95.新たな〈種〉
【今回のあらすじ】
勇真は新たな〈種〉として目覚める。
目を覚ますと、ベッドの上だった。
2日ほどを過ごした山の館のあの部屋の、木製のベッドだ。
勇真は周囲を見回しスマホを探す。
サイドテーブルの上に置いてあった。見るとバッテリーが切れていた。日付も時間もわからない。
首筋に手を当ててみたが、何の痕跡もない。
あれは夢だったのだろうか?
起き上がって下の食堂へ行けば、寅三も夏樹も兄も、にこにこしながら座っていて、僵尸の使用人がとびきり美味しい食事を用意してくれているのではないか。
そんな風に思って、勇真はベッドから降りようとした。
足元がふらついて転ぶ。
その音を聞きつけたのか、パタパタと足音が近づいてきて、扉が開いた。
「ユウ君、目が覚めたんだね! よかった! 心配したよ! 転んじゃったのかい? 大丈夫? 怪我はしていない? 立ち上がれる? ベッドに戻ったほうがいいよ?」
兄がまくしたてる。
大人びた口調の兄ではなく、あの、子供のままの兄だ。
「何がどうなったんだ?」
兄に手伝われてベッドに戻った勇真が尋ねた。
「ん。みんな逝っちゃったよ」
しんみりした声で兄が言う。
「寅三さんも、夏樹さんも、博貴叔父さんも、忌族の人たちも、老師も……」
「あれは、夢ではなかったのか……? 俺は、叔父さんと一緒にいた美女に何かを植え付けられた……?」
「夢じゃないよ。残念ながら、ユウ君はもう人間じゃなくて尸皇だから」
尸皇と聞いて、血が騒ぐ。
体中をめぐる血が囁いてくる。自分が何者なのか、何のために存在しているのか、何を行わなければならないのか。
「ウソだろ……」
俯いて、片手で顔を覆う。
信じられない。
不意に気が付いて、兄に尋ねる。
「あれは昨日か? 今日は何日で、今は何時だ?」
「残念ながら、昨日じゃないよ。今日は2025年11月8日土曜日。時間は午前11時。天気は晴れ!」
それを聞いてハッとする。
「無断欠勤――⁉ 1週間も⁉」
ヤバい!
血の気が引いた。
「心配するの、そこ?」
兄が笑う。
「レンタカーも返してない……」
「ユウ君は、もう人間じゃないから、尸皇だから、神様だから」
わかっている。
自分がとんでもないものになってしまったということは。
血が伝えてくる。お前の役割を果たせと。これから先、命が尽きる数千年先まで、この惑星を見つめ続けろと。この世界の未来を確定するために、観測し続けろと。
「とりあえず、山を下りて、車を返して、延滞料金を払って、それから、ゆっくりゴハンでも食べようよ」
兄が気楽に言う。
その顔を見ていると、深刻に考えるのが馬鹿らしくなった。
勇真は充電器を取り出して、スマホをコンセントにつなぐと、風呂場に行って体を洗い、ひげを剃って、着替える。
「牙があるみたいなんだけれど?」
兄に尋ねる。兄は頷く。
「しょうがないよ。血種になっちゃったんだから」
「これ、目立たないか? 人に見られたら怪しがられない?」
「案外大丈夫。大口開けて笑ったりしなければ」
確かに、寅三さんと食事したときも、剥き出しにしない限りわからなかった。
「たまに、下唇に刺さるんだけれど?」
「慣れて!」
兄が笑う。笑われた。




