87.ロシアンルーレット
【今回のあらすじ】
伯爵がバイクで博貴を迎えにくる。
ホテルの外に出ると雨が降っていた。11月3日文化の日は、晴れの特異日だというのに。
博貴は天を仰いだ。雨粒が顔に当たり、天に裏切られたような気がした。
もともと天にも運にも裏切られっぱなしか、と自嘲して、「さて」と、山の館の方角に視線を移す。歩いて行くには少し遠いが、無位のヴァンパイアたちが昨日から周辺の人間を排除しているので、タクシーもつかまらないだろう。たとえつかまったとしても、何の関係もない人間を血種の巣に行かせるのは忍びない。
やはり歩いて行くしかないかと諦めかけたところで、バイクの音が聞こえてきた。
音の方を見ると、黒光りする1000ccクラスと思われるバイクが近づいてきて、博貴の目の前に停まった。
体にぴったりとした黒いライダースーツを着た女が、バイクから降りてくる。
胸元のジッパーが鳩尾あたりまで下げてあり、豊満な胸の谷間が見える。
フルフェイスのヘルメットを脱ぐと、長い銀色の髪がこぼれ落ちた。
博貴は、ヒューと短い口笛を吹いた。
「ふ~じこちゃん」
軽口をたたいて笑うと、伯爵に睨まれた。
「誰よ、フジコって。どこの女?」
「この世の男を虜にしてやまない、まぼろしの女だよ」
答えると、伯爵は胡散臭げに博貴を見て、フンと鼻を鳴らした。
「迎えに来てくれたのか?」
嬉しそうに問うと、伯爵はぶっきらぼうに答えた。
「ええ、王の命令でね」
博貴は眉を寄せた。嬉しい答えではない。
「門を通り抜けるのには神護の血が必要らしいの。全員を中に入れるために、あなたを連れてきて血を飲ませろとのご命令」
博貴は苦笑して天を仰いだ。
おいおい。裏切るにもほどがあるんじゃないか? と、天と運命に毒づく。
「俺を生贄に捧げるために来たってわけか」
「まさか!」
伯爵は笑った。腰のベルトから何かを抜くと、博貴に向かって放り投げた。
ずっしりとした塊を両手で受け取って、博貴は顔をしかめた。
「M500? ずいぶんエグい物を持ってくるな……リボルバーは苦手なんだが……」
「文句は言わない」
弾丸のパッケージを渡しながら言うと、伯爵はバイクにまたがり、髪をまとめてヘルメットをかぶった。
「それで切り抜けるよ。門の中にさえ入れば、追ってこれないから」
「おーけい」
博貴は、弾丸を箱から出してポケットにねじ込む。
一発だけ手元に残して銃に装填すると、シリンダーを回し、こめかみに銃口を当てて無造作に引き金を引いた。
伯爵の悲鳴が響く。
カチリと乾いた音がして、ロシアンルーレットは不発に終わった。
どうやら天はまだ自分を見放していないらしい。いや、完全に見放されてしまったのか。
博貴は笑うと、全部の穴に弾丸を装填してから、マグナム銃をベルトの背中側にはさんだ。
恐ろしい顔で睨みつけてくる伯爵に笑顔を向けて、タンデムシートにまたがる。そこで、伯爵が背中に物騒な武器を背負っていることに気づいた。
「そんな物を使って、誰を地獄へ招待するつもりだ?」
博貴が呆れて言うと、伯爵は正面を見たまま冷ややかな声で答えた。
「もちろん、私に敵対する者すべてよ」
【登場人物】
神護博貴:勇真と真澄の叔父。60歳。外見は30代前半。
伯爵/アルジェーン:王の配下。忌族。銀髪にアイスブルーの瞳を持つ美女。
王:忌族を率いる王。
【用語】
血種:血を媒介に特殊な力を操る者。
M500:S&W M500。S&W社の大型リボルバー。.50口径。装弾数5。使用弾丸は.500マグナム弾。
ふじこちゃん:峰不二子。漫画およびアニメ〈ルパン三世〉に出てくる女性キャラクター。




