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血と絆 ~または記憶と祈り~  作者: 木庭七虹
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58.滅びの定め

【今回のあらすじ】

寅三が、老師の力が尽きかけていると告げる。

寅三(とらぞう)さんは体育会系なんだよ。何かあるとすぐ暴力でわからせようとする軍隊方式。ほんっと、最低っ!」

 朝食のスクランブルエッグをほおばりながら兄が言う。文句を言ってはいるが、血の汚れと一緒に怒りも洗い流してしまったようで、その瞳に(けん)はない。

 風呂の中で兄は、痛くないか? とか、(あざ)になってる! とか、勇真(ゆうま)の体をペタペタ触りながらずっと確認していた。今も心配そうな視線をチラチラ向けてきている。

「うちは軍人の家だったからねぇ、大切にされてはいたけれど、甘えた育て方はされなかったんだよ」

 寅三がニコニコしながら言う。

「そういうのは今時(いまどき)流行(はや)らないから!」

 パンをちぎって口に入れながら、兄が指摘する。

「ユウ君のことは甘やかして育てていいんだから。ちゃんと言葉でよ~く言い聞かせて、()めて育てるの! (しか)っちゃダメだし、体罰禁止!」

「いや、もう大人(おとな)だから、育ててくれなくていいから……」

 勇真が言うが、兄は聞いていない。スープを美味(おい)しそうに飲んでいる。

 寅三はずっとニコニコしている。

 勇真はため息をつき、朝食を平らげることに専念することにした。


「まず、はっきりさせておこうかねぇ」

 食事が済むと、勇真は寅三にリビングに連れていかれた。兄もついてきた。

 大きな窓のある日当たりの良い部屋で、壁際にはマントルピースがあり、その上に燭台(しょくだい)や、花瓶、先祖のものらしい写真が入った(がく)などが並べられていた。

 窓が少し開いて、白いレースのカーテンが風に揺れている。

 ガラスのローテーブルを囲むようにアンティークなソファーセットが配置されており、3人はそこに腰を下ろした。


 僵尸(キョンシー)の使用人がテーブルにコーヒーを置いていく。

 寅三はカップを手に取ると、ひと口だけ(すす)ってから言った。

「この館がある山全体が今朝から忌族(きぞく)奴霊(どれい)たちに囲まれていてね、境界から外に出れば、我々は襲われるだろう。そして、ユウ君は忌族たちに(さら)われるだろう。それはさっき試させてもらったから、まあ間違いない」

「ユウ君で試さないでよ!」

 兄が頬を(ふく)らませる。寅三は笑っている。

 確かにそんなことを試さないでほしいと思ったが、あれは自分が寅三の言うことを聞かなかったせいなので、勇真としては反省するしかない。

「ただ、やつらの狙いはユウ君だけではなく、老師だ」

 寅三の顔から笑みが消える。

「今、老師の力が弱まっている。血種(けっしゅ)であればみな、血の(ささや)きでそれを感じているはずだ」

 寅三が確認するように兄を見ると、兄は深刻な顔で(うなず)いた。

「おそらく明日(あす)、彼らはこの屋敷に攻めてくる。老師の力が弱まっている今、我々に勝ち目はないだろう。王は強い。王の配下も並大抵の相手ではない」

「11月3日……」

 兄がつぶやく。

 夏樹(なつき)が告げた日付だ。確か夏樹は「終わりです」と言った。あれは、老師の命が終わるという予言だったのだろうか?

「老師が倒されたら、どうなるんです?」

 勇真の問いに寅三はすぐには答えず、遠くを見る目をした。

 やがて視線を勇真に戻すと、答えを口にした。

「老師が消滅すれば、老師の血を受けた我々血種はすべて滅びる」

 兄が驚きに目を見開く。

「それって、忌族たちも滅びるっていうこと……?」

「マー君も知らなかっただろう? 老師の記憶を持たない者はそれを知らないのだよ。忌王(きおう)は老師の記憶を持っていない。だから、老師を倒せば自分たちも滅びるということを知らないはずだ」

「じゃあ、それを伝えれば……」

 兄の言葉に、寅三は首を振る。

「伝えたところで、彼らが信じると思うかね?」

 兄が、がっくりと肩を落とす。

 忌族たちは、そうとは知らずに尸族(しぞく)もろとも(みずか)らを滅ぼそうとしており、それを止める(すべ)はないということか。

「明日を無事に生き延びることができれば、ユウ君は神護(かみご)家を(しば)(さだ)めから解放される。なに、大丈夫だろうさ。忌王は神護の血を持つユウ君を生きたまま欲しがっているから、忌族たちもキミを殺しはしないだろうさ。拘束はされるかもしれないけれどね。極力守るつもりだが、たとえ捕まったとしても無駄な抵抗はせずに我慢していたまえ。辛い目に()うかもしれないが、生きていることが大事だ」

「大丈夫。ボクがユウ君を守ってあげるから……」

 そう言う兄の声は、今までになく自信がなさそうだ。さきほど寅三にあっさりとやられたことが尾を引いているのだろう。

「そこで、キミへのお願いだ。我々の記憶を、神護家の者たちが生きた(あかし)を、キミに引き継いでほしい」

 寅三と兄が、勇真を見つめた。

「キミの記憶の中で、我々が生きることを許してはくれまいか?」

 (うと)ましく思った神護の血。だが、それが、今度こそ自分以外は完全に消え去ってしまうのかと思うと、両親を失ったことを知ったときと似た喪失感が勇真を襲う。

「わかりました……」

 勇真が力なく頷くと、寅三は静かな笑みを浮かべた。

【登場人物】

神護勇真かみごゆうま:主人公。33歳。神護家最後の生き残り。

神護寅三かみごとらぞう:勇真の真澄の高祖父の三男。曾祖父の弟。111歳。外見は20代半ば。尸族。

兄:神護真澄(かみごますみ)。勇真の兄。35歳。外見は7歳。尸族。

老師/尸皇しこう:血種の祖。尸族を率いる。神護家の神。

忌王:ロワ:忌族を率いる王。


【用語】

マントルピース:暖炉の周りを囲む装飾枠やその上の飾り棚。

僵尸キョンシー:中国の妖怪。中華版ゾンビ。

血種けっしゅ:血を媒介に特殊な力を操る者。

奴霊(どれい):忌族が操る霊体。黒くてどろどろ。

尸族しぞく:血種の一派。血種の祖である尸皇に従う者たち。

忌族きぞく:血種の一派。尸皇と袂を分かち、敵対する王に従う者たち。

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