61.それぞれの正義
【今回のあらすじ】
先祖の記憶を与えられた勇真に、寅三は同情する。
ベッドの端に腰を掛け、寅三は勇真の頭をそっと撫でた。
父と兄と甥――勇真にとっては高祖父と曾祖父と祖父――の記憶を与えられた勇真はぐっすりと眠っている。いや、気を失っていると言ったほうが正しい。
人の記憶などという重たいものを背負わされる身の辛さは、寅三も知っている。
人間は自分を正当化し、自分は正しいのだと信じることで生きていける。だが、その正しさが普遍的な正しさとは限らない。
寅三の父慎一郎や、兄総一、甥の貴一がどのような人間だったかと言えば、どこにでもいる普通の男たちであり、間違いだらけの人生を、それでも自分なりに正しく生きようとあがいた者たちだ。騙されたり騙したり、蔑まれたり蔑んだり、憎まれたり憎んだり、助けられたり助けたり、愛されたり愛したりを繰り返し、絶望し、歓喜し、憤り、悲しみ、楽しみながら、泥沼のような人生をもがき、切り開き、生き抜いた。
勇真は今、そんな男三人分の闇と光を押し付けられたと言っていい。
父慎一郎は、気性が激しく喧嘩っ早かった。死につながりかねない軍人という職業を嫌悪しながらも、軍隊という組織が性に合っていた。そういう男だったのだ。父にとっては規律や力が正義だった。その正義が周囲の反発をもたらし、神護家を孤立させた。
兄総一は体が弱く、そのせいか気が小さく、いつもおどおどしていた。それでも、神護家の総領としての矜持だけは強い。その弱さと強さが家族を翻弄した。波風を立てず穏便に過ごすことが兄の正義だった。その正義が戦前戦中の家族の進むべき方向を迷わせた。
甥の貴一は、世界恐慌と世界大戦という欠乏の時代に生まれ育ち、戦後の高度経済成長の時代を経て、金と物に信頼を置くようになっていた。甥にとっては家族の生活を支え幸せをもたらす金銭こそが正義だった。その正義が愛情を陳腐なものとし、家族から温もりを奪った。
一方、勇真の父真悟は、そんな先達の正義をどれも正しいものとは思っていなかった。戦後の民主主義の日本で生まれ育ち、まだアメリカンドリームが輝いていた時代のアメリカに留学し、向こうで働いた経験を持つ真悟にとって、自由こそが正義だった。
だから――。
自分ががんじがらめに縛られ、逃れることができなかった神護家のくびきから、子供たちだけは解放したいと思っていた。真澄は思わぬ事態で尸族に取り込まれてしまったが、勇真だけはなんとしても守るつもりだった。真悟は父や祖父の反対を押し切って、勇真を神護の秘密から遠ざけたまま育てた。それは成功するかと思われたが……。
「ユウ君……」と、寅三は聞いていないことを承知で、勇真に語りかける。「残念ながら、全部老師の手の中なのだよ、我々は」
【登場人物】
神護勇真:主人公。33歳。神護家最後のひとり。
神護寅三:勇真の高祖父の三男。勇真の曾祖父の弟。尸族。111歳。外見は20代半ば。
神護慎一郎:勇真と真澄の高祖父。寅三の父。
神護総一:勇真と真澄の曾祖父。高祖父慎一郎の長男。寅三の兄。
神護貴一:勇真と真澄の祖父。曾祖父総一の長男。寅三の甥。
神護真悟:勇真と真澄の父。
神護真澄:勇真の兄。35歳。外見は7歳。
老師/尸皇:血種の祖。尸族を率いる。
【用語】
総領:長子、跡取り。
矜持:誇り。プライド。
尸族:血種の一派。血種の祖である尸皇に従う者たち。




