96.数千年の旅路
【今回のあらすじ】
勇真と兄は、新たな一歩を歩みだす。
充電半分のスマホを持って、兄と一緒に外に出た。
ふたりで黙々と門へ向かう坂を下りて行く。
レンタカーを使おうと思ったのだが、キーが見当たらない。寅三さん、死ぬ前にキーの仕舞い場所を教えて欲しかったよ……とぼやいてもどうにもならない。
「ねぇ、ユウ君、何考えてる?」
ふいに立ち止まった兄が、両手を腰に当ててこちらを睨みつけてきた。
「え? 何と言われても…… 会社の仕事が嫌でたまらなかったけれど、今はそうでもないかもしれないとか、むしろ故人の血が手に入れば、もっとうまくいくんじゃないかとかいう悪いことを考えちゃったり。レンタカーはどう言い訳しようかとか。あとは、このまま歳をとらないなら、家や財産のことはどうすればいいのかなぁとか……?」
「そか。良かった」
兄はホッとしたように体の力を抜いた。
「何?」
「いや、こんなことになっちゃって、ボクのことを怒っているのかと思ってさ。ずっと難しい顔して黙ってるから」
「怒っても仕方ないだろ?」
確かにちょっとムカついてはいるかもしれない。でも、兄のせいではないのはわかっている。むしろ兄も被害者だろう。
「相続した財産がかなりあるから、当分の間は生活に困らないと思うんだけれど、数千年もどうすればいいんだろうなぁ? 想像がつかなくて……」
「それなら、眷属を作ればいいよ」
「眷属?」
「尸皇にとっての神護家みたいな人間。血種とわかっていて支援してくれるかわりに、庇護する対象を作ればいいんだよ。忌王は世界中に眷属がいたから、そいつらを取り込むことができるかもしれないし、ユウ君が信頼できる人間と新たに契約してもいいし」
「なるほど……」
門の外に出ると、いきなりスマホが鳴りだした。
ポケットから取り出してみると、大量の通知が。
会社からの電話と会社からの電話と会社からの電話と、周佑からのLINEが……30件? 暇人か、あいつは?
会社からの電話はとりあえず無視して、周佑にLINE通話を試みる。
『おい! 生きてるのか⁉』
開口一番、唾を飛ばしそうな勢いでしゃべりだす。
スマホを耳から遠ざけて、「生きてるよ」と笑えば、『危うく警察に相談する寸前だった』と怒りだす。
『あんなこと言ってから連絡がつかなくなるから……』
あんなこと? 何だっけ? と記憶をまさぐる。
「ああ、そうだった。思い出した。お前が好きだよ」
笑いながら言うと、焦ったような呻きが聞こえた。
「ところで周佑、ものは相談だが、お前、うちの資産を管理する気はないか? お前とお前の子々孫々。特典として、生涯使い切れない資産の形成を手伝い、どんな病気も怪我も治します」
『はぁ⁉』
何言ってるの⁉ 頭大丈夫か⁉ 何があった⁉ 宇宙人にでも攫われていたのか⁉ とか、周佑はわめき続けている。
「宇宙人……まあ、似たようなものかも。詳しくは帰ってから話すよ」
勇真は通話を切ると、青い空を見上げて笑った。
空を見上げながら、6000年を生きた老師に思いを馳せる。
長久の時間を生きるには、人であることを捨てるべきかもしれない。
でも、勇真は人間であることを捨てたくなかった。
自分は老師とは違う。尸皇にはなれない。
そんな自分が選ばれたのは、それなりの理由があるのだろう。
前の世代とは異なる新しい〈種〉――。
前世代の記憶を与えられなかったのには何らかの意味があるはずだ。
ならば、自分なりに模索しながら生きてゆくしかあるまい。
兄に視線を移す。
心配そうな顔をしてこちらを見上げている兄。
勇真は、兄の頭をくしゃくしゃと撫でた。
少なくとも自分はひとりぼっちじゃない。
ならば、なんとかやっていけるに違いない。たとえそれが数千年の旅路だったとしても。
了




