84.玄武
【今回のあらすじ】
寅三は、老師から玄武を与えられる。
寅三が部屋に入ると、老師はカウチに横たわっていた。
中華風の調度が揃えられ、異国の香が薫る部屋にいると、ここが日本であることを忘れそうになる。
部屋の壁には中華の武器がいくつか掛けてある。
赤い房が付いた槍。長い柄の先に刀を取り付けたような偃月刀。長い棒の片側にスコップ、反対側に三日月形の刃をつけた月牙鏟。3本の棒を鎖でつなげた三節棍。50㎝ほどの三日月形の刃をふたつ交差した形の鴛鴦鉞。湾曲した片刃刀である柳葉刀。
寅三が武器好きになったきっかけでもある。自分が戦うときは武器を持たずに拳を使うのが一番好きだが、武器を見るのも集めるのも好きだ。人の命を奪うための研ぎ澄まされた美に痺れる。
近付くと、老師は目を開け、けだるそうに体を起こした。
さらに近付こうとすると、老師の強い視線がそれを拒んだ。
老師の力が弱まっていることは感じるが、それでもまだ、寅三では老師に敵いそうにない。老師が望むのであればともかく、拒まれれば、その血を吸いつくすことはできまい。
「まだ、その時ではない」
老師が、静かに言った。
今でないならばいつなのだ、と逸る心で思う。
老師が死ねば、すべての血種が滅びる。ならば、王が現れて争いが起こる前に老師を殺せば、勇真の無事は約束される。何も待つことはあるまい。
「お前は、あまりにも人であることに執着し過ぎている」
「そんなことは……」
思わず口答えしてしまう。人であることなど、とうの昔に捨てたつもりだ。いまさら、何を言うのだろうか。
「お前は、聞こえるはずの血の声を拒否している。人間であることを捨てれば、血はすべてを教えてくれるというのに。血が語る声を拒否し、人間の狭い心で思考し、思索の泥沼に陥って苦しんでいる。何を好んで苦しんでいるのだ?」
老師に何もかも見透かされているような気がして気分が悪い。
「お前を形作っている父の記憶も兄の記憶も、お前を支えている母と姉たちの思い出も、すべて勇真に託して滅びを覚悟したお前は、もう人間であることに執着する必要はあるまい」
老師が両手を高く掲げた。
その手の先から、妖獣が出現する。
天井にぶつかりそうなほど大きな亀に蛇が巻きついている。
それが発散する圧倒的な力の気配に、寅三は目を瞠る。これは妖獣ではなく神だろう。
「玄武だ」と、老師が言った。
玄武は知っている。黒と冬を司り、北方を守護する神獣だ。
「こちらへ来るがいい。血の声を自分のものとして受け入れよ」
寅三は、老師の前に跪いた。
玄武が寅三の中に吸い込まれる。
神獣を受け入れ、それが導くままに、寅三の意識は血の中に潜り込んでいった。潜ってゆくに従って自我がほどけてゆく。人としての寅三が溶けてゆく。それと同時にいままで自分の中にあったにもかかわらず、見えていなかったものが見えてきた。
寅三が知りたかったすべてがそこにあった。
【登場人物】
神護寅三:勇真の高祖父の三男。勇真の曾祖父の弟。博貴からは大叔父に当たる。111歳。外見は20代半ば。
老師/尸皇:血種の祖。尸族を率いる。
王:忌族を率いる王。
神護勇真:主人公。33歳。神護家最後のひとり。
父:神護慎一郎。勇真と真澄の高祖父。寅三の父。
兄:神護総一。勇真と真澄の曾祖父。高祖父慎一郎の長男。寅三の兄。
母:神護マツ。勇真と真澄の高祖母。高祖父慎一郎の妻。寅三の母。関東大震災で死亡。
姉たち:神護タエと神護ユキ。寅三の姉。母と共に関東大震災で死亡。
玄武:神獣。四神のひとつ。黒と冬を司り、北方を守護する。
【用語】
偃月刀:長い柄に、半月のような幅広の湾曲した刃がついた中華の武器。
月牙鏟:柄の先端に鏟のような平たい刃と、月牙状の刃が組み合わさった中華の武器。
三節棍:長さ50〜60cmほどの3本の棒を、鎖や紐で連結した中華の武器。
鴛鴦鉞:ふたつの三日月形の刃が交差したような形の中華の暗器(隠し武器)。
柳葉刀:片刃の柳の葉のように反った刀。中華の武器。
血種/種:血の中に潜み、世界を観測する存在。または血の中に種を宿し、血を媒介に特殊な力を操る者たち。




