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血と絆 ~または記憶と祈り~  作者: 木庭七虹
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63.揺るがぬ未来

【今回のあらすじ】

夏樹が寅三に、寅三の役割を告げる。

 不意に声がした。

 驚いて振り向くと、開かれた扉の前に夏樹(なつき)が立っていた。

 夏樹は、強い光を宿す目で寅三(とらぞう)をまっすぐに見詰め、静かな声で告げた。

「寅三さん、あなたが殺すのはユウ君じゃありません。あなたが殺すのは老師です――」

 夏樹の言葉に、寅三は目を見開く。

「あなたの100年にわたる望みは、明日(かな)います」


「それは……」寅三は、動揺した。「違うだろうよ。間違っている。私の望みは、忌王(きおう)が老師を滅ぼすのを阻止することだ。老師を殺すことではない」

「本当に?」

 すべてを見透かすような夏樹の目が、寅三の瞳をのぞきこんでくる。


 ――おかしい。


 ふいに気付いた。夏樹と会話が成立している。

「夏樹……?」

 寅三が確認するように名を呼ぶと、夏樹は微笑(ほほえ)んだ。

「もう見えないんですよ、過去も未来も。やっと解放されました」その笑みは、完全に正気だった。「もう、見る必要がないんです」

 寂しげに視線を落とす。

「会話が可能ならば、お前に聞きたいと思っていたことがあるんだが、いいかね?」

 夏樹は顔を上げ、首を(かし)げた。

 寅三は、かねてからの疑問を夏樹にぶつけた。

「お前の言葉は、皆を狂わす。お前の言葉は本当に予言なのかね? (のろ)いではなくて?」

 夏樹は老師に命じられて呪いとしての言葉を皆に与えていたのではないか、そんな疑問がずっと付きまとっていた。夏樹が老師の(めい)で、予言を装った言葉で皆を操っていたとしても驚かない。

「僕の言葉を警告にするか、予言にするか、呪いにするかは、受け取った人次第ですよ」

 夏樹は木製の丸椅子を引き寄せて座った。

 寅三も、ベッドの端に腰を据える。

「僕は見た未来をそのまま伝えていただけです。未来は常に複数展開されています。それが時間とともに集約され、最後にはたったひとつの道に定まってしまいます」

 夏樹は、両腕をひろげて広がりを表したあと、腕を縮め、最後に両手をぎゅっと握りしめた。

「僕はその分岐がひとつにまとまる前に、最も可能性の高い未来を伝えます。あくまでも可能性のひとつとして、です。しかし――」夏樹はいったん口を(つぐ)み、目を伏せた。

 寅三は、夏樹の言葉を待った。

「しかし、皆、僕の言葉を定められた未来だと思い、他の可能性を捨てて、そちらへ行ってしまう。僕は多くを語ることができない状態でしたから、未来が望まぬものに定まっていくのをただ見ているしかない。もどかしかったし……残念でした」

 夏樹は、深いため息をついた。両腿に肘をつき、膝の間で両手を強く握ってうなだれている。

 寅三が知る限り、彼の予言が外れたことは一度もなかった。不幸が回避されることを望んで告げていたのだとしたら、夏樹の思いはことごとく裏切られてきたと言っていい。

「私が、老師を殺すというのも、まだ回避可能な未来ということなのかね?」

 寅三の問いに、夏樹は首を振った。

「これだけは回避する方法はありません。あなたは老師を殺す。それが、老師があなたに求めた役割ですから、きちんと役目を果たしてください」

「老師が、私に、求めた……?」

 寅三は、肩の力が抜けるのを感じた。

 老師は、この自分にそんなことを求めていたのか?

 それでは、いったい何だったのだろう? これまでの自分は。

「はは……」

 思わず笑いが()れた。笑いは哄笑(こうしょう)となり、やがて嗚咽(おえつ)に変わった。

 夏樹は立ち上がり、寅三に歩み寄ると、その肩を抱きしめた。

 寅三は、両手を強く握りしめた。手のひらに爪が食い込み、血がにじむ。

「そう……、間違いなく、それが、私の望みだ……」

【登場人物】

神護寅三かみごとらぞう:勇真の真澄の高祖父の三男。曾祖父の弟。尸族。111歳。外見は20代半ば。

神護夏樹かみごなつき:勇真と真澄の大叔父。祖父の弟。寅三の甥。尸族。89歳。外見は20代前半。

神護勇真かみごゆうま:主人公。33歳。神護家最後のひとり。

老師/尸皇しこう:血種の祖。尸族を率いる。

忌王きおうロワ。忌族を率いる王。

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