71.唯一の殺し方
【今回のあらすじ】
公爵が博貴に、血種の殺し方を教える。
博貴が目覚めると、公爵は椅子の背を前にしてまたがり、椅子の背に乗せた手の上に顎を乗せて博貴を見ていた。
「なぜ……?」
博貴が問うと、公爵は笑った。
「俺は頭が悪いから、説明が面倒だ。記憶を読ませたほうが早い」
博貴はベッドに起き上がったが、ふらついて、すぐに倒れ込んだ。
「まだ、血が足りていないだろう? もう少し飲むか?」
公爵が片手を差し出してきた。拒否したかったが、飢えに喉が鳴る。そう、まだ足りない。全然足りない。
博貴は、差し出された公爵の腕に噛みついた。今度は記憶の流入はない。
公爵は、また顔をしかめて罵倒語をまくしたてはじめた。
「血種を殺す方法を教えてやろうか」
しばらくすると、公爵が荒い息の下で言った。
具体的な方法は、記憶の中に含まれていなかった。伝えることを躊躇したのかもしれない。博貴がその方法を知れば、誰を殺そうとするか、公爵はよく知っているはずだ。
腕に噛みつく博貴は返事ができない。公爵は構わず続けた。
「血種を殺すには、血種に血を吸わせるんだ。体中の血を一滴残らず吸われると、肉体を保持できなくなり塵になる」
博貴はぎょっとして、牙を抜いた。
「これぐらいでは、死にやしないさ」
公爵は笑って腕を引くと、噛み口から滴る血をペロリと舐めた。
「俺は、死にかけていた……?」
博貴の問いに首を振る。
「それも違う。なぜか複数の血種に吸われた場合は、吸血の途中で回復するんだ。ひとりに最後まで、最後の最後の一滴まで飲み干されると死ぬ」
公爵は、博貴をからかうような目で見た。
「試してみるか?」
差し出された腕にまだ吸血の欲求を感じたが、そう言われて噛みつく気にはなれず、博貴は首を振った。
「王は、この800年間、暇に飽かしてありとあらゆる実験をしたのさ。改変の力で人の姿ではないバケモノを作ってみたり、何人も殺して死後どのくらいまでなら血種にできるのか試してみたり、血種を殺す方法を求めて水に沈めたり、毒ガスの中に入れたり、切り刻んだり。そんな中で血種を殺せる方法をみつけた。それがひとりの血種に最後の一滴まで血を飲ませることだった」
公爵は立ち上がり、ワードローブから博貴の服を取り出して、ベッドに放り投げた。
「お前も死にたいか? 生きることは苦しかろう。いっそ殺してやろうか?」
公爵の言葉に思わず目を瞠る。
あの血を吸わせてもらった少女の顔が脳裏をよぎり、博貴はにやりとした。
「断る。まだ死ぬわけにはいかない。神護の子らを滅ぼすまでは」
公爵は声を立てて笑った。
「俺たち――俺と伯爵と男爵が、どうして王に特別扱いを受けているか知っているか?」
公爵の口調は楽しそうだった。
博貴は、引き裂かれたシャツを脱ぎながら、片方の眉を上げた。答えを知らないのを承知で発せられた問いに、いちいち「知らない」と答えてやる義理はない。
「俺たちは王の呪いを受けていない。俺たちは、その気になれば王に逆らえるんだよ。あいつはそれを楽しんでいたんだ。俺たちの反逆を楽しみに待っている。まったく嫌なやつだ」
「ならば、なぜ従っている? あいつに忠誠を尽くしている?」
「王は、俺たちを試し、いたぶっているんだよ。現状どんなにあがいても、俺たちはあいつに勝てない。あいつを倒すには、それなりの準備と、絶妙な機会が必要だ」
公爵は狂暴な笑みを見せた。
「あいつの強さは、他者を自在に操るところにある。指揮官としての強さだ。だから、まず兵から引き剥がし、ひとりにする必要がある。一対一なら、まあ、互角かもしれないが、少なくとも負ける気はしないよ」
公爵は立ち上がって博貴に近づくと、シャツを脱いだ博貴の体を見た。牙の痕に触れる。
「つッ!」
顔をしかめると、「治りが悪いな。もう少し飲め」と、腕を差し出してきた。首を振って拒むと、公爵は言った。
「お前には回復してもらい、明日一緒に尸族の館に行ってもらう。王がお前をこんな目に合わせたのは、貴族どもの士気を上げるためもあるが、お前を明日あの館に行けなくするためだ。お前は呪いを受けているくせに王に逆らう。そんなお前の行動はイレギュラーで王にも読めないんだよ。王は、不測の事態を引き起こしかねないお前を避けている。だからこそ俺は、あえてお前を回復させて連れて行く」
そう言われて博貴は、素直に公爵の腕に噛みついた。
「最後の一滴まで血を飲んだ側が、どうなるかわかるか?」
博貴が首を振ると、再び襲われた官能の波に逆らいながら公爵は言った。
「一緒に滅びるんだよ。あいつは、人間が行い得るありとあらゆる行為を試したが、復讐と自害だけはまだ試していない。試せなかった。だから、尸皇に復讐し、同時に自らを殺すつもりだ。俺は、王が尸皇と共に滅ぶという最後の夢を果たす前にあいつを滅ぼす。あいつを殺すのはあいつ自身じゃない。この俺だ」
そう言った公爵のうっとりとした目は、吸血の官能がもたらすものではなさそうだった。
【登場人物】
神護博貴:勇真と真澄の叔父。60歳。外見は30代前半。忌族。
公爵/オーレル:王の配下。忌族。金色の髪に褐色の肌をした、ハリウッドのアクションスターのような男。
王:忌族を率いる王。
老師/尸皇:血種の祖。尸族を率いる。
【用語】
血種:血を媒介に特殊な力を操る者。




