足音が鼓膜を打つ。
「優太、あれを見ろ……ッ!」
前方の茂みに身を潜めたイグニスが、震える指で崖下を指し示した。
優太は息を殺し、眼下の光景を覗き込む。
そこは、文字通り『地獄』だった。
体長一メートルを超える、黒光りする鋼鉄の装甲を持った巨大な蟻の群れ。それが何十、何百と蠢き、口から強酸を吐き出しながら森の木々を溶かし、喰らい尽くして進んでいる。
生物のようでありながら、その関節部は機械仕掛けの駆動音を鳴らしていた。
「な、なんだありゃ……ただの魔物じゃねえ! あんなもん、おとぎ話でしか聞いたことねえぞ……!」
「知っているのか」
「天魔窟ってダンジョンに封印されてるっていう、死蟲王サルバロスの眷属だ。機械と虫の化け物、『死蟲機』……ッ! なんであんなもんが大群でこんな森に!」
イグニスがパニックになりかけるのを、優太は手で制した。
冷徹な脳は、恐怖を切り離し、純粋な『脅威度』と『進行ベクトル』だけを計算し始めていた。
(個体の運動能力は高い。だが、進軍速度は時速五キロ程度か。進行方向は……完全にポポロ村の方角だ)
群れの数は、目視できるだけで百を超えている。
ただの野生の群れではない。前衛に強固な顎を持つ個体、後衛に酸を吐く個体が規則正しく配置されている。明らかに知能を持った指揮系統が存在している。
「……気づかれる前に退くぞ。全速力だ」
優太の静かな声に、イグニスはこくりと頷き、二人は来た道を音もなく後退した。
十分に距離を取った後、村へ向けて全速力で駆け出す。
「優太! 村の連中を逃がすか!? あんな群れ、俺たち自警団の数人じゃどうにもならねえぞ!」
「無理だ」
優太は息一つ乱さずに即答した。
「あの強酸を見ただろ。道なき森を切り開いて進むスピードが異常だ。老人や子供を連れて逃げれば、半日もしないうちに追いつかれて背後から蹂躙される。迎撃するしかない」
「迎撃って……どうやって!?」
「村の防壁と地形を利用して、奴らを一点に集める。俺たちで『キルゾーン』を作るんだ」
優太が力強く宣言した、その時だった。
『パラパパパパーン!!』
走り続ける優太の脳内に、いつにも増して壮大で、どこか神々しいファンファーレが鳴り響いた。
視界の端で、ホログラムUIが激しく明滅を始める。
【善行を確認しました】
【対象:共同体を脅かす致死的危機の察知、および防衛のための警告】
【地域社会への貢献度:大】
【ポイントを加算します:+200P】
【現在の所持ポイント:10000P】
さらに、画面全体がプラチナのような輝きに包まれた。
『累計獲得ポイントが10000Pを突破しました!』
『ユーザーランクが【シルバー】へ昇格しました!』
『地球ショッピング・新カテゴリ【建材・軍用資材】【車両・重機類】がアンロックされました!』
(……来たッ!)
優太の口元に、凶悪な笑みが浮かんだ。
走りながらUIを横目で確認する。
今まで医療品と日用品しか買えなかったリストに、分厚い鉄板、有刺鉄線条、土嚢袋、コンクリートブロック、さらには携帯用のトーチカや陣地構築用の建材がずらりと並んでいる。
これだけではない。
リストの奥底には、必要ポイント『全額』に近い代償を払うことで引き当てられる、現代兵器——『切り札』のガチャ項目すら解放されていた。
「イグニス! 村に戻ったら、自警団の連中と動ける若者を全員集めろ!」
「お、おう! わかった!」
恐怖などない。あるのは、冷酷な部隊指揮官としての殺意だけだ。
死蟲王の眷属だろうが、鋼鉄の化け物だろうが関係ない。
地球の現代戦術と、軍用資材で作られた『絶対殺戮陣地』の恐ろしさを、異世界の化け物たちに叩き込んでやる。
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