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血と絆 ~または記憶と祈り~  作者: 木庭七虹
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59.結集

【今回のあらすじ】

諏訪湖を臨むホテルの広間に、忌族たちが結集した。

 (ロワ)とその血を受けた血種(けっしゅ)たちは、自分たちのことを人間を超えた大いなる存在と認識している。

 彼らの中にあって、博貴(ひろき)は異端の存在だった。

 高貴なる血種としての矜持(きょうじ)など持ち合わせておらず、むしろ尸皇(しこう)によって忌族(きぞく)と呼ばれている彼らを(さげす)み、彼らの一員となってしまったこの身を呪っていた。子供のころから尸皇に仕える者として育った博貴には、忌族は文字どおり()むべき存在でしかなかった。


 王は800年ほど前に尸皇によって血種にされたと聞いている。しかし、尸皇には仕えず、自ら(たもと)を分かち、独自の道を、主にヨーロッパ方面で展開していった。

 尸皇はあまり人間とは関わらずに来た。ときどきふらりと人間の前に現れては、人に非ざる力で影響を及ぼす。まさしく神のような存在だった。偉大で、気まぐれで、ときに恩恵を与え、ときに恐怖を振りまく神。

 それに比べると、王はあまりにも〈俗〉だ。王の行動は人の愛と欲の範疇(はんちゅう)を超えない。王は、人間と大いに関わり、気が向くままに人間を血種に迎え入れた。また、人のままで王に仕える眷属(けんぞく)たちも多く従えていた。

 尸皇に連なる血種はせいぜい数十人で、それぞれがバラバラに世界のあちこちで隠者(いんじゃ)のような暮らしをしているが、王の血を受けた血種は3000とも5000とも言われており、徒党を組んで人間界に影響を及ぼし続けている。そんな王と王の血族は、人間からヴァンパイアと呼ばれていた。


 そのヴァンパイアたちが、今、日本に集結していた。

 諏訪湖を望むリゾートホテルの広間(バンケットホール)に、30人ほどの血種が集まっている。いずれも王の血族の中では最古参の、強い力を持つ者ばかりだ。

 さらに、王の血を受けた血種たちが合わせて3000人ほど、周辺の地域を広範囲に固めている。余計な人間を排除し、ヴァンパイアたちの行動の自由を確保するためだ。

 ヴァンパイアは厳格なヒエラルキーを構築している。より古く、より強い力を持つ者が、王から高い爵位を授けられており、下位の者に対して権力を行使できる。下位の者は上位の者への絶対的服従を()いられる。

 ただし、公爵(デュック)オーレルと伯爵(コント)アルジェーン、男爵(バロン)キュイヴルは、王のお気に入りで、彼らより高位の爵位持ちたちも、この3人を粗雑(ぞんざい)に扱うことはできない。


 彼らが構築する階級社会の中で、博貴の立ち位置は微妙だった。新参の彼は、本来ヒエラルキーの最下部にいるべき存在だったが、神護(かみご)の血を持っているというその一点だけで、王から特別扱いを受けている。誰もが神護の血を欲し、彼を狙って舌なめずりをしているのだが、王の制裁を恐れて手を出せずにいる。かつて博貴に手を出してしまった同胞が王によって凄惨(せいさん)な仕置きを受けていることを皆知っていた。

 博貴の血を飲むことが許されているのは、王の他には寵愛(ちょうあい)を受けている3人だけだ。この3人は博貴の護衛でもある。博貴個人を守るというよりも、神護の血という(たぐ)いまれな宝を守っていると言ったほうが正しい。

 ただその血が特殊というだけで、王の寵愛を受けているわけでもなく、爵位も持たぬ平民でありながら、隷属させることができない博貴の存在は、ヴァンパイアたちにとって苛立(いらだ)ちと憎悪と欲望の対象だった。

 現に今も、いくつもの(とが)めるような視線と、()めるような視線が、博貴に向けられていた。博貴はそれらの視線を無視して、ホールの奥に設けられた玉座の前で、王の到着を待っていた。礼服に身を包み、背筋を伸ばして、しかし、視線がぶつからないよう細心の注意を払いながら。

 慣れたと言えば(うそ)になる。王によって血種にされたあと、彼に連れられて日本を離れ、ヨーロッパ各国を渡り歩いていたこの28年の間、同じような視線にずっとさらされてきた。いまさらどうあがこうとも状況が変わらないことは身に染みている。


 ホールの(ざわ)めきが()んだ。

 血管の中を巡る血種の血が、王の来訪を感知する。血を分け与えてくれた(あるじ)に反応し、ビリビリと(しび)れるような感覚が体内を巡る。首の後ろの毛が逆立つ。指先が震えた。

 王の前に立つときに感じるこれは、恐怖だ。

 王は、(おのれ)の血族を恐怖で支配する。改変の力を持つ王は、血を与えるときに、自在に支配できるように相手を作り替える。血の中に自分に対する絶対的な服従を書き込むのだ。さらに、弱点という(のろ)いを加えて、自分に逆らった場合は罰として苦痛を与える。

 ホールを埋めた30人の血種が、一斉に(ひざまず)く。

 入り口から玉座まで続く赤い絨毯(じゅうたん)の道を、王は絶対的君主の威厳をまとってゆっくりと歩む。その左腕に手を添えて共に歩む伯爵。ふたりのあとに公爵と男爵が続く。

 王は伯爵の手を離すと振り向いた。

【登場人物】

神護博貴(かみごひろき):勇真と真澄の叔父。60歳。外見は30代前半。

ロワ:忌族を率いる王。

老師/尸皇しこう:血種の祖。尸族を率いる。

伯爵コント/アルジェーン:王の配下。忌族。銀髪にアイスブルーの瞳を持つ美女。

公爵デュック/オーレル:王の配下。忌族。金色の髪に褐色の肌をした、ハリウッドのアクションスターのような男。

男爵バロン/キュイブル:王の配下。忌族。赤銅色の髪をした、憎めない顔立ちの男。


【用語】

血種けっしゅ:血を媒介に特殊な力を操る者。

忌族きぞく:血種の一派。尸皇と袂を分かち、敵対する王に従う者たち。

ヴァンパイア:忌族に対する人間による呼称。

眷属けんぞく:人間のまま血種に奉仕する者たち。

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