52.優美-2
【今回のあらすじ】
優美の過去。真悟との結婚式の夜、優美は夫を裏切ってしまう。
優美は、愛の言葉と肌の温もりを激しく欲していた。しかし、それを家の外に求めれば、相手が死んでしまう。家の中に求めようにも、真悟は見向きもしてくれない。
そんな優美の目の前にいたのが博貴だった。
博貴は2歳も年下で子供だったが、愛を囁き抱きしめてくれるのであれば年齢など気にしない。
敬愛する伯母を真似たかったことがなにより大きかったのだと思う。
博貴ならば、老師も殺しはしないだろう。貴重な神護の血を無駄にするはずがない。
博貴に「愛している」と言わせたくて、何か理由をつけては近づいた。たとえ言葉をくれなくても、抱きしめて温もりをくれるだけでもいい。
まだ中学生だった博貴に押し倒されて唇を奪われたとき、優美はその心地よさに陶酔した。
もっともっとその唇を感じていたいと思った。
しかし、博貴はそれ以降優美に近寄ることはなかった。優美が近寄ることも拒んだ。
それでも、その目が、その熱いまなざしが、言葉以上に彼の心を伝えてくる。
視線を浴びているだけで、愛の言葉を囁かれた以上の心地よさが胸を満たす。だから、博貴の視線が欲しくて、優美はいつも博貴を見つめていた。いつか彼がこの欲求を満たしてくれる日が来ることを願って。
願いは叶えられることがないまま、ついに、真悟との結婚の日取りが決まってしまった。
式があとひと月に迫ったころ、優美は紀子の部屋に呼ばれた。
「あなたは、この神護の家が憎くはない? この家に復讐をしたくはない?」
紀子は、唇に壮絶な笑みを浮かべて言った。
優美も、この家が憎いし、呪わしい。できることならこの家を捨てたかった。
「復讐? そんな素敵なことができますか?」
紀子は、優美に錠剤のシートを見せた。
「これは?」
「避妊ピル」
と、紀子は言った。
「子供を作らなければ、この家は滅ぶ」
ふふふと紀子は笑った。
「わたしの時代にこれが手に入ったなら使っていたけれど、残念ながらなかったから、あなたに託すわ。あなたが、この神護家を滅ぼすのよ」
神護家を滅ぼす――なんて心地よい言葉だろうか。
伯母の提案は、とても魅力的なものに思えた。女であるからこそできる、この家への復讐だ。
「ありがとう、伯母様」
優美は微笑み、薬を受け取った。
愛されたい! 愛されたい! 愛されたい――‼
たったひとつの、たったそれだけの願いなのに、誰も叶えてくれない。
この家が、わたしを縛り、思い通りにしようとするのであれば、反撃してもいいじゃないか。おとなしく、唯々諾々と従う必要などどこにある?
結婚式は、山の館で行われた。
花嫁衣装の優美を皆が美しいと褒めたたえる。
みんなに愛想よく微笑みながら、ピルの副作用による吐き気と戦っていた。
馬鹿らしいほど賑やかに宴は続いた。
やがて、年寄りから順にリタイアし、用意されている寝室に向かう。
最後に残ったのは、花婿と花嫁、そして花婿の弟だった。
真悟はさほど酒に強くないというのに、老人たちに飲まされて、テーブルにつっぷして寝てしまっている。
このままアルコール中毒で死んでくれればいいのにと、優美は邪悪なことを思った。
「部屋まで運ぼう」
と、博貴が言った。
「ありがとう、ヒロ君」
微笑むと、博貴は目を逸らした。また、逸らされてしまった。彼の目の中には、まだあの妖しい熱が潜んでいるのだろうか? 見せてほしかったが、彼は決して見せてくれない。
博貴が、真悟を担いで、2階に用意されている新郎新婦の部屋へ運ぶ。
真悟をベッドに寝かせたあと、ふとした瞬間に、博貴と指が触れ合った。
その温もりに、優美は思わず声を漏らしてしまう。
欲しかったもの。
ずっとずっと欲しかったもの――。
博貴がこちらを見た。
ああ、やっぱりそうだ。彼の目の中には、まだあの熱が宿っている。
言葉ではない、言葉とは異なる愛の囁きに、優美は陶然となった。
彼の瞳に引き寄せられる。彼も優美の瞳に吸い寄せられる。
突然手を引っ張られ、抱きすくめられて唇を奪われた。
優美が求めてやまなかったものが、今この手の中にあった。
そして、優美は、今日結婚したばかりの夫を裏切った。
【登場人物】
神護優美:勇真と真澄の母。真悟と博貴のいとこ。真悟の妻。
神護真悟:勇真と真澄の父。博貴の兄。優美のいとこで夫。
神護博貴:勇真と真澄の叔父。優美のいとこ。
神護紀子:勇真と真澄の祖母。曾祖父総一の弟雄二と曾祖母房子のひとり娘。祖父貴一のいとこで妻。真悟と博貴の母。優美の伯母。




