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血と絆 ~または記憶と祈り~  作者: 木庭七虹
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67.最後の晩餐

【今回のあらすじ】

勇真と真澄と寅三と夏樹は最後になるはずの晩餐を楽しむ。

「今日は、フルコースディナーだよ。一緒に食べようね」

 兄は、勇真(ゆうま)の手を引いて椅子に座らせ、自分も隣に座った。正面に夏樹(なつき)が座っていて、散らばったトランプをかき集めている。

「夏樹、さん?」

 曾祖父と、祖父、そして父の記憶で夏樹のことは知っていた。

 人間であったころの、物静かでひとり本を読んでいることが多かった夏樹と、尸族(しぞく)となってからの、予言を語る時以外は人と向き合うことのない夏樹。

 今の夏樹は普通の人に見える。奇抜な髪と服を除けば。

「ユウ君、こんにちは。キミと話をするのは初めてですね」

 夏樹は、にこやかに勇真を見た。笑顔が少し寅三(とらぞう)と似ている。そんなところに血のつながりを感じる。

「キミは、僕らの船だから、ずっとずっと、すばらしい旅を続けてください」

「船?」

「今はナイショです。ネタバレ禁止ですから」

 夏樹はフフフと笑った。

「何ソレ!」

 兄が頬を膨らませて夏樹を(にら)む。

「大事なユウ君に、変な予言をしないでよ」

 兄は、口でぷんすこぷんぷんとか言ってはいるが、さほど怒っているわけではなさそうだった。むしろ不安そうな顔をしている。

「予言じゃないです。もう未来は見えませんからね。今のは僕の願いです」

 そう言われて、何と答えればいいのか当惑していると、夏樹は「いずれわかりますから」と言って微笑(ほほえ)んだ。

 そこへ、僵尸(キョンシー)の使用人が食前酒を運んできた。

 兄がはしゃぐ。

「乾杯しよ! 乾杯! えっと、一番年上の寅三さん、どうぞ!」

 夏樹の隣に座った寅三は、頬杖をついたまま、なおざりにグラスを掲げる。

「そうだねぇ。じゃあ、最後の晩餐に乾杯かねぇ!」

「最後じゃないよ。明日の朝餐とか、昼餐とか、あるかもしれないから!」

 脳天気に言う兄。食い意地だけは譲れないらしい。

「晩餐はこれで最後だよ。もし許されるなら、明日、最後の朝餐とか、最後の昼餐とかも、一緒に食べればよいさ」寅三が笑う。「ほら、乾杯!」

 4人で、グラスを合わせた。


 フルコースというのは本当で、本格的なフランス料理が次々と提供された。

 アミューズ、オードブル、スープ、メインディッシュを堪能し、今はデザートの柿のタルトタタンをつつきながら、兄は満足そうな顔をしている。

「ユウ君」と、寅三が、声をかけてきた。

 返事をすると、寅三は少しためらったあと、口を開いた。

「私の記憶は、キミに預けないつもりだったんだがね。私のくだらない記憶はどうでもいいのだけれど、父や兄が知らない、私だけが見てきた姉たちや母様(かあさま)のことが、このまま消えてなくなるのは寂しくてね。彼女たちのことをキミに覚えていてほしいと思うのは、私のわがままなんだけれど……」

 なんで誰の記憶にも残らないと思うと、こうも苦しいのだろうねぇと、寅三は(つぶや)いた。

「いいですよ」

 と、勇真は答える。

「みんな連れて行きます。だから俺の頭の中で仲良くやってください」

 なぜ、こんな役割を引き受けてしまったのか、勇真自身よくわからない。

 でも、ただ、寅三が言うように、忘れ去られるのは苦痛だ。

 自分が死ねば、もう誰ひとり、この神護(かみご)家のことは覚えていないだろう。

 兄のことも、両親のことも、祖父のことも、曾祖父のことも、高祖父のことも、寅三のことも、夏樹のことも、忘れ去られ消え去ってしまう。

 神護家の歴史が、みなの人生が、なかったことになってしまう。

 確かに生きていたのに、すべてが無に帰す。その寂寥(せきりょう)にいたたまれなくなる。

「あと、ついでにキミとの諏訪湖ドライブも覚えておいてくれまいか。本当は、人間社会と切り離されるかもしれないキミを最後に楽しませてあげようと思ったんだけれど、どうやら楽しんでいたのは私のほうだったようでね」

 しんみりした言葉に、勇真はうなずく。

「はい、俺も、ちょっとだけ……楽しかった、かもしれません」

「無理しなくていいよ。実は、あの免許は偽造で、車を運転するのも生まれて初めてだったんだよ。まさか事故らずに運転できるとはねぇ」

 実に楽しかったねぇ、と言って、寅三は、ケラケラと笑った。

 勇真は、食べていたデザートが気管に入ってむせた。

「冗談でしょ?」

 咳き込み、涙目になりながら勇真が言うと、寅三は腹を抱えて笑った。

 一緒に笑いながら、勇真は思う。


 明日には、みないなくなるのか――。

 本当に?

【登場人物】

神護勇真かみごゆうま:主人公。33歳。神護家最後のひとり。

兄:神護真澄(かみごますみ)。勇真の兄。35歳。外見は7歳。尸族。

神護夏樹かみごなつき:勇真と真澄の大叔父。祖父の弟。寅三の甥。尸族。89歳。外見は20代前半。

神護寅三かみごとらぞう:勇真の真澄の高祖父の三男。曾祖父の弟。尸族。111歳。外見は20代半ば。

曽祖父:神護総一かみごそういち。勇真と真澄の曾祖父。高祖父慎一郎の長男。寅三の兄。

祖父:神護貴一かみごたかかず。勇真と真澄の祖父。曾祖父総一の長男。

父:神護真悟かみごしんご。勇真と真澄の父。

高祖父:神護慎一郎かみごしんいちろう。勇真と真澄の高祖父。寅三の父。

寅三の姉たち:神護タエと神護ユキ。母と共に関東大震災で死亡。

寅三の母様:神護かみごマツ。勇真と真澄の高祖母。高祖父慎一郎の妻。関東大震災で死亡。


【用語】

尸族しぞく:血種の一派。血種の祖である尸皇に従う者たち。

船:詳細は後に判明。今はナイショ。

僵尸キョンシー:中国の妖怪。中華版ゾンビ。

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