55.脱出
【今回のあらすじ】
勇真は山の館から脱出しようと試みる。
息苦しくて目が覚めた。
胸の上に何かが乗っかっている。手探りで確認すると……これは? 足?
――足⁉
勇真は驚いて、胸に乗っているものを払いのけると、飛び起きた。
横を見ると、兄がいた。両手足を好き勝手な方向に大きく広げた大胆な寝相で、ベッドからずり落ちそうになっている。
足を乱暴に放り投げられたにもかかわらず、目を覚ます気配はない。幸せそうな顔で、熟睡しているようだ。
勇真はしぶしぶ、兄の体をベッドの真ん中に移動させ、布団をかけてやった。
おでこに張り付いている前髪を、そっとどけてやる。頭を撫でると、髪の毛は見た目通りふわふわだった。
眠っていると天使のようだ。起きているとあんななのに。
兄の言動を思い出し、ほっぺたをぎゅーっと引っ張ってやりたくなったが、自重する。子供らしい健やかな眠りを妨げるのは、さすがに可哀想に思えて。
鎧戸の隙間から、光がぼんやりと差し込んでいる。ようやく夜が明けたころだろうか。
勇真はベッドから降りて、窓に近づいた。
掛け金を外してガラス戸を上にスライドさせ、鎧戸を左右に押し開ける。空気が冷たい。
勇真は身を乗り出して、周囲を見回した。
屋敷の前は石畳となっており、その向こうは芝生の広い庭だ。よく手入れをされた植え込みと、花壇。庭の外縁は高い針葉樹に囲まれている。
石畳の上に、乗ってきたレンタカーが停めてあるのが見えた。
ひんやりとした風に、両腕を抱いてブルッと身震いした勇真は、窓を閉めると、自分の荷物が置いてあるところへ行った。
スマホを取り出して画面を見る。
なんとなく予想はしていたが圏外になっている。電話もインターネットも使えない。外部との連絡は不可能だ。
スマホをズボンの尻ポケットに突っ込むと、パーカーを羽織った。
貴重品を入れてあるボディバッグを肩にかけ、リュックを手に持つと、そっと部屋を抜け出した。
足音を忍ばせて階段を降りる。
玄関ホールを突き切って、玄関の扉の前に来た。
扉には鍵がかかっていた。 内鍵つまみはなく、内側にも鍵穴があるタイプのいかにも古めかしい錠だ。持ってきた鍵束から〈玄関〉のタグが付いているものを選ぶと、鍵穴に差し込んで回した。
カチリと小さな音がして、解錠された。
彼らが何か不思議な能力を使って、勇真を閉じ込めているのではないかと思っていたが、扉は普通に開き、いとも簡単に外に出ることができた。
拍子抜けすると同時にホッとする。
車に乗ろうとして、キーを持っていないことに気が付く。
――寅三さんか。
鍵は寅三が持ったままか。
勇真は門へ続く下り坂を見る。
歩いて行けるだろうか?
門までですら、車で数分かかる。
その先の道は、幅が広く舗装されていたが、車の往来は少なそうだった。
来たときの道の長さを思うと心が折れそうになるが、車が通る道まで出ることさえできれば、何とかなるだろう。
スマホが通じる場所に出れば、アプリでタクシーを呼ぶことができるかもしれない。
この館にはいられない――と、勇真は思う。
いや、この屋敷にいてはならない。ここは人間がいるべき場所じゃない。たとえ兄がいて、血の繋がりがある者がいる場所だとしても。
【登場人物】
神護勇真:主人公。33歳。神護家最後のひとり。
兄:神護真澄。勇真の兄。35歳。外見は7歳。尸族。
神護寅三:勇真と真澄の高祖父の三男。勇真と真澄の曾祖父の弟。111歳。外見は20代半ば。尸族。
【用語】
鎧戸:薄い板をブラインドのように並べた戸。




