60.狂乱の宴
【今回のあらすじ】
博貴は、集まったバンパイアたちに糧として与えられる。
跪く博貴の背後に伯爵が移動し、玉座の左右に公爵と男爵が立つ。
「明日、我々は尸皇を滅ぼす」
王は、玉座を背にして立ったまま、片手を高く掲げ、力強く宣言した。
会場にどよめきが走る。
血種はみな、尸皇の力が衰えていることを自身の体の中を流れる血の囁きによって知っている。
「今の尸皇は弱り衰え、恐れるに足らない。明日は我らの勝利によって、新たな時代が始まるだろう!」
みな王の言葉に高揚し、自分たちの勝利を確信する。
「尸皇を倒し、我らが王を血種の皇帝に――」
口々に叫ぶ。
それが王に仕える者たちの悲願だった。
「神護の子よ」
王が、博貴を見て手を差し伸べた。
体中の毛が逆立つ。これは恐怖だ。
側に行きたくなかった。だが、王に逆らうという選択肢は与えられていない。背後を伯爵が塞いでいる。逃げ場はない。たとえ伯爵をかわしても、30人もいる高位のヴァンパイアたちを、すべてかわすことは不可能だ。
博貴は立ち上がると、王の手を取った。
王は博貴を導き、玉座に座らせる。そして、背後に回ると、わざとみなに見えるように博貴の首を露出させ、牙を突き刺した。
羨望のまなざしが玉座に向けられる。
物欲しそうに舌なめずりする者。こらえきれずに牙を剥き出す者。喉を鳴らし、お預けを食らった犬のようによだれを垂らす者すらいる。
「諸君に大いなる糧を与えよう。今日一日英気を養い、明日に備えるがいい」
唇を離した王が、満足の笑みを浮かべて言った。
その意味するところを察して、会場が歓声に包まれる。
博貴は絶望するしかない。
王が、一歩下がる。
左右から公爵と男爵が博貴の腕を掴み、逃げることを許さない。
こちらを見つめる30人のヴァンパイアたちが、我先にと襲い掛かりたい気持ちを必死に抑えているのが手に取るようにわかる。己よりも上位の者に順を譲るべきであることを、みな心得て我慢しているのだ。
まず、公爵位のひとりが博貴に近付き、王が噛みついたのとは反対側の首筋に牙を当てた。
いつかこうなることはわかっていた。
吸血される際の官能的刺激を封じられているのは、呪いではなく王の慈悲だったのかもしれない。
公爵が牙を抜くと、別の公爵位の者に入れ替わる。そうして侯爵たち、伯爵たち、子爵たち、男爵たちと、入れ替わり立ち代わり吸血される。
神護の血が、彼らを酔わせ、狂喜させる。
袖をめくられ手首に牙を刺され、シャツをむしられ肩を噛まれ、胸元を、腹を、太ももを、思い思いに蹂躙してゆく。
王はきっと、嗜虐的な笑みを浮かべて、この様子を眺めているに違いない。
神護の血がもたらす恍惚のため息と、高揚の叫びがホールに広がってゆく。
普段、博貴と親しくしているように見える3人も、王の命には忠実だ。決して博貴を助けようとはしない。
博貴は目をつぶり、歯を食いしばる。
兄や優美や勇真が、忌族に捕まっていたらと思うとゾッとする。彼らが蹂躙される様を想像するだけで怒りと恐怖で頭がおかしくなりそうになる。
血種にとって神護の人間は、所詮は獲物に過ぎないのだ。仲間に加えるのは、血を得るための家畜として飼うためだ。
こんな目に遭うのは自分ひとりで十分だ。
自分のやり方が正しいとは思っていない。
だが、少なくとも今ここに、兄も優美も勇真もいない。そのことだけが、博貴をこの地獄から救っていた。
【登場人物】
神護博貴:勇真と真澄の叔父。60歳。外見は30代前半。
伯爵/アルジェーン:王の配下。忌族。銀髪にアイスブルーの瞳を持つ美女。
公爵/オーレル:王の配下。忌族。金色の髪に褐色の肌をした、ハリウッドのアクションスターのような男。
男爵/キュイブル:王の配下。忌族。赤銅色の髪をした、憎めない顔立ちの男。
王:忌族を率いる王。
老師/尸皇:血種の祖。尸族を率いる。
兄:神護真悟。勇真と真澄の父。博貴の兄。
神護優美:勇真と真澄の母。真悟と博貴のいとこ。真悟の妻。
神護勇真:主人公。真悟の次男。博貴の甥。
【用語】
血種:血を媒介に特殊な力を操る者。
忌族:血種の一派。尸皇と袂を分かち、敵対する王に従う者たち。
ヴァンパイア:忌族に対する人間による呼称。




