65.寅三-2
【今回のあらすじ】
寅三の過去。寅三は自分の役割を見つけて歓喜する。
尸皇の記憶を探っても、寅三への望みも期待も見当たらない。欠落の真っ黒な穴はないから、記憶の隠蔽ではなく、そもそも存在していないのだろう。
――自分は尸皇に望まれていないのではないか?
そう思うと、心の奥がキリキリと痛んだ。その感情がいったい何なのか、寅三にはわからない。ただ、辛く切なく苦しかった。
尸皇の役に立ちたい。
尸皇に認めてもらいたい。
尸皇と同じものを見て、同じものを目指し、同じ人生を歩みたい。
と、寅三は強く願う。
尸皇の記憶を持ちながら尸皇ではないという不安定な状態を、寅三は少しでも尸皇に近づくことで埋めようとしていたのだった。
子供が親を求めるように寅三は尸皇を求めた。
なんとか少しでも尸皇に近づけないものかと、寅三はさらに記憶を探る。そして、尸皇が特別に気にかけているひとりの男の存在を知る。
38人いる尸皇の血族の中で、たったひとりだけ、尸皇の記憶をまったく受け継いでいない男がいた。カロヤン・アセンという名の、かつて皇帝だった男だ。戦争に明け暮れ、勝利を重ね、裏切りによって死んだ男。
尸皇の記憶を持たぬその男は、他の尸族とは異なり、尸皇と決別し、自らが祖となって、あらたな血族を作っていた。カロヤンはその名を捨てて、今は王と名乗っている。血種の王と。
尸皇は、彼の血族を口では忌族と呼んで蔑んでいたが、そのくせ内心では、王の行動を微笑みをもって眺めていた。尸皇が王のことを思うとき、必ず心が弾んでいる。
王は、尸皇を倒して己が血種の皇帝になると言っている。力をつけて、必ず殺しに来ると、かつて尸皇に向かって宣言した。尸皇の記憶を持たぬ王は知らないだろうが、尸皇は、王が自分を滅ぼしに来る日を心待ちにしている。
寅三は、そんな尸皇に怒りを感じた。
神護家の守護を約束し、寅三を尸族に加えると言いながら、なぜそんなにも嬉しそうに滅びを求めるのか。
尸皇が死ねば尸族も共に滅ぶ。寅三を尸族に加えると言いながら滅びようとする。わが家を守護すると言いながら滅びようとする。どうしてそれを受け入れることができようか。
――滅ぼさせてなるものか。
と、6000年を生きた男の記憶を持つ5歳の子供は思う。
尸皇が自分に何の期待もせず、役割も与えないのであれば、自分で自分に役割を与えよう。
それが忌王から尸皇を守ることだった。たとえそれが尸皇の望みに反するものであったとしても。いや、尸皇の望みに反するものだからこそ、あえて寅三はそのために生きていくのだと決めた。
――まやかしだ。
寅三は、思わずこぼれてしまった涙を拭った。
今頃になってやっと気が付いた。すべてまやかしだったのだ。
この100年間、ずっと自分で自分の心を騙してきた。自分自身を嫌いにならないために。自分は正しいと、己の正義を貫いているのだと、思い込みたいがために。
本当の自分は、尸皇の心をあれほど躍らせる忌王に嫉妬していただけだ。忌王から尸皇を守りたかったわけではない。いや、確かに守りたいとは思っている。だが、それがすべてではない。忌王を排し、自分が忌王になりかわって尸皇に待ち望まれたかった。
忌王が尸皇を手にかけることが許せなかった。滅びが尸皇の望みであり、誰かが尸皇を殺さねばならないのならば、自分にその役割を与えてほしかった。
老師の命を奪うとき、老師はどんな顔をして自分を受け入れてくれるだろうか?
忌王を心待ちにしているときと同じ、あの陶然とした笑みで自分を迎え入れてくれるだろうか?
「もう大丈夫だよ。ありがとう」
背中を撫でてくれていた夏樹を遠ざける。
夏樹は、目を細めて寅三を見下ろした。
「わかりました。では、あとでまた」
夏樹が背を向け、戸口へ向かう。
「ねぇ、夏樹」
寅三は出て行こうとする夏樹を呼び止めた。
「どうして我々神護の子供は滅びを求めてしまうんだろうねぇ」
夏樹は小さく微笑むと答えた。
「滅びの先にしか訪れない未来もあるんですよ」
扉が閉まると、寅三は歪んだ笑みを浮かべた。
ゾクゾクする。悦びで。
夏樹の予言は外れない。ならば、尸皇を殺すのは、この自分だ。そして、みな滅び去る。
自我を見失ったとき、母とふたりの姉を失ったとき、尸皇の血を受け尸族に加わったとき、本来の寅三は死んだ。じわじわと死んでいった。
そして今、倦み、疲れた心にやっと終止符が打たれる。しかも自分が望みうる最上の形で。ならば、これが悦びでなくて何だろう?
【登場人物】
神護寅三:勇真の高祖父の三男。勇真の曾祖父の弟。111歳。外見は20代半ば。
老師/尸皇:血種の祖。尸族を率いる。
カロヤン・アセン:かつて皇帝だった男。王と名乗り忌族を率いる。
神護夏樹:勇真と真澄の大叔父。祖父貴一の弟。寅三の甥。未来視。
【用語】
血種:血を媒介に特殊な力を操る者。
尸族:血種の一派。血種の祖である尸皇に従う者たち。
忌族:血種の一派。尸皇と袂を分かち、敵対する王に従う者たち。




