57.救助
【今回のあらすじ】
勇真を助けた真澄は、寅三に怒りをぶつける。
ふいに何かが頬を掠める。同時に縛めがほどけ、手足も体も自由を取り戻す。
勇真は喉を押さえて咳き込んだ。
目を開けて見ると、白いヒラヒラしたものが大きな口を開けて、黒いやつらを食べていた。
今起きている状況を確認するいとまもなく、強引に腕を掴まれ、引きずられ、門の内側に投げ込まれた。
門扉が大きな音をたてて閉まる。同時に黒い塊たちの気配が消えた。
腕を掴んでいたのは、真っ赤に光る目をもつ、黄色い猿のような動物だった。兄が雍和と呼んでいたあの獣だ。
『このアホを助けてやったぞ。アホを助けた我はアホではない。昨日の言葉は撤回せよ』
猿に似た生き物が尊大な口調で言った。
その声は耳ではなく、頭蓋に直接響いてくるようだ。
「雍和、戻れ!」
道の真ん中に兄が立っていた。
厳しい口調で命令を発する。
『おい、無視かよ、小僧!』
雍和はチッと舌打ちをすると、兄の方に駆けてゆき、兄の体に溶け込むように消えた。
「寅三さん!」
兄が怒鳴る。怒りを込めて睨むその視線の先に、にこやかに腕を組んで佇む寅三がいた。
「いくら寅三さんでも、ユウ君をこんな目に遭わせるなんて、許さないよ」
「頑固なその子が、口で言っても聞かなかったのさ。自分の目で見て、体で経験すれば、嫌でも理解するだろうと思ってね。ユウ君、どうだったかね?」
確かに理解した。門の外には出られないということを。
「あの黒いやつは、寅三さんが操っていたんですか?」
勇真も寅三を睨みつける。腕に痕が付き、喉がまだひりひりしている。
「とんだ濡れ衣だねぇ。キミを捕まえて連れ去ろうとしたのは、忌族どもが操る奴霊だよ。我々尸族はあんな哀れな使い捨ての奴霊など扱わない」
「寅三さん!」
兄がまた怒鳴る。目が赤く光っている。
「ユウ君を傷つけるようなことをするなら、寅三さんといえども許さないよ」
兄の体に雍和が透けて見える。
雍和の赤い嘴が輝くと、先端から光の玉がいくつも飛び出し、寅三めがけて飛んでいった。
寅三は、笑みを深くする。
牛に似た黒い獣が、寅三の体に重なって見える。額に1本の長い角が生えていることから、牛ではないことがわかる。
獣が首を上下に振ると、その角の先端から、何本もの角が飛び出した。
雍和が放った光の玉は、相手に届く前に角に当たってすべて消滅した。
「キミが私に挑むのは100年早いよ」
寅三が笑いながら言う。人の良さそうな笑みが、今は恐ろしい。
兄は、ぐっと歯を食いしばり、さらに険しい目で寅三を睨みつけた。
「それでも、ユウ君を傷つける者は許さない」
「傷つけたのは私じゃなくて、奴霊なんだけれどねぇ」とつぶやきながら、牛に似た獣の背中を撫でる。
獣の角から特大サイズの角が放たれ、兄目掛けて飛んでゆく。
雍和が大量に光の玉を飛ばしたが、巨大な角にすべて弾かれ、焦った顔の雍和が両手で角を掴んで止めようとしたが、それもかなわず、角は兄の体を貫通した。
「兄さん!」
地面に倒れた兄に駆け寄る。
兄は腹に穴をあけて、血を流していた。
「まったく、キミたち兄弟ときたら、揃ってとんだ頑固者なのだよ」
寅三は、やれやれという顔をして首を振った。
「ユウ君、マー君を連れておいで」
そう言って寅三は、勇真に背を向けた。
腹が立ったが、勇真には何もできない。
ぐったりとした兄を抱き上げると、寅三のあとに続いて屋敷への道を登っていった。
寅三に言われるままに、兄をベッドに寝かせる。
勇真の服は、兄の血を吸って重くなっていた。
屋敷の中にも血の跡が点々と続いているが、寅三が気にしている様子はない。
寅三は、ベッドに膝を乗せて身を乗り出すと、自分の指を躊躇うことなく噛み切った。
滴る血を、半ば開いた兄の口に注ぐ。
「かはっ‼」
兄が意識を取り戻し、咳き込む。
腹の傷があっと言う間に塞がった。
「寅三さん、許さないから!」
兄が、ふたたび寅三を睨みつける。
「そのセリフは、私を倒せるくらい強くなってから言うんだね」
寅三は、兄の鼻の先を指でピンと弾いて笑った。
「さあ、ふたりともひどい格好だから風呂に入っておいで。それから朝ごはんだよ」
血まみれのふたりは、その言葉にだけは素直に従った。
【登場人物】
神護勇真:主人公。33歳。神護家最後のひとり。
兄:神護真澄。勇真の兄。35歳。外見は7歳。尸族。
雍和:真澄が使役する妖獣。黄色い猿の姿で、赤い嘴と赤い目を持つ。
神護寅三:勇真の真澄の高祖父の三男。曾祖父の弟。111歳。外見は20代半ば。
寅三の獣:兕。妖獣。牛に似た黒い獣で、額に一本の角を持っている。
【用語】
忌族:血種の一派。尸皇と袂を分かち、敵対する王に従う者たち。
尸族:血種の一派。血種の祖である尸皇に従う者たち。
白いヒラヒラ:使霊。尸族が操る霊体。
奴霊:忌族が操る霊体。黒くてどろどろ。




