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血と絆 ~または記憶と祈り~  作者: 木庭七虹
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93.祈り

【今回のあらすじ】

公爵が王を殺す。

 (ロワ)は、奴霊(どれい)で作り出した剣をふたつに分離し、左右から打ちかかってくる長柄の武器を、両手に1本ずつ持った剣で弾いた。駆け寄るスピードと頭上から振り下ろす勢いを重さに変えて叩き込んだ武器を、それぞれ片手で弾くとは。とんでもない膂力(りょりょく)だ。

 距離を取り、武器を構えなおす。

 今度は同時ではなく、微妙にずらしたタイミングで打ちかかった。しかも寅三(とらぞう)は上から叩き込み、公爵(デュック)は水平に()いだ。それでも、王は、左右の剣で器用にいなした。

 寅三が「チッ」と舌打ちをする。

 公爵は心の底からふつふつと喜びが湧き上がるのを感じた。これだ。こういう戦いだ。俺が王に求めたものは。


 寅三が、使役している妖獣に命じて角を連射させ、同時に使霊(しれい)を飛ばして王の腕を掴もうとした。反対側から公爵も奴霊(どれい)を使って王を攻める。攻めながら偃月刀(えんげつとう)を縦横に振るう。寅三もそれに合わせて月牙鏟(げつがさん)を繰り出した。

 しかし、妖獣の角も使霊の攻撃も、王の奴霊に阻まれる。叩きつける月牙鏟も薙ぎ払う偃月刀も、王の刀に受け止められる。さらに、伸びてきた王の奴霊が、公爵と寅三の首に絡まり締め付けてくる。

 それでも、公爵と寅三は、手にした武器に力を込める。ジリジリと、王が手にした剣が下がってゆく。

 そのとき、王の背後から何かが飛んできた。

 王は首を傾けて難なく()けたが、飛んできた武器はふたつだったようで、一瞬遅れて飛んできたほうが王の頬を(かす)めた。ふたりの首を締め付けていた奴霊の力が緩む。

 ひとつは壁に刺さり、ひとつは家具にぶつかって床に落ちたその武器は、ナイフだった。3人は一斉にナイフが飛んできた方向を見た。

 顔が潰れた男爵(バロン)が、戸口に立っていた。


 王は、ナイフが掠った傷口に手をやり、よろめいた。

 王の奴霊が消える。奴霊が変化した剣も消えた。

「王を、殺させない」

 男爵は言い、ナイフを構えて公爵と対峙(たいじ)した。

 公爵は、男爵に素早く近寄ると、偃月刀を振った。男爵の指と共にナイフが飛び、次の瞬間、横薙ぎに払われた偃月刀によって男爵の首が飛んだ。

 男爵の首は、血の筋を残しながら床に転がった。遅れて体が倒れる。

 首を切られても血種(けっしゅ)は死なない。男爵は悔しそうに唇を噛み締め、公爵を(にら)んだ。

 その目の前で、王の体が崩れ落ちる。

 ナイフに塗られていた血種にも効く即効性の毒。それは王が、人間や血種を使って行った数々の残酷な人体実験の中で見つけ出したもののひとつだった。


 公爵は、偃月刀を放り投げると、王を見下ろして言った。

「俺が、お前を殺す」

 王は、公爵を見上げて言った。

「強ければ勝って生き残る。弱ければ負けて死ぬ。ただそれだけだ。我は弱かった。それだけだ」

 王が目を閉じる。

 公爵は苛立(いらだ)ちを感じた。そうやって命を投げ出す王にイラつく。

 かつてラテン帝国を震撼(しんかん)させた、残忍で、強い男はどこに行ったのか。かつて十代だったイェルが憧れの目で見上げ、戦神(いくさがみ)と信じた皇帝は、いったいどこに消えたのか。つい先ほどまでの、絶対的な強さを誇る戦士はどこに消えたのか。なぜ、最後の最後まで足掻(あが)こうとしないのか。

 苛立ちのまま、王の襟元を引き裂き、喉元を露出させると、頸動脈めがけて牙を突き刺した。

 血を(すす)る。命を(しぼ)り取る。

 最後の一滴まで、残さず飲み干す。

 公爵の手の中で、王は塵になって消えた。

「我は祈らん。その魂が、天上の楽園で戦士として再び蘇らんことを」

 祈りを捧げ、しばらくの間、じっと塵を見下ろしていたが、やがて公爵の体も崩れ落ちた。

 ブルガリア帝国皇帝の忠実なしもべであり、同時に皇帝の暗殺者でもあったクマン人の騎馬戦士イェルは、かつて敬愛した皇帝の塵の上に、自らの塵を重ねて消えた。

 男爵は、片手に自分の首を抱え、片手で床を()いずって、王と公爵だったものに近付くと、首を置き、塵をかき集めて両手に包み込んだ。その両手を見つめながら、彼は泣いた。泣きながら唯一神に王の魂の安寧(あんねい)を祈った。


「皆、なぜこうも人間であることに執着するのか……血種に身を任せ、人であることをやめてしまえば楽であっただろうに……」

 尸皇(しこう)が、憐れみをたたえた目で男爵を見ながら(つぶや)いた。

 寅三は、尸皇に近付いた。寅三の中で玄武(げんぶ)が「時は来た。今こそお前の役割を果たせ」と(ささや)いている。

 寅三は、尸皇をカウチの上に押し倒し、その首筋に噛みつこうとして、ふと目を上げた。

「老師、あなたが人間であったころはなんという名だったのだ?」

 尸皇は笑った。

「名などないよ。名もなき民草(たみくさ)だ。ただ――」

 尸皇は懐かしそうに遠い記憶をたどる目をした。

「三男を表す〈(しゅく)〉と呼ばれていたな……」

 寅三が与えられた尸皇の記憶は、尸皇になってからのものであって、人間のころのものはなかった。この人にもまた、人間としての父がいて母がいて、兄弟がいたのか。

「そうか、三男か……私や夏樹(なつき)と同じだな……」

 寅三は、なぜかちょっとだけ嬉しくなった。

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