78.男爵-3
【今回のあらすじ】
男爵の過去。自らすすんで血種となった男爵は、ただひたすら王を守ると誓う。
王は、愛おしそうにセオを見つめ、親のように頭を撫でて、抱きしめてくれる。養育院にいた大人たちのような嫌なことはしなかった。
王は、セオを我が子のように愛してくれている。いや、実の父ですら、これほどまでに自分を愛してはくれなかった気がする。セオの中で、王への愛着と依存は高まり、王の元を離れては自分の人生はないとさえ思うようになっていった。
同時に、王に見捨てられる恐怖に怯えるようになった。王がなぜ自分のような子供に愛情を注いでくれるのかわからない。これが王の気まぐれであるならば、いつか、気まぐれで捨てられてしまうのではないか。成長し、子供の可愛らしさを失いつつある自分を、王はいつまで愛してくれるだろうか。大人になってしまった自分は疎まれるのではないだろうか。
捨てられたくないと、セオは思う。このままずっと王の傍で、王に仕えたい。
王に尽くすためには、人間のままではだめだと思う。儚い人間のままでは、王のために働くことができない。すぐに病に倒れ、あっけなく寿命が尽きる人間のままでは、本当の意味で王の役に立つことなどできまい。
公爵や伯爵のように、王に信頼され、王のために働くには、自分も吸血鬼になるしかないとセオは思った。
しかし、王は許してくれなかった。
お前は人間として生きるのだ――と、王は言う。
どうすれば自分の気持ちが王に伝わるのか。自分の王への深い忠誠が、どうすれば王に届くのか。
半端な覚悟では伝わらないだろう。それこそ命を捧げる覚悟がなければ。
熟慮の末、セオは王にこの命を捧げることに決めた。もし、捧げた命を王が受け止めてくれないのであれば、それが自分の運の尽きなのだろう。運が尽きた自分など生きながらえてもどうにもなるまい。
死の恐怖よりも、捨てられる恐怖が勝った。
セオは王の前で、命を捧げると宣言し、自分の胸に短刀を突き刺した。19歳のときだった。
結果、セオは、王から血を与えられ、血種に迎え入れられた。
だが、王は、以前のようにセオを慈しんではくれなくなった。王の瞳から父親のような慈愛の光は消え、冷徹な支配者のまなざしに取って代わった。
セオは、寂しさを感じながらも、それは自分がもう子供ではなくなり、大人として認められたためだと解釈することにした。少なくとも捨てられてはいない。今はまだ。
セオは、キュイヴルと呼ばれるようになり、男爵位を与えられた。人間であったころの名は捨てた。
――王の恩義に報いたい。
それがただひとつの願いだった。
ひたすらに尽くせば、いつかまた、あの慈父のまなざしで、自分を包み込んでくれるのではないかと思うのだ。
あれから200年ほどの年月が経っても、男爵の王への忠誠は揺るぎない。それゆえに、公爵や伯爵の不敬な思惑が気に入らない。王の傍らに侍り、王の恩寵を得ながら、王を裏切ろうとしているのが気に入らない。
王は彼らを許し、自由にやらせている。
彼らの手で殺されることが王自身の望みであったとしても、男爵はそれを受け入れることができない。たとえ王の意志に反したとしても、王を守ると心に決めている。王が殺されるのを黙って見ているわけにはいかない。
王のいない世界で、どうして自分は生きていくことができようか。
ホールを出た男爵は、自分に与えられた一室に籠った。
血種を殺すことはできない。方法はあるが、実際にそれを行うのには困難がつきまとう。だから――。
男爵は毒を塗り、乾かしていたナイフを一本ずつ、太ももと腕と腹に巻いた革製のホルダーに収めていく。
王の数々の実験に立ち会った経験から知っている。血種を殺すのは困難だが、その行動の自由を奪うことはできる。
たとえば、首を切り落とせば。たとえば両足を切り落とせば。たとえば毒を与えれば。
殺すことはできなくても、行動を止めることはできる。
まずは、公爵と伯爵の動きを止める。
そして、尸皇の動きも止める。
邪魔をする者はすべて排除する。
王には誰も近寄らせない。
王を絶対に守り抜く。
そう、王自身からも――。
【登場人物】
セオ/男爵/キュイブル:王の配下。忌族。
王:忌族を率いる王。
公爵:王の配下。忌族。
伯爵:王の配下。忌族。
尸皇:血種の祖。尸族を率いる。
【用語】
吸血鬼:忌族に対する人間による呼称。
血種:血を媒介に特殊な力を操る者。




