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血と絆 ~または記憶と祈り~  作者: 木庭七虹
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53.優美-3

【今回のあらすじ】

優美の過去。優美は愛の言葉を与えてくれる真悟を選んだ。

 翌朝、真悟(しんご)が「話がある」と言って、優美(ゆみ)を目の前に座らせた。

 昨夜のことがバレてしまったのかと、おののいた優美だったが、真悟の言葉は違っていた。

「優美が好きだ」と言い、「愛している」と言った。

 博貴(ひろき)の瞳は愛を(ささや)いていたが、彼が愛の言葉を口に出すことは一度もなかった。だが、真悟はその言葉をくれた。優美が欲しくてたまらなかった言葉を。

 真悟は、優美の幸せを願っていると言い、優美に博貴との関係を続けてもよいとさえ言った。

 優美は泣いた。

 なぜ、今まで一度も愛の言葉を囁いてくれなかったのか。

 愛の言葉さえあれば、自分はブレることなく真悟のものでいられたのに。

 真悟の愛の言葉が胸にしみるとともに、自分のわがままと愚かさゆえに犯してしまった罪を悔いた。

 優美が欲しかったものは、愛の言葉と、抱きしめてくれる腕の温もりだ。

 温もりはくれたが愛の言葉を決して口に出そうとしない博貴とは違って、真悟がその両方をくれるのであれば、自分は真悟のものになっていい。

 あの瞳は素晴らしかったが、でも、あれは言葉ではなかった。あやふやな何かだ。曖昧なきらめきであり、得体の知れない幻想だった。

 博貴が言葉をくれることは、今後もないだろう。

 真悟は言葉をくれた。ならば今後もくれるだろう。

 優美は泣いて泣いて謝った。

 そして、真悟の妻になることを誓った。

 伯母から貰ったピルはゴミ箱に捨てた。


 翌年、長男の真澄(ますみ)が生まれたとき、博貴はものすごく喜んでくれた。

 それが、かつて体を重ねた女の幸せを願ってのことではなく、誤解に基づくものであることに、すぐ気が付いた。

 伝えるべきだったのかもしれない。でも、優美は言うことができなかった。

 博貴があまりにも嬉しそうだったから。いつも不幸を身にまとっているかのような彼が、幸せそうな顔をしていたから。その幻想を打ち破るのは、あまりにも残酷なことに思えた。


 あの夏の日――勇真が5歳になる年の夏、山の館で、博貴が勇真を殺そうとし、夫を殺そうとし、そして真澄を殺してしまった日。博貴が忌族(きぞく)に連れ去られ、姿を消した日。

 あの日から、優美は、自分を殺すのはヒロ君だろうと思うようになった。

 彼の愛を裏切った自分は、彼に殺されても仕方ない。

 でなければ、あまりにも彼が可哀想ではないか。

 理屈ではなく、感情がそう告げる。


 だから、それから30年近くが経ったその日、真澄が死んだあの橋で、目の前に博貴が現れたとき――昔のままの姿で彼が現れたとき、やはりわたしの死神は、ヒロ君なんだなと思った。

 彼は変わっていなかった。自分は60を過ぎたおばあちゃんだけれど、博貴はやはりあの熱を(はら)んだ目で見つめてくれた。

 なにかそれだけで、とても満足した気持ちになった。


 博貴が腕をひと振りすると、黒いどろどろとしたものが地面から湧いてきて、優美と真悟を橋から突き落とした。

 優美は川に落ちた。水面に叩きつけられた衝撃で息をすべて吐き出し、水を飲み、意識が遠のきそうになる。追い打ちをかけるように、黒いものが絡みついてきた。それは妙に優しく、(なま)めかしく優美の体にまとわりつくと、彼女を水底(みなそこ)へと引きずり込んだ。

 遠ざかる意識の端で、優美は思った。


 誰ひとり愛せないと思っていたのに、わたしはヒロ君を愛していたようだ。あの孤独に怯える背中を。あの熱いまなざしを――。

【登場人物】

神護真悟かみごしんご:勇真と真澄の父。博貴の兄。優美の夫。

神護優美かみごゆみ:勇真と真澄の母。真悟と博貴のいとこ。真悟の妻。

伯母:神護紀子かみごのりこ。勇真と真澄の祖母。曾祖父総一の弟雄二と曾祖母房子のひとり娘。祖父貴一のいとこで妻。真悟と博貴の母。優美の伯母。

神護真澄(かみごますみ):勇真の兄。真悟と優美の長男。

神護勇真かみごゆうま:主人公。真澄の弟。真悟と優美の次男。




【用語】

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