85.血種
【今回のあらすじ】
寅三は、自分のなすべき役割を知る。
それは人の意志ではなかった。人間としての尸皇の記憶の中にはないものだった。寅三が黒い穴として認識していた欠落だ。
46億年前、地球に降ってきたふたつぶの〈種〉。
〈種〉は、観測することで地球の〈今〉を〈確定〉し、世界を作り上げてきた。
やがて〈種〉は、自らの乗り物――移動し、観測するための船――として生物を生み出す。
最初のふたつぶの〈種〉は、生物に寄生することで、これまで以上に観測ができるようになった。
感覚器官と、それらを統合する脳と、移動するための足は、観測するためにこそある。
〈種〉が最終的に作り上げた人類は、船としての理想形だった。
〈種〉は、人類の血の中で、自らを複製し、観測の幅を広げる。
〈種〉に寄生された人間は、極力死から遠ざかるよう庇護された。
それでも、死は、生物の定めであり、避けることのできない運命だ。
形あるものは壊れ、生あるものは死ぬ。
〈種〉すらも、不滅ではなかった。形あるものである以上、劣化と崩壊は免れない。〈種〉に寄生され、血種となった人間の寿命は五千年から一万年だが、それは同時に〈種〉自体の寿命でもあった。
船となった人間が死を迎えるとき、〈種〉は新たな船にひとつぶの〈種〉を産みつける。
古い船から新しい船に産みつけられたひとつぶの〈種〉が、新たな世代として観測を継承するのだ。
新たな〈種〉が根付いたことを確認すると、古い〈種〉とその複製は古い船と共に一斉に崩壊する。
46億年間、無性生殖に似た形態で次世代を生み出してきた〈種〉だが、繰り返すうちに複製の限界が来る。これ以上複製を続けると、〈種〉自体の劣化が激しくなり、観測に支障が出る。
そのため、有性生殖に似た形で次世代を生み出す必要があった。
複製の限界に備えて、600万年前からその準備はされていた。
ともに地球に降ってきたふたつぶの〈種〉のうちのひとつぶが、血種とは別の形態で人類の細胞内に潜み、長い年月をかけて、新たな〈種〉を生み出す苗床を作りあげた。
それが神護の血だ。
尸皇は、神護慎一郎に出会い、次世代を生み出す準備が整ったことを知ると同時に、自身の寿命が尽きかけていることを悟った。
尸皇は、間違いなく次世代への継承を行うべく、神護の血統を守り育てた。
この継承に失敗すれば、地球は観測者を失い、確定されることのない未来に、存在が曖昧になり、混沌に飲み込まれ、百年と経たずに崩壊する。
改変の力を持って血種となった王に、尸皇が己の記憶を与えなかったのは、新たに生み出される〈種〉には、古い〈種〉の記憶はノイズとなるからだ。
王本人は知らないが、王の改変の力が、新たな〈種〉の父と母を生み出した。
父と母、ふたりの血が深く交じり合うとき、新たな〈種〉が生まれる。古い〈種〉の複製ではない、瑞々しい無垢の〈種〉が。
その〈種〉をはぐくむ船が勇真だ。神護の血を引き、なおかつ古い〈種〉をその身に宿しておらず、古い〈種〉の記憶も与えられていない理想の個体。
「寅三、お前の存在意義は、地球の崩壊を防ぐ助けをすることだ。そして、お前はすでに新たな〈種〉の船たる勇真と、船の守護者となる真澄を導き守ってきた。あとは、事が成就するのを待つだけだ」
老師は、幼い子供にするように、寅三の頭を撫でた。
「事が成就したあかつきには、お前の望みどおり、余はお前と共に滅びよう」
老師の微笑みに、寅三は震えた。
自分の役割はわかった。
玄武ががっちりと寅三の心臓を掴み、心を縛っている。もう自分の意志で動くことはできない。あとは、玄武の導きに身をゆだねるしかない。いや、ゆだねさえすれば、すべてが正しく成就するはずだ。だから、寅三は自分を手放し、すべてを神獣に預けた。
【登場人物】
神護寅三:勇真の真澄の高祖父の三男。曾祖父の弟。尸族。111歳。外見は20代半ば。
老師/尸皇:血種の祖。尸族を率いる。
王:忌族を率いる王。
神護慎一郎:勇真と真澄の高祖父。
神護勇真:主人公。33歳。神護家最後のひとり。
神護真澄。勇真の兄。35歳。外見は7歳。尸族。
玄武:神獣。四神のひとつ。黒と冬を司り、北方を守護する。
【用語】
血種/種:血の中に潜み、世界を観測する存在。または血の中に種を宿し、血を媒介に特殊な力を操る者たち。
船:種の乗り物。




