77.男爵-2
【今回のあらすじ】
男爵の過去。養育院に連れて行かれたセオは、吸血鬼に引き取られる。
セオはどこの誰ともわからぬ男に引っ張られて、養育院に入れられた。
硬いベッドと貧しい食事を与えられ、子供が欲しい富裕者にもらわれるか、安価な労働力を求める炭鉱か工場に連れていかれるか、もしくは職人の徒弟として引き取られるのを待つ暮らしが始まった。
セオは、自分は運がいいと思っている。
確かにセオの人生は不幸の連続のように見えるが、それでも神の加護を受けているのだと思う瞬間がある。
不幸だが不運ではない。
父は殺されたが、相手の男はセオには一切手を出さなかった。殺されることもなく無傷で生き延びることができたのは、運がいいせいだと思っている。
すぐに養育院に連れてこられたのも運がよかった。セオが養育院に来た次の晩、住んでいた建物が火災に見舞われ、何人か死んだと聞いた。あの家に残っていたら、狭くて逃げ場のない路地の奥で、セオも焼け死んでいただろう。
養育院に炭鉱の親方が来て数人の男児を引き取っていったときも、セオはその選考に漏れた。のちに、炭鉱に行った子供たちは全員落盤事故で死んだと聞いた。選考に漏れたセオはやはり運がいい。
ひょろりと細く非力なセオに、炭鉱や煙突掃除などの重労働はどう見ても不向きだった。愛嬌のある可愛らしい顔をしていたため、芸人にでもなるのがいいのではないかと大人たちは思っていたようだ。だが、あいにくそのような依頼はなく、引き取り手のないまま月日が過ぎた。
ある日、ひとりの男が養育院に現れた。黒髪で、背が高く、口ひげを蓄えた、魅惑的な男だった。特にその緑色に金の粒を撒いたような瞳は、見る者を強く惹き付けた。
他の少年少女10人ほどと一緒に、セオはその男に引き取られ、ロンドン郊外の大きな屋敷に連れていかれた。
子供たちは、たっぷりの食事と、柔らかく暖かな寝床を与えられ、そして、ひとりずつ順番に殺された。
屋敷の地下の、冷たい石の床と壁に囲まれた牢獄のような部屋で、子供たちは首を掻き切られた。手を下したのは、がっしりとした体格の、金髪で浅黒い肌の男だった。
黒髪の男は、腕を組んで椅子に座り、子供たちの悲鳴を無表情のまま聞いていた。
セオの番がきた。
ついに自分の運は尽きたのかと諦めたとき、黒髪の男が手を挙げて、金髪の男を止めた。黒髪の男は立ち上がり、セオに近づくと、首を切り裂く代わりに、その首に牙を当てた。
吸血鬼の噂をセオも聞いていた。夜な夜なロンドンの街を徘徊し、人間の生き血を吸うバケモノがいるという話を。けれど、不思議と恐怖は感じなかった。むしろ多幸感がセオの心を満たした。もっと血を吸ってほしいとさえ思ったのだが、男はすぐに唇を離した。
男はセオの目を見つめてから、彼を強く抱きしめた。セオは、見知らぬ大人に抱きしめられることには慣れていた。大人の目に自分が可愛らしく映ることも知っていた。だから、男の抱擁から逃げ出そうとはしなかった。逃げ出せばろくでもないことになるのも知っていた。セオは相手の胸に顔をうずめ、細い両腕を男の背中に回した。
セオは殺されなかった。残りの孤児たちは全員殺された。自分はやはり運がいいのだと、セオは思った。
黒髪の男は、ロワと名乗った。王という意味だという。
殺された子供たちは、何人かが吸血鬼として蘇った。死んでからどのくらいの期間までなら蘇ることができるのか、実験をしているのだという。王は人間や吸血鬼を使って、さまざまな実験を繰り返した。セオは金髪の男と一緒に、その手伝いをすることになった。
屋敷には、銀色の髪をした美しい女も住んでいて、セオを可愛がってくれた。金髪の男は公爵と名乗り、銀髪の女は伯爵と名乗っていた。屋敷にはほかに、生きた死体の使用人がいて、生活の面倒を見てくれた。
セオは、王の実験の簡単な手伝い以外は特に仕事もなく、まるで貴族の子弟のような優雅な時を過ごした。賢そうな壮年の吸血鬼が時々やってきて、家庭教師として読み書きを教えてくれたりもした。
本来ならば、襤褸をまとい、奴隷のようにこき使われ、硬い床に眠り、わずかな食事でかろうじて命をつなぎ、やがてゴミのように捨てられる、そんな人生だったはずなのに。こんな豊かな暮らしができるなんて、自分は本当に運がいい。
【登場人物】
セオ:孤児の少年。のちに王の配下となり男爵と呼ばれる。
王:忌族を率いる王。
伯爵:王の配下。忌族。銀髪にアイスブルーの瞳を持つ美女。
公爵:王の配下。忌族。金色の髪に褐色の肌をした、ハリウッドのアクションスターのような男。
【用語】
吸血鬼:忌族に対する人間による呼称。




